街一番のぷるぷるオムライス

子牛くん

第一話

「これがオムヤイスなんですね! うわーっ、父さんが言ってた通りだ。ぷるぷるしてる、すごい!」

「ふふ、何回も言っているけれど、オムライスだよ。まあいいさ、とりあえず食べようか。君にとっては待望のオムライスだ。味わってお食べ」

「はい!」


 十三歳のルトは、父親から離れるのも町を出るのも初めてだった。田舎の港町で育ったルトは、ずっと父親と二人で暮らしてきた。六時に起きて、早朝の漁から帰った父親と朝食を食べ、その後昼まで父親を手伝って港の市場で働き、昼からは町にひとつの神殿へ行って勉強する。物心ついた時から、ルトは毎日そうしていた。


 漁師であるルトの父親は料理が作れなかったから、朝食はいつも固いパンだった。神殿で食べる昼食にはパンにスープがついていたが、薄味で、ルトの好みではなかった。だから毎日、ルトはお店で食べる夕食を楽しみにしていた。

 父親が連れて行ってくれる市場近くのお店は、いつも仕事終わりの漁師たちでにぎわっていて、夜遅くまで男たちの笑い声が途切れない。焼いた魚をパンにはさんで酸っぱいソースをかけたサンドイッチが、ルトの夕食だった。いつも同じサンドイッチだが、それがルトが食べたことのある最もおいしい料理で、毎日の楽しみだった。


 ルトの母親はルトを産んだ時、産後の肥立ちが悪くて死んでしまった。だからルトには母親の記憶が一切ないし、父親と二人の生活を当然と感じている。しかし父親は、ルトに母親がいなくてかわいそうだと思っていて、できるだけ母親の話題は出さないようにしていた。

 それでも時々、夕食の時にお酒を飲むと、話すことがあった。プロポーズしたときの話や、結婚してからの生活についての話もあったが、たいていはエッグという街へ新婚旅行に行った話だった。

 「父さんはな、ルト。母さんとエッグでオムヤイスを食べたんだ。俺も母さんもびっくりしてな、こんなおいしい食べ物があるのかって。なんせ俺らは、二人とも町から出るのは初めてだったからな。今までずっと、魚とパンしか食べてなかった。いや、別にこのサンドイッチがまずいわけじゃないんだぞ。だけど、オムヤイスっていうのは全然違うんだ。こう、ふわふわで、ぷるぷるで。色もきれいでな。上にぷるぷるしてる、真っ黄色のやつがのっていて、その下に赤いヤイスがあるんだ。その赤の中に緑色がぽつぽつ入っている。茶色いのもあって、あれがまた。いやー説明なんかできないなあ。とにかくおいしかった」

 ルトはその話を聞いていつも、

「食べてみたいな」

と言った。父親はいつもそれを受けて、

「そのうちきっと機会が来るさ。そうしたら気兼ねせず、好きに食べればいい」

と返した。


 十三歳になったルトは、神殿の礼拝堂で行われる成人式に参加した。子供を導くことを目的としている神殿は、十二歳までしか見てくれない。式にはルトの他にもう一人、カイも参加していた。彼もルトと同じく漁師の息子で、成人したら、一緒に漁師見習いとして船に乗ることになっていた。


 町長がお話を終えて壇から降りると、入れ替わって神殿長が壇上に立った。

「主よ。今日ここで、無事に子らが旅立てることを心より喜びます。どうか、旅立つ子らに祝福を、今後のしるべとなる言葉をお与えください」

 神殿長の祈りとともに、ルトたちの体が光に包まれた。光が消えると、ルトたちの手には一枚の紙きれが握られていた。神様だ、とルトは思った。暖かい光だった。ルトは神殿で、神はいつでも人の傍におられると教わっていたが、実感したのは初めてだった。

「子らよ。祝福の言葉を読みなさい。それが子らの進むべき道である。まず、漁師アレッジオの子、カイ」

「は、はい。えー、『カイ・シュトレイン、歩むべき道を行くがよい。その先に祝福がある』」

「うむ。主はそなたの道に祝福をくださった。カイよ、神殿を出て、飛び立ちなさい。主の祝福のうちに」


 カイが礼拝堂から出ていった。次がルトの番である。予行練習はしていたが、ルトは緊張していた。神殿長がルトを見つめて、厳かに言った。

「では、漁師シモンの子、ルト。祝福の言葉を読みなさい」

「はい。『ルト・フランシス、エッグへ行き、』えっ? あ、ごめんなさい、続けます。『エッグへ行き、学ぶがよい。その先に幸せがあろう』」

「―――主の啓示である。ルトよ、めったにないことで、私も実際に見るのはこれが初めてだが、祝福の言葉が具体的な啓示となることがある。啓示に従った者は、啓示がなければ訪れようもなかった幸せに巡り合えるそうだ。神官である私としては、主の言葉には従ってほしい。なれど、祝福の言葉はあくまでしるべである。しるべであるから、必ず従わねばならないものではない。どうするかは、父シモンと相談して決めなさい。エッグへ行くのなら、神殿が協力しよう。さて、ルト。主はそなたの道に祝福をくださった。ルトよ、飛び立ちなさい。主の祝福のうちに」


