暴力には暴力を。
「マスター! 我が国に侵入者が!」
「うーん?」
翌朝、シャルセアが窓の外から呼びかけてきた。
侵入者?
ということは、迷宮の扉が見つかったのか。
意外と早かったね。
「分かった。着替えて対応するよ。それまで戦ったりしないように。ここは普通の迷宮ではなくて、街を建設予定だと伝えてあげて」
「はッ!」
シャルセアが素早い身のこなしで扉の方へと走っていった。
さて、着替えますかね。
城の入り口に向かうと、兵士がずらりと並んでいた。
そして硬い表情の冒険者たちが、膝をついて私を待っていた。
ていうか、そこにいるのはローレッタじゃない?
「おはようございます。うちの国に入ってきたのは、ローレッタさんのパーティでしたか」
「ああ……クライニア。ハーキムさんから聞いてね。ここに迷宮を作って、国を興したんだとか。ちょっと信じがたい話だったから確かめに来たんだよ」
「まあ信じられないのも無理はないですね。でも見ての通り、国造りの最中なんです。兵士たちとも、ちゃんと話が通じたでしょ?」
「ああ。オーガがレクタリス地方語を話すのは気味が悪いね。それとヘカトンケイレスまで配下にいるとは……扉に装飾がまったくないから油断していたよ。ここの難易度は、かなり高そうだ」
「いや、この迷宮は国として運営するので、難易度とかないですよ」
「そうか……。だがここのことを知ったら、キウス王国は黙っちゃいないよ。どうするんだい」
「キウス王国ですか。やっぱり勝手に国を作るのは咎められますよね」
「そりゃそうさ。キウス王国の領土内に、別の国なんて作ったら、普通はすぐに潰される。まあここは迷宮だから、また違うのかもしれない。迷宮を自在に管理できる人材として、キウス王国がクライニアを取り込もうとしてくるかも知れないね」
「断固として独立を貫きますよ」
「それが通るかな?」
「押し通すまでです。もし武力で脅しをかけてきたら、武力で押し返します」
「それはまた乱暴だな」
「暴力には暴力を。しかし相手が交渉のテーブルにつくというのなら、こちらも言葉でもって対応したいと思いますよ」
国家の主権はすなわち軍事力だ。
キウス王国が騎士団を挙げて攻め込んできたとして、防衛側である私たちは色々な手が打てる。
DPはまだまだ有り余っているから、やろうと思えば迷宮から魔物が溢れ出るスタンピードを起こすことだってできるのだ。
「分かった。その言葉、冒険者ギルドに報告するが、いいか?」
「どうぞ」
ローレッタさんのパーティは立ち上がり、扉の方へと歩いていきました。
さて冒険者ギルドに報告が行くとなると、キウス王国の中枢部の耳にここの情報が入るわけですが。
数日以上はかかるでしょうね。
今日もケルベロス迷宮の攻略に向かいましょう。
今日は第六十階層から、第八十階層までです。
ミアラッハを起こして、さっそく向かいます。
作業的にどんどん階層を進んでいきます。
ミアラッハはグングニルになってから、また一段と強くなった気がしますねえ。
やっぱり上級クラスの補正とか違いがあるのかな?
私はといえば、相変わらず〈マジックハンド〉〈マナジャベリン〉〈死棘〉の瞬殺コンボを使っています。
楽なのと、戦闘時間を短縮できますからね。
スイスイと迷宮を進んで、第八十階層をクリアしました。
乗合馬車で街に向かい、冒険者ギルドで迷宮品と素材を売却します。
そこでギルド支部長からお呼びがかかりました。
多分、今朝の話でしょう。
快く応じます。
冒険者ギルド支部長は、眼鏡をかけた四十がらみの男でした。
「どちらがクライニアだ?」
「私です」
「そうか。迷宮を自在に操り、国を興したと聞いている。事実か?」
「事実です」
少し考えるふりをして、ギルド支部長は顎に手をやります。
「……例えば、好きな迷宮品を生産することは可能か?」
「不可能ではありません」
「そうか。恐ろしいな」
「そうですか?」
「危険な迷宮品は数多くある。それらを好きに生産できるというのなら、脅威に思うのも当然のことだろう」
「別に無尽蔵に生産できるわけじゃないですし、そもそも危険な迷宮品を生産する予定もないですね」
戦闘にまつわる迷宮品の生産には多くのDPが必要になる。
スキル結晶などを数多く生産して、自分に使うなどの利用には制限がかかっているのだ。
オーガ兵たちの槍と鎧が迷宮品でないのは、奪われたときのこともあるが、コストがかかりすぎるから、という理由もあるのである。
「なるほど。何らかの制限があるわけか。ならば少しは安心できるが……しかしやろうと思えば生産できる、その事実が既に危険なのだ」
「それで。そろそろ私を呼び出した用件を聞きたいのですが」
「単なる情報収集だ。これ以上は、このキウス王国が対応をすることになるだろう。冒険者ギルドとしては、特に介入する気はない。……もう帰ってもいいぞ」
「そうですか。では失礼します」
支部長室を辞する。
冒険者ギルドは、魔物の討伐を目的としている組織だ。
迷宮を放置すると魔物が溢れるスタンピードが発生するため、迷宮の攻略にも積極的である。
なお冒険者ギルドの本部は独立国家としてルテイニア地方に存在する。
特別な事情がない限りは、ギルド本部は各支部に何の命令も出さない。
そして冒険者ギルドは、各国から自治を認められており、戦争などに関与はしないものとして扱われている。
だから国家間の揉め事に出張ってくることはまずないのだが。
迷宮に国家を建設するという前代未聞の事件となると、それがどうなるのか分からない。
ひとまずギルド本部からの命令でも出ない限りは、冒険者ギルドは動かないと告げた支部長の言葉を信じるしかないだろう。
さて、ローレッタのパーティが迷宮にやって来たということは、師匠たちの引っ越しの準備ができたということでもある。
私たちは冒険者ギルドを出て、職人街の師匠の店に向かった。
「おう、クライニア。わしらはいつでも引っ越せるぞ」
「そのようですね。じゃあ今晩中に引っ越しを終えましょうか」
「そうじゃな。頼む」
私はまとめられていた荷物を片っ端から〈ストレージ〉に入れていった。
店内ががらんどうになるまで、そう時間はかからない。
ヒルダの店も同様の手口で引っ越しの荷物を預る。
「じゃあ迷宮に転移しますね」
「なに。転移魔法か?」
「いいえ、ダンジョンマスターのスキルです」
「ほほう、便利そうじゃのう」
大変、便利ですよ。
というわけで迷宮帰還を使って、ミアラッハと師匠とヒルダを迷宮へと転移した。
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