「ステータスバグで人生が終わった!!」と思ったら前世の記憶が蘇り日本語で書かれたチートスキルを入手したご令嬢の冒険譚

イ尹口欠

逃亡編

今日は大事な成人の儀式。

 イスエンド男爵家の長女クライニアはこの日、将来を決める成人の儀式に臨んでいた。

 思い描くのは、素敵な男性を婚約者に迎い入れての当主夫人としての人生。

 貴族院に通い、勉学に励んできたのは、そのためだ。

 

 実のところ現当主である父は、内々にある家にクライニアの婚約を打診しているのだが、それはクライニアの希望を予め聞いてのこと。

 一年年上だった先輩は家柄も近く、派閥も同じ。

 密かな憧れは淡い恋心になり、貴族院の五年間を彩り豊かなものに変えた。

 

 ……成人の儀式を終えれば、先輩と婚約できる!

 

 クライニアはそれが楽しみであり、人生は順風満帆だと信じて疑ってはいなかった。

 

 だから成人の儀式で表示されたステータスが読めないことに、始めは首を傾げ、だんだんと現実に直面して青ざめていき、「そんな……」という呟きを最後に意識を失いその場に倒れた。

 

 ステータスバグ。

 それは十五歳の成人の儀式で閲覧可能となるステータスが、読めない状態にあることを指す。

 

 頻度はそれほど多くはない。

 おおよそ一万人にひとりの割合で発生するこのステータスバグの原因は分かっていない。

 だが人生設計の根幹となるステータスが閲覧できないこのバグに直面するのは、悲劇的である。

 このことから、国はステータスバグにあった人物の保護政策を打ち出している。

 

 安い賃金で誰にでもできる仕事の斡旋と生活保護。

 貴族にあっては、恥としてこの保護を受給せずに家で飼い殺しにすることが多い。

 人生の行き止まり、と言われるステータスバグに、クライニアは遭遇してしまったのだ。

 

 * * *

 

 ……私はどれほどの時間、気を失っていたのでしょう?

 

 気がつけば質素な部屋で、粗末なベッドに寝かされていました。

 男爵家といえども貴族の端くれ、このような粗末な部屋で侍従もなく眠っているとは、一体何事でしょうか。

 

 このようなところを父に見られたら厳しい叱責を受けるに違いありません。

 今日は大事な成人の儀式。

 そんな日に……あっ!!

 

 私は恐る恐る「〈ステータス・オープン〉」と唱えました。

 

《名前 ■■■■■・■■■■■

 種族 ■■ 年齢 ■ 性別 ■

 クラス ■■■■ レベル ■

 スキル 【■■■■■■■■】【■■】【■■■■】【■■■】

     【■■■■■】【■■■】【■■■】【■■■■■】【■■■■■】

     【■■】》

 

「ステータスバグ……そんな」

 

 ガラガラという音とともに私の人生は崩れ去ったのを実感します。

 先輩との婚約どころではありません。

 私は、貴族女性としての人生すらも失ったのでした。

 

 茫然自失としながら部屋を出ると、そこは使用人の使う別棟であることが分かりました。

 本邸ではなく、使用人の別棟に運ばれたことがおぞましい想像を掻き立てます。

 

 覚束ない足取りで私は本邸に向かいました。

 しかしいつもにこやかな門衛は、哀れみを隠そうとしない瞳で私を見つめ、行く手を阻んだのです。

 

「そこを通しなさい」

 

「なりません。クライニアさ……いや、クライニア。お前はもうイスエンド家のお嬢様ではない」

 

「ど、どういうことです!?」

 

「旦那様から通達があった。クライニア、お前は今日からイスエンド男爵家の娘ではなく、ただの平民として暮らすことになったと。仕事は決まっていないが、恐らく使用人として働くことになる、と」

 

「そんな……!!」

 

 私は父の部屋を見上げました。

 父はこちらを見下ろしていましたが、私の視線が向くと、サっと部屋に隠れてしまいました。

 

「お父様!!」

 

「これ以上、進むな!!」

 

「――っ」

 

 門衛に阻まれて、私は本邸に近づくことすらできませんでした。

 

 その後、どうしたことか私は先程まで眠っていた部屋に戻って、ベッドに座り込んでいました。

 

 何が、一体何の歯車が狂えばこのようなことになるのだろう。

 

 涙がポロリとこぼれます。

 次々に溢れ出る涙。

 次第に悲しみは怒りに変わり、怒りは狂気となり私は髪を掻きむしりました。

 

「ああああああああああッ!!」

 

 ブツン。

 

 そのとき、脳の血管が千切れたのか、頭の中で何かがキレる音と同時に、怒涛のように前世の記憶が蘇ってきます。

 日高友里恵。

 それが私の前世でした。

 

 めまぐるしく変わる情景。

 小学校に上がって校門の前で撮った写真。

 初潮が来て赤飯を食べたちょっぴり恥ずかしい記憶。

 中学に上がって、成績が伸びていって勉強が楽しくて仕方なかったテストの時間。

 だというのに試験で失敗して第一志望の高校に受からず、第二志望の高校に通うことになって密かに涙したあの夜。

 大学こそはと必死に勉強して東京の有名国立大学に入学してやった灰色の高校生活。

 打って変わってサークル活動に精を出した楽しいキャンパスライフ。

 辛くて厳しい就職活動。

 受かった職場はブラック企業でした。

 残業代なにそれ、な仕事はハードでやりがいはあったものの、生活はカツカツで。

 なのにホストに入れあげて借金まみれになったところから人生の転落が始まり。

 副業でキャバクラとソープを行ったり来たり。

 挙げ句、入れ込んでいたホストは引退して残る借金に絶望して。

 目張りをしたバスルーム。

 練炭の焼ける香ばしい香り。

 

「……なにこれ。サイテーの人生じゃないの」

 

 頭がガンガン痛む。

 ああでも良く分かった。

 ステータスバグなんて無かった。

 ただ表記されている言語が読めなかっただけ。

 

 日本語で書いてあったら、そりゃ読めるわけないわ。

 

「〈ステータス・オープン〉」

 

《名前 クライニア・イスエンド

 種族 人間 年齢 15 性別 女

 クラス ノーブル レベル 10

 スキル 【日本語】【レクタリス地方語】【算術】【礼儀作法】【宮廷語】

     【全属性魔法】【闘気法】【錬金術】【経験値20倍】【熟練度20倍】

     【転職】》

 

 なにこれ?

 チートなの?

 

 私は低く嗤いながら、使用人別棟を出て街へ向かった。

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