第24話 無敵の遊び人1

 元暗黒七星たちの襲撃から一週間後。

「この国は相変わらず長閑でいいなあ」

 アラングレンジャーは第五王国『自然と農業の国(グリーンファーム)』を歩いていた。

 見渡す限り続く壮観なまでのオリーブ畑を歩いていると、普段騎士団の執務室に籠って仕事をして溜まったストレスが洗われて行くのを感じる。

「老後はこういう所でゆっくり暮らしたいですね」

 使用人のロゼッタも一緒である。

 ロゼッタは今日もいつもと同じメイド服姿。

 しかし、整った顔立ちとメリハリのあるスタイルはどうしても人目を引くのか、道行く人が何度かロゼッタを振り返っていた。

 ちょうど今も従者を連れたいい服を着た貴族の青年が、すれ違いざまにロゼッタの方を振り返ったところだった。

「相変わらずモテるな、ロゼッタは。雇い主として鼻が高いぞ」

 アランはなんとはなしにそう言った。

「アラン様が身だしなみに使うお金と、そのための時間を与えてくれるからです」

「まあ、年頃の女の子だからな」

 ロゼッタの従者としての仕事開始の時間は、一般的な使いのメイドよりも少し遅い。

 その分、朝の身だしなみにゆっくり時間をかけることができるのである。

 年頃の娘を雇っている上でのアランなりの配慮だった。

「しかし、誰かいい人はいないのか? もうそろそろ相手を選んでもいい年だろう?」

 急ぐ必要はないが、若いほうがいい相手が見つかりやすいのもまた事実だ。

 ガチガチに家に縛り付けるような相手を選ばなければ、結婚した後もそれなりに自由は効く。

「アラン様よりいい人がいたら考えます」

 ロゼッタはそう言った。

「……お前なあ」

 正直、ロゼッタが自分に対してどういう気持ちを向けているのかは薄々分かっている。

 昔命を助けたのがきっかけで、自分のことを特別に思うようになったのだろう。

 十年近くその気持ちは続いているのだから、適当なモノではないことも分かるのだが……。

(だけど、もう少し色々なことを知ってから判断してもいいはずだ)

 もっと色々な人と付き合ってみて色々な世界を知って、そうすればもっとロゼッタにとっていい選択肢を見つけるかも知れない。

「……いや、これは俺の言い訳か」

「なにか言いましたか?」

 アランのつぶやきに、ロゼッタがこちらの顔を覗き込んで聞いてくる。

「ああ、いや。なんでもない」

 貴族の世界なら自分とロゼッタくらいの年の差も珍しくはない。

 そして、功績をたたえて後からもらった立場とはいえアランは貴族だ。

 だからそう、おかしくないのだが……。

(……気持ちの整理がつかないのは、たぶん俺の方だな)

 もう25年前だと言うのに、未練がましい話だ。

 そんなことを思う。

「あ、見えてきましたね!!」

 ロゼッタが指さした先には、海に囲まれた城塞のような城があった。

 あれこそが第五王国の王城。そしてこの国の国王にして『七英雄』最後の一人が住む場所であった。

 そう、前回の会議で皇帝の招集を見事にすっぽかした男である。

 未だに唯一、対『魔王軍』共同戦線に協力を取り付けられていない人物だった。

「ちなみにロゼッタは、アイツのことどれくらい知ってる?」

「はい。調べてきました……凄い人ですねケビン様は。『無敵の遊び人』ケビン・ライフィセット。大戦における魔族の討伐数は大戦100年以上の歴史で歴代二位、しかもアラン様と同じく旧『暗黒七星』の『神魔』を討伐してます。大戦における貢献度はまさに大英雄と言っていいものだと思います」

 ロゼッタはスラスラとケビンの輝かしい戦績を上げる。

「まあ、そうだなあ。アイツ戦場行くといつもいたってくらい戦いまくってたからな」

「そしてれらを可能にしたのが……『無敵の遊び人』をその名の通り無敵足らしめている最強の固有能力、『セーブ&ロード』」

 その能力は、まさに名前そのまま時間を逆行させる能力である。

 自分がやられた時にやられる前に時間を戻し、何度でも勝つまで繰り返せるという無敵の力だった。

 アランは言う。

「アイツは能力だけじゃなくて、戦闘技術も『七英雄』一だぞ」

「アラン様よりもですか!?」

 驚くロゼッタ。

 まあ、無理もない。

 自慢になってしまうがアランの戦闘技術は、一般兵に毛が生えた程度のスペックで『暗黒七星』と渡り合えるほどである。

 ケビンはそれすら上回るというのだ。

 もっとも戦いというのは技術だけのものではないので、実際に戦った時にアランよりも強いかと言われれば必ずしもそうとは言い切れないのだが……少なくともとてつもない傑物だというのは分かる。

「やっぱり、今から凄い人に会いに行くんですね……」

 少し緊張したようにゴクリと唾を飲むロゼッタ。

「……うん、まあ。そうだな。でもあんまり期待しないほうがいいぞ」

「どういうことですか?」


   □□


 同時刻。

「あー、めんどくさい。心臓動かすのもめんどくさい」

 第五王国のとある丘の上で、釣り糸を垂らしながら寝転がる男が一人。

 真昼間からこんなところでダラダラと釣りなど世捨て人が隠居人のやるようなことだが、その男の着ている服は豪華絢爛で、仕立てもしっかりとしたものだった。

 というか第五王国国王の伝統衣装である。

 ケビン・ライフィセット43歳。

 手入れの大雑把な髭に少し白髪の混じった長髪。服の着こなしから立ち振る舞いの細部に至るまで凄まじい脱力感とだらしなさに満ち溢れている。

「あー、早くアイツのとこに行きてえなあ」

 ちなみに本日、釣果ゼロは未だゼロであった。


   □□


 アランたちは第五王国王城に続く一本の通路を歩いていくと、門の前に辿り着いた。

 門の前には衛兵と一緒に一人の燕尾服を来た男がったっていた。

「遠方よりご足労頂き感謝します、『勇者』アラン・グレンジャー殿」

「こちらこそ。出迎え感謝します。外交大臣。前日の会議ではお世話になりました」

 アランたちを出迎えた男は、第五王国の外交大臣である。

 一週間前の『魔王軍』対策会議にケビンの代理として参加していた男だ。

「さっそくだけど、ケビンのやつと話がしたい。今は……城の中にはいるのか?」

 第五王国は週に三日休みという長閑で大らかな国である。しかし、本日は平日。

 本来なら国王も城の中で忙しなく公務をこなしていることだろう。

 しかし。

「いえそれが……」

 外務大臣が苦い顔をした。

「やっぱりか……」

「はい、朝から姿が見えず……ほんっとすいません、ウチの馬鹿が」

「いやまあ、アイツのことだからそうだろうなと思ってたんで」

 それにしても国王なのに大臣から馬鹿呼ばわりされるとは。普段の仕事ぶりが見て取れるというものである。

 外務大臣は蟀谷に若干青筋を浮かべながら。門の前の衛兵に尋ねる。

「おい、お前たち。あの馬鹿が出て行くのを見たか?」

「あの馬鹿ですか? んーと、お前見た?」

「ああはい、あの馬鹿なら早朝から竿持って出て行きましたよ」

「バカもん!! なぜ止めなかった!!」

「す、すいません」

 外務大臣の叱責に、ヘコヘコと頭を下げる衛兵。

「あの……ケビン様って、一般兵にまで「あの馬鹿」呼ばわりされてるんですか? 『七英雄』でこの国の国王なんですよね?」

 ロゼッタが若干戸惑った様子でそう聞いてきた。

「まあ、いい意味でも悪い意味でも民からは親しまれてるからなあアイツは。主に悪い意味で」

