第二七話 召喚 五 まだまだ検証するよ
さすがに加護もこれで打ち止めだろうけど、いちおう確認しておこう。
「熊野さん、加護はこれで全部ですね?」
「いえ、あとふたつ……と申しますか、【強化】とでも名付けて、ひとつと数えたほうがいいのかもしれませんが、……真綾様本来のお体の強度や筋力に、わたくしの強度と力が上乗せされます」
「え?」
「もう少し詳しく申しますと、まず、防御結界のようなものを真綾様のお体表面に張っておりまして、その防御力と申しますのが、〈舷側外板からボイラー室外板までの九メートルに及ぶ多層防御〉と、同等になっております。さらに、真綾様はわたくしの〈最大出力〉並みの力を発揮することも可能です」
エェ……。最後にとんでもないものをぶっ込んできたよ、この人……。
どのように軸馬力を変換してるかはわかんないけど、つまり真綾ちゃんは、人間数百人ぶんの並列演算処理能力を持った超高性能AIのアシスト付きで、八万馬力相当の大出力とガチ戦艦並みの防御力を持った重パワードスーツを、二四時間装備しているようなもんなんだよね。……今、私の頭の中に、ロボ化した真綾ちゃんが怪獣を殴り倒してる絵が浮かんでるよ。
さっそく検証だ! 私は真綾ちゃんの白くてスベスベのほっぺに指を伸ばした――。
プニ。
「あ、でも、やわらかいよ」
「日常生活に支障のないよう、有害なもの以外はわたくしが結界を通過させておりますので。【船内空間】が収容するものを選別できるのと同じですね」
真綾ちゃんのほっぺをプニプニつついてたら熊野さんが教えてくれた。なるほど、ここでも高い計算能力が活躍してるんだね。
それにしても、おおらかというか、自由度の高い結界だね、……あ、でもそうしなきゃ、空気を遮断してしまったら息もできず音も聞こえないし、光を遮断したら何も見えなくなるのか。
「とりあえず真綾ちゃん、あれ、片手で持ち上げたりできる?」
私が指差したのはものすごく重そうなバーベル。いくら真綾ちゃんでも、あれを片手で持ち上げるなんて絶対に無理なはずだけど――。
「花ちゃん、持てた」
「……」
真綾ちゃんはでっかいバーベルを片手でひょいと持ち上げると、指先でヤジロベエにして楽しんでいる……。あ、頭上でクルクル回し始めた、やめて! こっちに飛んで来そうで怖いよっ!
「く、熊野さん、あれって、重さはどのくらいですか?」
「ちょうど一〇〇キログラムです」
「……力加減も熊野さんが?」
「はい。基本的に必要な場合だけ出力の上乗せを行い、その際は真綾様の意識と連動しながら、出力の微調整などはすべてわたくしがしております。ですが、あの平衡感覚は真綾様天性のものですね、本当にお上手です~」
ホント便利だよね、熊野さん。……でも、性格は基本おおらかだよね。
「ほ!」
「怖い怖い、危ないからやめてよー!」
「さすがです、真綾様!」
私とそんなに遠くないところで、真綾ちゃんはかけ声とともに、回転させたバーベルを天井スレスレまで放り投げては指先でキャッチし始めた……。怖いよ! 熊野さんも喜んでないで止めてよっ!
「ハァハァ、死ぬかと思った……」
「海より深く反省」
私が涙目で抗議したらやっと止まったよ、ホント怖かったよ。
まぁ、とりあえず真綾ちゃんも反省してるみたいだし、検証を続けるか。
「じゃあ、ぼちぼち、さっき収納した時計とコンパクトを出してみようか」
「うん」
真綾ちゃんの両手のひらを私が覗き込んでいると、右手に時計、左手にコンパクトが出現した。
時計の分針は姿を消した時のまま全然動いていなかったし、コンパクトは鏡面が白く曇ったまま現れると、私たちが見ている目の前で急速にクリアになっていく。
少し遅れて時計の分針が、コチッと、ひとつだけ時を刻んだ。
「うん、もっと時間をかけて検証しないと断定できないけど、【船内空間】内部では時間の流れが停止、もしくは、かなり遅くなっていると見ていいと思うよ」
「花ちゃん、時間をかけた検証は、私と熊野さんでやっておく」
「はい、お任せください」
真綾ちゃんが私の言葉に素早く反応して、やけにキリリとした顔で自ら追検証を申し出ると、熊野さんも快く請け負ってくれた。
真綾ちゃんがいつになく積極的なのは、きっと、ホカホカの肉まんや冷たいアイスをいつでも好きなときに食べられるかも、などと考えてのことだろう。……この私にはお見通しだよ。
――さあ、これでおおまかに把握できたぞ。
熊野さんの加護【船内空間】は、時間停止空間なのが確実だと考えたら、容量無限でこそないものの収納系能力としては合格じゃないかな。……いや、かなり細かく収納物を選別できるから、それ以上だよ。
その他の加護、【見張り】も地味に便利だし、【並列計算】はすべての加護の肝だと考えてもいい重要な加護だ。
そして、【強化】は…………教えてよ、真綾ちゃんのひいおじいちゃん、彼女はどこと戦争するんですかっ!?
