7 初めての言葉
翌日、イェーゴーが中庭の薔薇の剪定をしていると、ラットに話しかけられた。
「ストライダーさんってなんでもできるよな」
イェーゴーは彼に目もくれぬまま、ピンクの薔薇の花を巨大なハサミで引きちぎった。
「…そんなことはありませんよ」
ラットは思い出す。昨日、ピアノを演奏するイェーゴーの背中が、一瞬だけ寂しそうに見えたことを。
気のせいかもしれない。しかし、ラットはイェーゴーに優しい言葉をかけてもらったのだ。それで、心が救われた。だから、自分もイェーゴーのためになる事はなんでもする。
ラットが昨晩部屋の中で決意した事だった。
「・・・もしかしてあんたも、何かを抱えているんじゃないか?」
ラットのその声は、穏やかな空気をぶち壊した。
イェーゴーの空な目がゆっくりとラットを映した。瞳の中にいる小さな少年が、一瞬、謎めいた存在に思えた。
じっと見つめられたラットは、急に焦って、言い訳をする様にして声を発した。
「ストライダーさんって、何もかも完璧じゃん。そう言う人ってさ、心のどっかに疲れとかストレスが溜まっていっちゃうんだよ」
『食べるものが無い。親がいない。兄弟がいない。安心できる大人がいない。』
イェーゴーの脳内にちらりと掠めた記憶があった。
すぐにそれを振り払い、ラットに作り笑いを見せた。
「・・・ありがとうございます」
イェーゴーの完璧な笑みは、軽い拒絶のようにも受け取れた。ラットは少し寂しかったが、それを押さえ込んで笑顔を見せた。
「何か辛いことがあったら、言ってよ。俺、何もできないかもしれないけど、愚痴ならいくらでも付き合うから」
イェーゴーのためならなんでもできるとラットは思っていた。
イェーゴーは試しにラットを見つめる。ラットの瞳のどこを探しても、迷いがなかった。
ラットは弧を描いた目を向けて、こう言いきった。
「俺、どんなあんたでも、好きだからさ」
イェーゴーの視界が、一瞬光に覆われた。
あ、いや好きっていうのは、違うくて・・・とラットが誤魔化し始める。
イェーゴーは、一瞬、委ねそうになった。
この小さな少年に、自分の中のぐちゃぐちゃしたものを全てぶちまけてしまいそうになった。
この人なら、あるいは。
この人と共に過ごす時間が、自分を泥沼から救いあげてくれるとしたら。
ラットを殺さずに済むとしたら・・・?
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