 ルトは戸惑いながら父親の方へ歩いた。エッグはこの町から馬車でも二週間近くかかるし、行けば父親と離れることになる。そうなると父親はひとりぼっちだ。それに、神殿が協力してくれると言ったって、街で暮らすにはお金が必要である。ルトにはどう考えても、エッグへ行けるとは思えなかった。

 父は近づいたルトをぎゅっと抱きしめ、涙声で言った。

「よかったな。神様が道を示してくださるなんて。がんばれよ。遠いが、できれば手紙は出してくれ。元気でいるんだぞ」

父親の頭には、行かないという選択肢は無いようだった。海に出る漁師は信心深いところがあるからだとルトは思った。

「お金がないし、行けないよ。それに僕、別に行きたくない。父さんみたいな漁師になるんだ。大丈夫、神様は懐が深いから、行かなくたって許してくれるよ」

ルトは、それで父も納得すると思った。そして、残念な気がした。オムヤイスを食べたかったのだ。


 礼拝堂から出てきた神殿長がルトたちの方へ来て、話しかけた。

「先ほどの啓示ですが、どうなさいますか? エッグは大きな町なので、高等神学校がございます。『エッグで学べ』というお言葉は、おそらく神学校で主の奇跡である魔法を学べと言う意味だと思うのです。神学校には寮もありますし、神官が生活を手助けできます。ぜひ積極的に考えてみてください」

 ありがたいですが、とルトは断ろうとした。しかし父親が先んじて、

「ありがとうございます。ぜひお願いします」

と受けた。ルトは慌てて否定しようとしたが、神殿長と父親との間でポンポンと話が進み、蚊帳の外に置かれた。急がないと新学期に間に合わないとかで、気づけば一週間後にはエッグへ向けて出発することに決まっていた。


 家への帰り道に、ルトは父親に抗議した。

「今更いかないとは言えないじゃないか、どうして勝手に決めたのさ。行きたくないって言ったのに」

 ルトの父親はそれに対して穏やかに返した。

「これが機会だと思うんだよ。いつか来るはずだった機会が、今日来ただけさ。それに、オムヤイスを食べたいって言ってたじゃないか。行きたくないことはないだろう?」

 

 あっという間に一週間がたった。普段と変わらない生活だったが、夕食の時に、父親は毎回エッグの街の話をした。そして最後に必ずこう言った。

「ルト、お前が最初に食べるオムヤイスは、一番おいしいオムヤイスにしなさい。ふわふわでぷるぷるの、町一番のオムヤイスに。そうしたらきっと、生涯忘れない味になるだろう」


 ルトは神殿の馬車で、エッグへ向かった。父親とはすでに町の門で別れたが、ルトは泣かなかった。父親とは一緒に暮らした思い出がたくさんあったし、一週間の間に別れも済ませていたからだ。

馬車にはルトのほかに、御者の神官二人が乗っていた。彼らもエッグへ行くのは初めてだったが、ルトの父親よりは詳しかった。ルトがオムヤイスのことを尋ねると、多分だけどと前置きをつけて言った。

「たしか、卵を使う料理のひとつに、そのオムヤイスっていうのもあったよ。エッグの街は、卵が名物なんだ。なんでも、昔に街を作った人が卵好きでね。いつでも卵を食べられるように、街の隣に養鶏場を併設して、しかも鳴き声がうるさいからって防音の魔法を施したらしいよ。おかげでエッグでは、鶏の鳴き声に悩まされることなく、たくさん卵が食べられるんだ」

 港町で育ったルトには、卵も鶏もあまり想像がつかなかった。けれど、魔法を使ってまで食べたくなる名物料理と聞いて、期待はいよいよ大きくなっていた。


 エッグは大きな町だ。行き交う人は色とりどりの装束をまとい、いかにも都会人という様子である。ルトは気後れしつつ神学校の門をくぐり、受付へ向かった。


 受付の人に神殿長からの手紙を渡して五分後に、ルトは学校長の部屋へ案内された。立派な椅子に座っていた学校長は、ルトを見て立ち上がり、握手を求めた。

「よく来てくれた、ルト・フランシスくん。校長のシモン・アッシジじゃ。主の啓示を受けたんじゃな。君の学校生活をできるだけ支援するように、神殿の方から言われておる。ルトくんは、新学期から一年に編入するという形になる。座学は問題ないそうだが、魔法実技は補修が必要だろう。大変じゃろうが、しっかり学ぶように」


 ルカは、補修があると聞いて安心した。今まで魔法に縁がなかったルトは、授業についていけるのか不安に思っていたのだ。ルトの様子を見て取り、校長は少し微笑んだ。

 「勉強は大丈夫そうじゃの。学費や寮での生活費は免除する。食費についてじゃが、寮生は無料で学校の食堂を利用できる。三食と言わず、何食でも無料じゃ。外へ食べに行くことは許されるが、その場合のお金は自分で出すように。寮生活は他の生徒とかかわることもあるから、規則正しく、迷惑にならない行動をとることが求められる。何か質問はあるかの?」


 「食堂で、オムヤイスは食べられますか?」

間髪を入れず訊ねるルトに、校長はほほと笑った。

「神官たちから聞いておるぞ。しかし多分、君が言っておるのは、オムヤイスではなくオムライスというものじゃ。ケチャップライスを卵でくるんだ料理じゃろう?」

オムヤイスは間違いだったと知り、顔を赤くしながら、ルトは言った。

「ぷるぷるで、ふわふわしている、黄色くて赤い料理です」

「うむ、それはオムライスじゃ。この街はエッグ、卵の街。もちろん食べられるとも。と、言いたいところじゃが。しばらくは難しいかもしれんの」

 ルトはおどろいて、理由を尋ねた。

「少し前に、鶏の間で病気が流行っての。ああ、鶏が卵を産むんじゃが。それで、病気にかかった鶏や、病気にかかった鶏から生まれた卵を食べるには、浄化の魔法が必要なんじゃ。どれが病気の鶏か区別がつかないから、全部に浄化をかけなければならん。それが手間でな。しばらく卵は貴重になる」


 ルトは衝撃を受けた。父親は、エッグではオムヤイスは定番料理で、どの店でも高くないと言っていた。それならば街一番のオムヤイスだってそんなに高くはないはずで、少し働けば食べられると考えていたのだ。しかし、貴重で高価ならば話は変わってくる。ルトは焦った。神殿の支援があっても最低限のお金は必要で、高価な料理に手を出す余裕はない。街一番どころか、普通のオムヤイスさえ食べられないかもしれない。


 「校長先生、では僕は、オムヤイスを食べられないのですか? ふわふわでぷるぷるの、僕のオムヤイスを、僕はずっと楽しみにしていたんです」

「オムライスじゃよ。なに、幸いにして鶏がかかっている病気は軽いものじゃ。半年もたてば収束するじゃろう。それに、数はそれほど多くないが、雛を別の場所で育てておる。雛は三か月ほどで大きくなるから、徐々に卵は出回っていくじゃろう。そうすれば食堂でも、オムライスが出るようになる」

 ルトはホッとした。最高ではないかもしれないが、食べられる。しかも食堂ならお金はかからない。それくらいなら待てます、と言おうとしたルトに向かって、校長は続けた。

「食堂のオムライスはふわふわしておらんぞ。薄焼き卵で包んだものじゃ。ぷるぷるのオムライスがよければ、外で食べるしかないの」

 ルトは慌てた。

「そんな! 僕はふわふわでぷるぷるの、街一番のオムヤイス、あっ、オムライスを食べたいんです。街一番がどこかわからなかったし、食堂で食べられるならそれで十分だと思っていたけど、ぷるぷるじゃないなんて認められません。せめてぷるぷるのオムライスを。どうすれば食べられますか?」

「ルト君はお金がないんじゃったな。しかし学校は勉学に励むべき場所じゃから、就業は禁止じゃ。せっかく楽しみにしておったのにかわいそうじゃが、卒業するまでオムライスはお預けかのう。」


 校長はそれから、がっかりしているルトに言った。

「オムレツならば、待っておれば食堂で出ると思うぞ。オムレツというのは卵を半月型にふっくらと焼いたものでな。君が言うぷるぷるのオムライスは、オムレツをライスの上に乗せた物じゃ。儂はオムレツの方が好きでの、食堂のメニューにも口を出したんじゃ。その甲斐あって、食堂のオムレツは街一番と言ってもいい出来だと自負しておる。どうじゃ、オムレツにしては? オムライスよりもオムレツの方が、卵の味がよくわかる」

 それはおいしそうだけれど、やっぱりオムライスが食べたいとルトは思った。黙り込んだルトに、校長は溜息を吐いた。

「どうしてもオムライスが食べたくてお金が欲しいのなら、いい成績をとりなさい。本校では生徒の学習意欲を向上させるため、その学期に成績が最もよかった者の願いをそれぞれひとつ、聞き届けるようにしておる。もちろん限度があるが、おいしいオムライスを食べさせてやるくらいは叶えられる」

 ルトは一気に目を輝かせた。一度はあきらめかけたオムライスに、手が届くかもしれないのだ。

「しかし、それは難しいぞ。ただでさえ君は編入生で、魔法実技は遅れておる。しかも一年生じゃ。最優秀者は例年最高学年の三年生から選ばれる。最優秀者になるには、際立った成果が必要じゃ」

「頑張ります! 最高のオムヤイスが、僕を待っているんです」


 それからルトは、寝る間も惜しんで勉強した。一か月がたつ頃には、初級魔法の中でも難しい言われるクリアの魔法が使えるようになった。汚れを消すクリアの魔法は、一年生で習う最も難しい魔法である。しかし、三年生の中には、中級魔法のバリアを使える者もいた。何もないところから生み出すバリアの魔法は、見えているものを消すクリアとは段違いに難しい。

 さらに一か月が過ぎたが、ルトはバリアの魔法を習得できなかった。焦りと苛立ちの中でルトは、ある三年生が上級魔法ヒールを習得したという噂を聞いた。ルトは崩れ落ちた。あと二か月では、とても追いつけるはずがなかった。


 糸が切れたルトは、不意に空腹を感じた。お腹がすいたと思うのは、ずいぶん久しぶりだった。ルトは早足で食堂へ行き、メニューを見た。卵チャーハンやチキンライス、スパゲティにオムライス。いろいろな料理が載っていた。

「こんなにいろいろあったんだ。全然知らなかった」

誰に聞かせるつもりもなく、ルトは独りつぶやいた。

「あんたはいつも、険しい顔でパンとスープセットを頼んでいたからねえ。ちょっと話題になっていたんだよ。独りぼっちで苦しそうな一年生がいるけど大丈夫なのかって。今日は、何を食べる? たまには違うものもいいんじゃないかい?」

 近くのテーブルを拭いていたおばちゃんが、ルトに向かって言った。町にいた頃のルトならば、毎日食堂のご飯を楽しみにしていたに違いない。ルトは自分が、最優秀を目指すあまりに、周りが見えなくなっていたことに気付いた。

「何がおすすめなんですか?」

おばちゃんは笑った。

「ホッとしたよ。今日はちょっと明るいね。本当なら卵料理がおすすめなんだけど、相変わらず出回りにくくてね。今は卵料理は量を減らしているんだ。だから、お腹いっぱい食べたかったらスパゲティだね。今日のスパゲティはナポリタンだ。結構評判いいんだよ」

「ありがとう」


 ルトは列に並んで、スパゲティを注文した。厨房のおばちゃんたちは、ルトの注文に少し戸惑い、それから笑顔になった。お皿を渡すときに一人が、

「ゆっくり食べてくださいね」

と明るく言った。

 一人用のテーブルに座ってスパゲティを一口食べたルトは、思わず大声を出した。

「おいしい!」

周りから注目され、ルトはさっと顔をふせた。さっきのおばちゃんがやって来て、ルトの隣に腰かけた。

「喜んでくれてうれしいよ。スパゲティは日替わりだし、他にもメニューはあるんだ。これからはいろいろ食べてほしいね。何が好きなんだい? 生徒の要望に応えるのも食堂の務めだからね、言ってくれたらそのうちメニューに載るかもしれないよ」


「食べたことはないんですけど、オムヤイス、いやオムライスが食べたいんです。ふわふわでぷるぷるのオムライスがすごくおいしいって、田舎の父さんが言っていて。でも、食堂のオムライスはプルプルしてないんですよね? だから最優秀者になって、お店でぷるぷるのオムライスを食べようとして、勉強していたんです。おかげでこんなにおいしいスパゲティにもずっと気づきませんでした」