 アランは苦笑いしながらそう返した。

 外務大臣はアランに深々と頭を下げる。

「ほんとスイマセン。すぐに見つけて目の前に引きずり出しますんで少々お待ちを……」

「ああ、いいよいいよ」

 アランは外務大臣を手で制した。

「旅の疲れもあるから謁見は明日にしましょう。それよりも、荷物を預かっておいてくれませんか? 久しぶりに第五王国に来たので、今日はゆっくり国の中を歩いて回りたい」


   □□


さて、王城の来賓室に荷物を置いて身軽になったアランは、持ってきた荷物の整理をロゼッタに頼んで城の外に繰り出した。

 といっても歓楽街に行って遊び呆けるわけではない。

 『遊び人』ケビン・ライフィセットに会いに行くのが目的である。

 正式な謁見は明日だが旧知の仲だ。

 一人の友人として会っておいてもいいだろう。

「でも、どこにいるか分かるんですか?」

 ロゼッタがそう言った。

「ああ。アイツがこういう時に一人で行きたがる場所には心当たりがあるからな……」

 アランが向かったのは、町を外れたところにある夕日の見える丘だった。

 そこに、釣り糸を垂らしながら気怠そうに横になる影が一つ。

「いたぞ」

「あれが……『七英雄』のケビン様?」

 ロゼッタが若干怪訝な目で見ると。


「ふああ、あー……呼吸するのメンドクサイなあ」


 と、凄まじく気の抜けた声でケビンが呟いた。

「……」

 あまりに全身からあふれる、やる気無しオーラに顔を引きつらせて黙ってしまうロゼッタ。

「な? あんまり期待するなって言っただろ」

 アランは心地よい浜風を感じながら、男の元に歩いていく。

「やっぱりここにいたか……ケビン」

 アランの言葉に『七英雄』の一人にして、第五王国国王ケビン・ライフィセットは、海の方を眺めたまま答える。

「ああ、久しぶりだねえアラン」

 その声もやはりどこか気の抜けた、覇気のない声だった。

「どうだ、釣れてるか?」

「いやあ、全然……」

「そうか、それは残念だな」

「そうでもないさ。むしろちょうどいい」

「そうなのか?」

 アランに釣りの趣味は無いから分からないが、釣りをする人間は少なくとも釣れないよりは釣れた方が気分がいいのではないだろうか?

「釣り上げる手間が無くていい」

「なんのために釣りやってるんだよそれは……」

 少々呆れた感じでアランが言うと。

「なんでってそりゃ……死ぬまでの暇つぶしだよ」

 ケビンはなんとはなしにそんなことを言う。

「生きるのメンドクサイから、できればさっさとあの世行きたいんだけどねえ。どうにも体が無駄に健康みたいだから生きなきゃならん。だから、こうやって釣れない釣りするくらいがちょうどいいんだよ」

「なるほどな」

 アランはケビンのその言葉を否定しなかった。

 各人がどう生きようと自由だろう。

 しかし、今は事態が事態だ。

 どうしても、ケビンの協力がいる。

「なあ……『魔王軍』の話は、聞いているんだよな?」

 アランがそう言うと、ケビンは「あー」と呻くように言う。

「アイツがさらに力をつけてまた人類を襲ってくる。お前の力を貸してくれ『無敵の遊び人』」

 アランの真剣な申し出に。

「……えー、嫌だよ。めんどくさい」

 ケビンは即答でそう答えた。

「ホント相変わらずだな、お前は」

 苦笑するアラン。

(……まあ、こうなるだろうと思ってたけどな)

 アランは内心そんなことを思う。

「あー、日も傾きだしたしそろそろ城には戻るかあ。外務大臣のやつ怒ってるだろうなあ。めんどくさいなあ」

 ケビンはそう言って釣り道具を片づけ始めたのだった。


――――

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