第八話 退屈な時間
アルベルトの少々、誇張気味の紹介もあって俺は村にすんなり溶け込む事ができた。
村の人々は皆フレンドリーで、通りかかると声をかけてくれる。シャイな俺にはありがたい。
しかし、村での生活には一つ問題があった。とにかく退屈すぎるのだ。
暇すぎて死ぬというセリフは誰でも言ったことがあるだろうが、今の俺は大袈裟ではなく本当に暇すぎて死にそうなのだ。
アルベルトは俺に村に馴染むまでは特に働かず家にいていいと言ってくれたが、如何せんやることがない。異世界の家というのはどのような作りになっているのだろうかと興味のあった俺は家の中を見物して回ったが、それが終わるとやることがなくなってしまった。
しばらく、ぼーっとする。脳が停止して抜け殻の様になる。
再び家の中を再びウロウロし始める。
そしてまたぼーっとする。
これを何度も繰り返したのち、完全に制御を失って徘徊しているロボットのようになっていた俺はふと我に返る。
俺は何をしているんだ…。徘徊しているだけではないか…。このままでは正気を失ってしまう…。
だが何を思っても、ネットサーフィンができるようなデバイスやエキサイティングなゲームを楽しめるガジェットは天から降ってこない。
結局何もできない俺は床に寝転がり、うめき声を上げながらゴロゴロし始める。この村の人々は西洋人の様に家で靴を脱がないので、床は汚いかもしれないがこの際そんなこと考えていられない。俺は今、退屈すぎて精神が限界突破状態にあるのだ。
そんなふうにごろごろしていると視界の端に、家の壁にかけてある時計が映り込んだ。
暇になってからどれくらいの時間が経ったか気になった俺は、少し体を起こし時計を見ると俺が家の探索を終えてから30分しか経っていなかった。
30分だと…。ありえない。あまりの時間の流れの遅さに俺はこの世界の時間の流れが元々いた世界に比べて遅いのだと思いたかった。しかし、秒針は俺の知っている1秒と同じ間隔で時を刻んでいる。それを考えるとこの世界の時間の流れが遅い訳ではない。
俺の時間感覚がおかしいのだ。俺が前世で過ごしていた世界では30分なんて本当に一瞬だった。もちろん理論的には一瞬ではないが、一瞬のように感じられたのだ。一旦スマホをいじり始めると1時間や2時間が一瞬で過ぎていること平気であった。まるでタイムトラベルかのように。だから何をするにも時間がないと感じていたし、時間が大切なものだと認識することすらできていなかったと思う。頭のいい人が時間は最も貴重な財産だと話しているのをわかったふりをして聞いていた。
そう考えるとこんだけ色々やって30分しか経っていないというのは逆に素晴らしいことなのではないかと思えてきた。退屈だから時間が経つのを遅く感じるというのも、もちろんあると思うが、それでも30分という時間をこれだけしっかりと味わったのは久しぶりだ。最高の時間であったとは言えないが…。
そして俺は再び床の上でゴロゴロし始める。だんだん退屈なのにも慣れてきて、苦痛は感じなくなってきた。それどころか退屈であることが、意外に良いことなのではないかとすら思えてきた。
暇な男の負け惜しみに聞こえるかもしれないが、これは事実なのだ。そして、なぜそう思うかというと思考ができるからだ。
俺はゴロゴロしながら知らぬまに様々なことを考えていることに気づいた。この世界のこと、前世に生きていた世界のこと、自分自身のこと、この村のこと、など本当に様々なことについて考えていた。
これは前の世界では全く行わなかったことだ。常に忙しく動き、暇な時はスマホかパソコンに釘付け。冷静に自分自身や自分の将来、世界について考えることなんてなかった。思考停止状態といってもよかった。
だが俺は退屈しながらも考えていたのだ。いやむしろ退屈が俺に考える機会を与えてくれたのだ。
正直、考えることが俺の人生に直接なんらからのメリットをもたらしてくれるかは定かではないが、考えることはこの世界の中で人間だけができる特権であり、考えないということは人間ではないということと同義だという言葉を聞いたことがある。だから俺は人間であり続けるために考える。
また考えることは俺が人生においてより良い判断をする手助けをしてれるとも信じている。人生は決断の連続だ。だから考えることは人生を変えうるだろう。
なぜ、前世の俺がこの言葉を聞いた事がありながらあんなことになってしまっていたのかわからないが、おそらく大きな波に飲み込まれてしまっていたのだろう。抗えないほど大きな波に。
なぜだか、とても哲学的になってしまった。だが、考えるというのはこういうことなのだろう。
時計を見ると既に先程見た時から30分近く経っていた。
30分はやっぱり短いのかもしれない。
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