おばちゃんの優しい雰囲気に、ルトは口が軽くなった。話を聞いたおばちゃんは目を見開いた。

「なんだ、それが理由でずっと暗い雰囲気を出していたのかい。てっきりもっと違うわけがあるのかと思っていたよ。よしっ、それなら私が何とかしようじゃないか。今は卵が高いけれど、もう少ししたら出回るようになる。そうしたらふわふわ卵のオムライスを作ってあげるよ。メニューになるかはわからないけれど、ならなくたって一食ぐらいなら問題ないさ」

 本当にいいんですかと聞くルトに、おばちゃんは言った。

「食堂は、生徒においしいものを食べてもらって、元気に勉強してもらうための場所なんだ。君が元気になるなら、どんなご飯だって作ってやるさ」


 その日からルトは、毎日食堂でご飯を食べた。毎食決まった時間に食べていたので、一緒にご飯を食べる顔見知りもできた。全然うまくいかなかったバリアの魔法も、使えるようになった。そうして二か月がたち、いよいよ試験期間である。

 ルトは精一杯の力を出した。書き間違いがないか隅々まで確認し、試験時間ぎりぎりまで問題に取り組んだ。使える一番難しい魔法を披露するテストでは、丈夫なバリアだと試験官に褒められた。

 それでも、最優秀には及ばなかった。最優秀者はヒールの魔法を使った三年生の少女だった。わかっていはいたものの、ルトは少し落ち込み、掲示の前でボーとしていた。


 「試験、ご苦労様じゃった。かなり頑張ったようじゃの。最初はつぶれてしまうんじゃないかと思ったが、大丈夫になったようでよかったわい。この分だと、来期には最優秀に届くかもしれんの」

 校長はルトの手を引いて、歩き出した。

「頑張った君にご褒美があるんじゃ。儂からではないんじゃが、手が空いておらんと言われてな。さあ、こっちじゃ」

 毎日通る道を進んだ。


 食堂に到着すると、おばちゃんが笑顔でルトたちを出迎えた。

「よく来たね。校長先生の尽力で、やっと卵がいっぱい入ってくるようになってね。だから、オムライスを作ろうと思うんだよ。念願の、ぷるぷるの卵のオムライスだよ。お昼にはちょっと早いけれど、昼時になると混みあうし、今から作っていいかい?」

「ルト君。この食堂の料理長は昔、料理コンテストで一位になったこともある料理人でな。儂がそのオムレツにほれ込んで、何度も頼み込んで来てもらってもらっておるんじゃ。じゃから、君が望んでいた街一番のオムライスだと言ってよいと思うぞ。」

 ルトはびっくりして、声を出せなかった。最優秀になれなかったルトは、オムライスをあきらめていたのだ。こくこくとうなずくルトに、おばちゃんも校長も微笑んだ。

「料理長、お願いするぞ。熱々、ふわふわ、ぷるぷるのオムライスじゃ」


 ルトの目の前にオムライスのお皿が置かれた。湯気が立ち上っている。

「これがオムヤイスなんですね! うわーっ、父さんが言ってた通りだ。ぷるぷるしてる、すごい!」

「ふふ、何回も言っているけれど、オムライスじゃよ。まあいいさ、君にとっては待望のオムライスだ。味わってお食べ」

「はい!」

 ルトは突き動かされるようにスプーンですくう。真っ黄色でぷるぷるの卵がスプーンの侵入にわずかに抵抗し、しかしすぐに受け入れる。中からは赤いライスが出てきて、とても色鮮やかだ。一口食べて、感動する。まず、卵の甘みを感じた。ぷるぷるに見えた卵は食べてみると口の中でとろとろと溶け、広がる。そのあとすぐに、赤いライスの甘みと酸味が来る。酸味は赤いものが出しているのだろう。ライスと卵の甘みを消してしまうわけではなく、むしろ調和して、絶妙な味になっている。ルトは夢中で食べ進めた。

 ルトは食べ進めて、さらに衝撃を受けた。ライスの中の具材が、オムライスの味を複雑にしている。よく炒められた肉は塩味がついていて、噛むと油が出てくる。その油を受け止めるように、緑の豆が口の中に少し残り、苦みを加えている。細かく刻まれた野菜は、卵ともライスとも違う甘みを持っていて、赤い酸味とうまく合わさる。スプーンを動かすルトの手は、いっそう早くなった。

 気がつけばお皿は空っぽで、みんながニコニコしながらルトを見ている。

「おいしかったようじゃの。このオムライスは、来月から食堂のメニューに加わるそうじゃ。料理長もずいぶん試行錯誤して、ずいぶん自信を持っておる。注文するときは、『街一番のふわふわオムライス』と言うように」

 ルトは、エッグへ来て本当によかったと思った。

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街一番のぷるぷるオムライス 子牛くん @koushi-kyo

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