鰯雲と飛行機雲
星の影
第1話 鰯雲と飛行機雲
人の夢と書いて儚いとはよく言ったものだ。夢を叶えられる人間なんて極一部で、ましてや俺のような凡人には果てしなく遠いものでしかない。だから、いつしか俺は夢を見ることが出来なくなった。諦めというよりは欲がないと言った方が正しいだろうか?しかし、そんな俺を良とは思わない人がいるわけで……
「ホント、翔弥(しょうや)ってつまらない人間ね」
俺の隣を歩む幼馴染は、それは大層残念な表情をするのであった。
「はいはい、俺はどうせつまらない人間だよ」
「開き直るな!アンタのそう言う卑屈なところ、いい加減直しなさいよね!」
「相変わらず里奈(りな)は厳しいことを言うね」
「言われたくなかったら夢の一つや二つ、語ってみなさい!」
そう言われたところで、今の俺には叶えたいと思える夢が浮かんでこない。今年で高3となる身だが、里奈や同級生たちのように夢を目指して瞳を輝かすことなど、俺には到底できない。だから決まって誤魔化してしまう。
「じゃあ、パイロットで」
「アンタね……真面目に考えなさいよ!」
「ありゃ?ダメ?」
「適当に答えてるのが見え見えなのよ!」
「じゃあ、車掌にでもなるか~ちゃんと理由はあるぞ?」
「へー、一応聞いておこうかしら」
「敷かれた線路(レール)を走るだけだし、ある意味俺にとって天職じゃない?」
「次ふざけたこと言ったらぶっ飛ばすわよ!!」
「わっ、悪かったって!すまんすまん!」
「なんでアンタのせいでアタシがこんな疲れなきゃいけないのよ……」
「ご面倒をおかけします」
そう言うと、里奈は鋭い目線を俺に向けるだけ向けて大きなため息を吐いた。
「話を戻すわよ。アタシたちも高校3年生だし、進路とか将来のことを悩む時期だと思うの。アンタは将来どうするつもりなのよ?」
「俺は……まぁ、ある程度名前のある大学に通って、それなりに大学生活を謳歌して、それなりの企業に勤めて、それなりにお金貯めたら引退かな」
「それなりって言葉を多用するんじゃないわよ!」
「俺の話より里奈の話をしようぜ!薬剤師目指してるんだろ?」
「アタシ?そうね、アタシは推薦もらえそうだし、○○大学の薬学部に行く予定。そこでしっかり勉強して立派な薬剤師になりたいの」
そう語る彼女の横顔はとても輝いていた。俺にはない輝き。ホントすごいと思う。その後も里奈の口は止まらない。将来はお嫁さんになって、幸せな家庭を築きたいとか、子供は2人ほしいとか。語る彼女は楽しそうで、たまに夕焼けに染まった顔をこちらへ向けている。それにしても、彼女の言葉はいつも具体的である。今も空に浮かぶ鰯雲のようなモヤモヤしたものではなく、1本の真っ直ぐな飛行機雲のようだ。だからだろうか?俺は俺にはない輝きを放つ彼女に幼い頃から魅かれていた。だが、俺のような捻くれた人間では、彼女の横には相応しくないと同時に理解してしまった。
「――っと!翔や――聞いてるの?翔弥!」
「っ!?あっ、ああ、ごめん。聞いてなかった」
「もう!アタシの素晴らしい未来計画を聞いてないなんてどういうことよ!」
「ホントごめんて。えっと、お嫁さんになって幸せな家庭を築くんだっけ?里奈ならいいお嫁さんになれるよきっと」
「っ!?いっ、いきなり何言ってるのよ!///」
「え?俺変なこと言ったか?」
「なっ、何でもない!……ったく、ホントこの朴念仁は」
最後のほうは声が小さくて聞こえなかったが、表情からしてどうやらお怒りのご様子。
「はい、アタシの話終了!今度はアンタの番!今日こそはちゃんとアンタのなりたいものを明確にしてもらうわよ」
「えーマジ?」
「マジ」
「あっ、すまん。帰りがけにおふくろから買い物頼まれてたの思い出した!それじゃあ、今日はこの辺で……」
「逃がさないわよ!」
「グエッ……」
里奈に後襟をつかまれてヒキガエルのような声が出てしまった。
「どうかご慈悲を……」
「そう言っていつも逃げてばかりじゃない!いい加減にしなさい!」
「わっ、分かったから放してくれ……」
俺は苦笑いをして彼女に向き直る。なりたいこと……ね。あるにはある。こうなりたいという理想は実はあるのだ。だが、それは叶わないだろう。だから言いたくない。現状維持がいいのだ。現状に満足しているから。これ以上進んでしまったら壊れてしまいそうだから。そうだ……今の現状に満足しているから、俺は前に進む勇気が出ないのである。だが、ふと思う。もう俺たちは高校3年生。あと1年でこの日々も終わろうとしていることに気が付いた。いや、見て見ぬふりをしていた。ああ、もう逃げ道なんてどこにもないのだ。幼馴染として過ごす線路(レール)は、もう終わろうとしているのだ。ならいっそのこと……
「里奈」
「っ、なっ、何よ急に……」
「今から言うことは、まぁ、俺の独り言だと思って聞いてほしい」
「へ?うっ、うん」
「俺、将来さ、ジョブチェンジしたいなって思うんだ」
「……何に?」
「まずは幼馴染から彼氏に」
「……へ?//////」
「それから家族に……あはは、俺じゃダメかな?」
里奈に視線を戻すと、口をぽかんと開けてこちらを呆然と見つめていた。ああ、もしかして俺、やっちゃいました?もしかして俺、やってはならないことをやっちゃいましたかね?もういっそ殺してくれ。
「それって……つまり、そういうこと?」
「え?」
「ねぇ!もう一度言って!私の聞き間違いかもしれないし」
「え!?もう一回言えと?あの超絶恥ずかしい言葉を?俺に死ねといってる?もしかして」
「いいから言えや!」
「あっ、はい……幼馴染から彼氏に、そして家族にジョブチェンジできませんかね?」
「……うん。いいよ」
「え?マジで?幻聴ですか?」
「勝手に幻聴にするなバカ!アタシだってずっとアンタのことが好きよ///」
「里奈が?俺を好き?マジで?」
「じゃなきゃ、ずっと幼馴染やってないでしょ!いい加減気が付け朴念仁!」
そういうと、里奈は足早に歩きだしてしまった。一人取り残された俺は夕焼けに染まる空を眺めてふと言葉を漏らした。
「あっ、鰯雲なくなってるわ……」
鰯雲と飛行機雲 星の影 @cozmic1115
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