第五話 忘れていた温もり
茂みから出てきた大男は右手には槍を携えており、左手に木製の男の身長ほどもある巨大な盾を持っている。そこには俺が先ほど投げた二本のナイフが突き刺さっていた。見た目は 彫りが深く西洋人のようで、かなり筋肉質だ。
人間、それもこんな重装備の大男が出てくるとは思っていなかった俺は呆気にとられる。
だが、呆気にとられていたのは俺だけではないようだった。
俺の前に現れた大男も俺と同じように驚いた表情を浮かべていた。大方、俺のことを盗賊か何かだと思っていたのだろう。
大男が口を開く。
「お前、こんなところで何やってんだ?」
俺は何か答えようとしたが、よく考えてみるとここで自分が何をしているかをうまく説明することができない。異世界に飛ばされてサバイバル生活をしてますなんて誰も信じないだろう。
しばらく黙り込む俺を見て男は再び口を開く。
「おーい、俺の言葉わかるか?こんな所で何をやってるか、って聞いてんだよ。」
「こ...言葉はわかる!だけど何て説明したらいいかわからないんだ。」
「お前しゃべれるのかよ。てっきり俺の言葉が通じてないのかと思ったぜ。」
「言葉は通じている...だけどここで何をしているかと言われると...」
男は顎に手をあて、考えるような仕草をする。
「なるほど...。わかったぜ。訳ありってやつだな。少し気になるが無理して答える必要はない。誰しも話したくないことの一つや二つはある。」
「俺はお前のことわかってるぜ」とでもいうように親指を立て、ニカっと笑う男。
この男、見た目は少しおっかないが意外とお茶目な人なのかもしれない。
「で、ここでお前が何をしているかはいいとして、お前、どこか行く当てはあるのか?」
「うーん...正直に言うとない。」
「行きたいところは?」
「それもない。そもそもここら辺の土地のことがまったくわからないんだ。」
「そうか...色々聞きたいことはあるが、話したくないんだもんな...」
繰り返すが話したくないわけではない。
男は考え込む。すると何かを閃いたような表情を浮かべた。
「なら俺の村に来ねえか?ここにずっといるのも危ねえからな。」
本当にいいのか!?正直、是が非でも行きたいが、なぜこの男は俺を信用できるのだろう。
「いいのか?親切で言ってくれているなら嬉しいが、あんたは今、俺に会ったばかりだろう?どうして信用できる?もしかしたら盗賊かもしれないだぞ?」
「はっはっはっはっは!」男は突如爆笑し始める。
「何がおかしい?」
「え?いやだって、こんなひょろっちい盗賊いるかよ?お前なんかに襲われたとしても小指で倒せるわ。はっはっは。」
いや、小指で倒せるは過言だろ。
男はしばらくひーひー言いながら笑っていたが、笑いが収まると真剣な面持ちに戻った。
「実際、こうやって出会えたのにみすみすお前が森で野垂れ死ぬのを見過ごせねえよ。
ここにいるのも何だか訳がありそうだしな。
もちろん、お前のことを完全に信用しているかといえばそれはまだ難しい。もしかしたらお前はこの国の貴族だったりするかもしれない。
だがそれは大した問題じゃない。俺がそうしたかったんだ。
ただ俺が助けてやりたいと思ったんだ。それだけだ。それで十分じゃないか?」
男はじっと俺を見る。男のまなざしは真剣でとても力強いものだった。
俺は心の底から何かこみ上げてくるものを感じた。こんな人がいるのか。インターネットを通した希薄な人間関係に慣れていた俺は彼のような人間がいることが信じられなかった。
こんなに純粋で、そして真摯な優しさを受けたのはいつぶりだろうか。感動しているのか、嬉しいのか、わからない。男は軽い気持ちで言っているだけかもしれない。だが確かに、その言葉は俺にとって大いに意味のあるものだった。
黙りこんでしまった俺を見て、男は慌てる。
「お、おい。どうしたんだよ。俺、なんか怒らせるようなこと言ったか?もしかしたらお前が野垂れ死ぬって決めつけたのが良くなかったか?」
小さな声で俺は呟く。
「嬉しかった。」
「え?」
「なんでもない...ありがとう。」
恥ずかしさでつい照れ隠しをしてしまった。
「なんだよそれ? よくわかんねえ奴だな。」
男は不思議そうに頭をひねっている。まあいい、と呟き再び俺を見る。
「それで、どうなんだ?俺の村に来たいのか?」
俺は彼をしっかりと見つめ返す。
「はい。行きたいです。よろしくお願いします。」
俺は頭を下げた。敬語で答えたのも精一杯感謝を表したつもりだった。
「おい、おい。なんで急にそんなかしこまってんだよ?やっぱりよくわかんねえ奴だな。」
その後、俺は何度も感謝の意を示したが、彼は結局俺のことを少し気味悪がるだけだった。だが、俺は満足していた。感謝を伝えなさいと前の世界で言われた意味が少しだけわかった気がする。
そして、俺たちは男の村に向けて出発した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます