時間がないことは分かっていた。

 時間がないことは分かっていた。

 すぐに父の手が街に伸びることは、予想に難くない。

 

 それまでにイスエンド家の長女として使える権力は使わねば。

 

 まず冒険者ギルドへ向かった。

 

 私が入ると、一瞬で静かになるギルド。

 イスエンド家の娘がステータスバグだって話、もう広まっているのかしらね?

 

 内心で焦りながら、受け付けカウンターに向かった。

 

「あの……クライニア様?」

 

「ええ。クライニア・イスエンドよ。冒険者登録を頼むわ」

 

「あの、貴族の方は冒険者になることはできませんが」

 

「え? ああ、そういえばそんな法律もあったわね」

 

 迂闊だった。

 貴族は冒険者登録できないなんて、貴族院で習ったじゃないの。

 焦りすぎて、前世の記憶体験が強烈すぎて、失念していたわ。

 

 結構。

 ならちょうどいい。

 

「名乗り間違えたわ。私はクライニア。イスエンド家とは無関係です」

 

「えっ」

 

「父からは勘当されました。もう私は貴族じゃありません」

 

「そ、そうですか。ではステータスを確認しますので、開いてください」

 

「〈ステータス・オープン〉」

 

「こ、これは……ステータスバグ!?」

 

 ザワリ。

 冒険者ギルド内がシンと静まり返ります。

 

「あ、あの。これでは登録できません」

 

「あら、なぜかしら?」

 

「ステータスが確認できないからです……」

 

「そんなの規約にある? ないでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

「このステータス通りの内容で構わないわ。冒険者タグを作りなさい」

 

「こ、こんな読めない情報でどうやってタグを作れって言うんですかっ!」

 

「読めないなら読んであげるわよ。名前、クライニア。種族、人間。年齢、十五歳……」

 

「デタラメを……」

 

「あら? 読めないのに私が嘘をついているみたいな言いがかりはやめて欲しいわね」

 

「あなたにはこれが読めるとでも?」

 

「ええ。クラス、……」

 

「……?」

 

 ノーブルというクラスは貴族のつくクラスである。

 貴族ではないと言った手前、ノーブルのレベル10であるなどとは、口が裂けても告げるわけにはいかない。

 

 舌打ちを堪えながら、なんと告げようかと迷っていると、ステータスの最後のスキルが目に入った。

 ブラック企業を辞めたくても転職活動する時間のなかった前世の願望だろうか。

 私は【転職】を起動した。

 

《【転職】

 ノーブル(レベル10)

 ファイター(レベル1)

 グラップラー(レベル1)

 スカウト(レベル1)

 プリースト(レベル1)

 メイジ(レベル1)

 アルケミスト(レベル1)》

 

 ひとまず自衛能力のありそうなファイターかグラップラーだろうか。

 いいえ、それよりせっかく【全属性魔法】があるのだし、メイジにしようか。

 

 私はメイジを選択した。

 すると、クラスとレベルが変更された。

 

「クラスはメイジ、レベルは1よ」

 

「メイジ、レベル1……?」

 

 受付嬢の訝しげな視線。

 当然、私がノーブルでないことの意味を察したのだろう。

 神殿でクラスチェンジを行い、ノーブルではなくなった、とでも思っているだろうけど勘違いさせておけばいい。

 スキルについては当たり障りのないものについてだけ話す。

 

 諦めの境地に至ったであろう受付嬢は、言われるがままに冒険者タグを作成した。

 

《名前 クライニア

 種族 人間 年齢 15 性別 女

 クラス メイジ レベル 1

 スキル 【レクタリス地方語】【算術】【礼儀作法】【宮廷語】》

 

 しょぼいステータスの冒険者だなあ私。

 まあメイジのレベルが1では初歩の魔法スキルさえ無いのは当たり前だけど。

 

 銅でできた冒険者タグをひったくるようにして奪うと、私はそれを首にかけた。

 冒険者タグは身分証明証になる。

 これからイスエンド領を出るのに、絶対に必要になるものだ。

 

「それじゃあ、登録はこれでお終いね?」

 

「いえ、冒険者の活動についての説明がまだ……」

 

「あら、貴族院を卒業した私に、今更それ必要かしら?」

 

「……っ、そうですね必要ないですね」

 

 貴族院では冒険者ギルドの規則についても学ばされる。

 何のためにかというと、冒険者へ依頼を出すときに必要になるからだ。

 無体な依頼を出さないためにも、冒険者ギルドの規約の暗記は必須である。

 

「ではごきげんよう」

 

 踵を返して冒険者ギルドを後にする。

 さあ次は服を着替えよう。

 ヒラヒラしたワンピースドレスではなく、もっと質素な格好がいい。

 手持ちの所持金がないため、ドレスを売ったお金を余らせるためにも安い服装にせざるを得ないという理由もあるが、単純にパンツルックでなければ馬に乗れないから不便なのだ。

 

 古着屋で衣服を替える。

 ドレスの売値は金貨1枚になったが、シンプルな上下が銀貨40枚、財布代わりのカバンが銀貨50枚になったので、銀貨10枚しか残らなかった。

 ちょっと所持金が少なすぎる。

 予定が狂うなあ。

 

 ともあれカバンは必要だし、これ以上は売るものがない。

 

 思案顔のまま店を出た。

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