「では、そろそろ冷たいものなどいかがですか?」
「はーい」
「はい」
私が真綾ちゃんのひいおじいちゃんと霊界交信しようとしてたら、熊野さんから素敵なお誘いがあったので、大喜びの私たちは体育室近くにある喫茶室へ、蝶のごとくヒラヒラと飛んで行った。
◇ ◇ ◇
かつて世界のセレブなレディたちが優雅なティータイムを楽しんだという、一等展望喫茶室は、内装も女性向けらしく明るく華やかで、私が美術館で見たことのあるルネ・ナントカさんのガラス工芸が、さりげなく置かれていたりする。
ここはブリッジデッキ右舷の最後尾にあるため、入り口の反対側と左側に並んだ大きな窓からは、船尾と右舷方向の景色がよく見える。……まあ、今は湾を取り囲む崖しか見えないんだけどね。
「ちべたーい、んまーい」
「…………」
私はお昼に頂いてすっかり虜になった完熟パインのシャーベットと葡萄ジュースを、真綾ちゃんはそれプラス、アイスクリームとマンゴーシャーベットを前に、すっかりくつろいでいた。相変わらず真綾ちゃんは食べるのに集中してるね。
「熊野さん、このシャーベットもジュースも、熊野さんの本体を召喚した時に積んでいた材料でできてるんですよね?」
冷たいシャーベットを堪能しながら、私はふと浮かんだ疑問を聞いてみた。
「はい、さようでございます」
「じゃあ、もし本体を召喚解除したら、コレ、どうなるんでしょう?」
「一緒に消えますね」
「じゃあ、半年間ここの食事だけ食べた人間は、本体を召喚解除したあと、どうなっちゃうんでしょうか?」
それまで優雅にマンゴーシャーベットを口に運んでいた真綾ちゃんのスプーンが、ピタリと止まった。
半年もしたら、全身の細胞のうち結構な数が、召喚された食物由来のものに置き換わっているはずだよね。もし、その状態で召喚が解かれてしまったら……。
私の体中を嫌な汗がダラダラ流れ始めた。テーブルの向こうで石像みたいに固まっている真綾ちゃんも、珍しいことに顔色が少しだけ青い。
「部分的に消えますね」
ぞくり……。熊野さんの明るい声を聞いた瞬間、私は全身が粟立つのを感じた。
明るくいい人そうでも、熊野さんは、やはり、――人ではないのだ。
なまじ今まで人間ぽいやり取りをしていただけに、かえって得体のしれない存在への恐怖が私を凍りつかせる。
「……と、いうのは冗談で、一度消化吸収されたものは召喚解除されないようですよ。どうです、驚かれましたか? ん?」
「人間くさっ!」
「……」
悪い冗談やめてくださいよ熊野さん、危うくちょっぴり漏らすとこだったよ! あなたホントは人間の幽霊かなんかでしょう? 人間くさすぎるよ!
真綾ちゃんなんか、再始動したかと思ったら一瞬でシャーベットをたいらげてたよ。よっぽど安心したんだね。
「たいへん申しわけございませんでした。まだまだ残暑が厳しいようですので、少しは涼しくなるかな? と思いまして……」
「…………はい、おかげさまで涼しくなりました。謝罪に紅茶を要求します」
「異議なし」
そういうわけで、お茶目な熊野さんからの謝罪の紅茶をまったり飲みつつ、私は考えたんだけど、たしか昨日、真綾ちゃんはひとりで熊野さんに乗ってたんだよね。
「真綾ちゃん、昨日さ、熊野さんの本体を召喚解除したあとで、急にお腹がすいたりしなかった?」
「うん、目が回るかと思った。よく知ってるね」
窓の外を眺めながら優雅な所作で紅茶を飲んでいた真綾ちゃんに、ふと思ったことを尋ねると、彼女は少し驚いたような表情で私を見た。
「簡単な話だよ。きっと真綾ちゃんのことだから、熊野さんの本体を召喚解除するギリギリまで何か食べてただろうから、召喚解除した時に、お腹の中にある未消化のものがいっぺんに消えてしまって、急激な空腹感に襲われたはずだと思ってね」
「なるほど、……でも、あれはちょっとつらい」
「うーん、何かいい手は……」
「うーん」
感情が表情に出にくい真綾ちゃんの顔が、ちょっとつらそうに見えるってことは、急激な空腹感って彼女的にかなりつらいんだろうな~。体にも悪そうだし、なんとかしてあげたいな……。唸ってる声しか聞こえないけど、熊野さんも私と同じ気持ちみたいだよ。
その時、私の脳内で豆電球がピカリと光った!
「真綾ちゃん、下の売店に置いてあったお菓子を、あとでいっぱい【船内空間】に収納して、召喚解除する前に食べよう」
「うん!」
私の提案に、真綾ちゃんの目がピカリと光った!
「花様、何か名案でも?」
「いや、ただの思いつきだから、できるかどうかは検証してみないとわかんないんですけど、いったん【船内空間】に収納したら、消化吸収されたものと同じように、本体を召喚解除しても消えないんじゃないかな~、だったらいいな~と思いまして」
「……たしかに、考えもしませんでした。ぜひ、やってみましょう!」
「でも、ホントただの思いつきなんで、できなかったらごめんなさい」
「いえ、結果はどうあれ、それを思いつくことが素晴らしいのです。さすがは花様です、サスハナです!」
「よっ、サスハナ!」
いや~、ふたりに褒められちゃったよ、ホントに熊野さん褒め上手だな~。真綾ちゃんったらよっぽど嬉しいのかパチパチと手を叩いてるよ~。ん~もぅ、照れるなぁ~。
――こうして、熊野さんの煙突のように、私の鼻はグングンと天高く伸びていくのであった。
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