第9話 『追放されし暗黒僧侶』2

 さて。

 そのデレクが闘技場の中央に歩いていく。

 対戦相手は……。


「私は正義の魔法使い!! 『トップオブマジックエネルギー』、リーン・クラリスよ!!」


 フリルの着いたピンク色のドレスを着て髪の毛をツインテールにした14歳ほどの少女だった。

 先端に赤い魔法石のついた杖を手に持ち、決めポーズを取っている。

 デレクはそれを見て言う。


「なんだなんだ、正義の味方ごっこかい?」


「ごっこじゃなくて、リーンはちゃんと正義の魔法使いだもん」


 ぷんすこ、という感じで頬を膨らませるリーン。

 しかし、どう見てもその衣装や杖をこちらに向けた決めポーズは、最近巷で流行りの「ごく普通の女の子がある日突然天使と契約して強力な魔法使いになって、悪いモンスターたちを倒す」という内容の演劇にそっくりであった。


「正義……ねえ……」


 デレクがうさん臭いものでも見るかのように呟く。


「知ってるわよおじさんのこと。なんの罪もない女性をずっと洗脳してる悪い人なんでしょ!! 私が天に代わってお仕置きしてあげる」


「ふーん」


 デレクはそう言われて、頭をポリポリと掻いたあと。


「まあ、やってみなよごっこ娘」


 ニヤリと、凄まじく邪悪な顔で笑った。


「言われなくとも!!」


「それでは、試合開始じゃ!!」


 マーガレットが開始の合図をする。

 リーンは合図と同時に杖をデレクの方に向けると、呪文を唱える。

「終焉の業火、原罪余さず浄化せよ『フレイムトルネード!!』」

 その言葉と共に、リーンの魔法の杖の先端から炎が放たれる。

 その威力は。


「ほう」


 デレクは大きく横に飛んでそれを回避した。

 先ほどまでデレクがいたところを、凄まじい勢いで螺旋状の火柱が通り抜けていく。


「「うわあ!!」」


 観客たちが悲鳴を上げる。

 観客に当たらないようコントロールされているのか、途中で軌道を変えて上に逸れて行ったが、その勢いと熱は触れなくても凄まじい威力であることを十分に感じさせるものだった。


   □□


「……へえ。詠唱魔法か。それもかなり練られてるな」


 アランは観客席から、リーンの魔法を見て感心していた。

 詠唱魔法は、騎士団学校で教えているテンプレート魔法の発展形とも言うべきものである。

 テンプレート魔法は詠唱がいらず誰でも同じように使えるのに対し、詠唱魔法はその名の通り詠唱を唱える必要があるし習得難易度は高い。

 ただし、その分威力はテンプレート魔法よりも高く、自分にあった詠唱魔法を身につけ魔力の練り方を極めれば、いくらでもその威力を伸ばすことができる。

 守破離で言えば、テンプレート魔法は守、そして詠唱魔法は破である。

 魔法のテンプレートを破り、自分に合った魔法の打ち方を身に着けるというわけである。

 その点でいくと、『トップオブマジックエネルギー』の異名に恥じずリーンの扱う詠唱魔法は見事な威力だった。

 これなら『魔王軍』の雑兵程度なら遠距離から一方的に焼き払えるだろう。

 そのことをサイモン長官に言うと。


「ははははは、そうでしょうそうでしょ!! 彼女こそ14歳にして『人類防衛連合』の最強遠距離攻撃魔術師になった天才少女です。あなた方落ち目の英雄たちにとっては若い才能は眩しい存在ですかな?」


 ちょっと褒めるとすぐに調子の乗ってこちらを下げるようなことを言ってくる老人である。


「まあでも……あの、やっぱり今からでも遅くないんで降参するように言ってもらえませんか?」


「何を言っているんだ? 見ただろうあの威力を」


(……やっぱり、聞き入れてはくれないかあ)


 アランはため息をつく。

 確かにリーンは強い。

 だが、さっきのドーラの時も言ったが相手が悪すぎる。

 別に年齢や性別で差別するわけではないが、やはり心情的にまだ若い少女が酷い目に合うところというのは見たくないと思うアランだった。


   □□


「……ふむ」


 デレクはリーンの魔法が命中した後を見ながら言う。


「凄い威力だねえ。直撃したらタダでは済まなそうだ」


 意外にも相手の攻撃の威力を称賛する言葉だった。


「ふふん、当然よ!! アタシは『グレートシックス』の一人、最高の魔法出力を持ってるのよ。舐めてかかると痛い目見るんだから」


 そう言ってリーンはドヤ顔をした。


「うんうん、強い強い……いやー強すぎて困っちゃうなあ」


 そう言って一歩デレクがリーンに向けて歩く。

 すると。


「おっと、そうはいかなわよ!!」


 リーンはデレクから一歩離れた。

 まだ、お互いの距離は30M以上離れているのにも関わらずである。


「おいおい。強くて可愛らしい正義の魔法使いさん。何をそんなに恐れているんだい?」


 デレクの言葉にリーンは言う。


「知ってるわよ。アナタの最も得意とする魔法は『洗脳』。食らってしまえば終わりよ。だからこそ……火属性魔法七番!!」


 そう言って、リーンは今度は詠唱無しのテンプレート魔法を放つ。

 先ほどよりも威力は低いが、それでも十分に強力だった。

 何より。


「それ、それ、それ!!」


 こちらは素早く連射することが可能である。

 デレクは次々に襲い掛かる炎の豪雨を躱しながら、リーンに接近を試みるが。

 リーンはデレクが一歩近づくと一歩距離を取る。

 炎でけん制しながら徹底的に自分の30m以内には近づけない作戦のようだった。


「アナタの『洗脳』魔法には距離の条件があるはずよ。じゃなきゃ無敵すぎるもの。このまま一度も近づかせずに、遠距離魔法で倒してあげるわ!!」


(……へえ。恰好や言ってることはアホっぽいけど、意外と考えてるな)


 デレクは素直にそう思った。

 実際、彼女の言っていることは当たっている。

 デレクの『洗脳』魔法には距離の条件があった。

 当然といえば当然である。もし、距離など関係なしに『洗脳』できるのであれば。とっくにデレクはこの世界を全て手中に収めているだろう。

 デレクの『洗脳』の有効範囲は最長20m。

 洗脳をかけてしまえばもっと距離は伸びるのだが、『洗脳』かける段階では20mの範囲まで接近してもらわなければならない。

 これは回復や身体強化といった多くの補助魔法補助の限界値と同じであり、リーンもその条件を見越してやや余裕をもって30mの距離を取っているのだろう。

 リーンは見た目や言動に反して、しっかりとした戦術眼と魔法知識、そして狙った戦術を実行できる実力を持っている。


「おっと」


 いつの間にか遠距離魔法の猛攻によってデレクは闘技場の端に追いやられていた。


「いやあ、困った困った」


 戦いが始まってから防戦一方である。

 しかし。


「困ったから悪者の僕は、手段を選ばないことにするよ正義の魔法使いさん」


 デレクの言葉に、いったい何をするつもりだとリーンが目を見開く。


「……『洗脳』発動」


 デレクがそう呟いた。

 しかし、リーンとの現在の距離は32m。

 デレクの洗脳魔法の有効範囲外にいるが……。

 その瞬間、デレクの背後にいた観客たち10名ほどが一斉に闘技場に飛び降りた。

 そう。デレクは自分の背後20m以内にいた観客たちに洗脳をかけたのだ。


「いけ」


 デレクの言葉に従い、観客たちは歯をむき出しにして凄まじい形相で一斉にリーンに向けて駆け出していく。


「なっ!?」


 驚愕するリーン。

 とっさに杖を彼らに向けるが。


「おや、いいのかい? 君の魔法は強力だから直撃したら死んじゃうかもしれないぞ? 何の罪もない一般人がね」


 心底意地の悪そうな声でデレクはそう言った。


「つっ!!」


 リーンは反射的に杖を引っ込めてしまう。

 実際のところは、リーンの実力なら気絶する程度に威力を抑えることもできたかもしれないが、正義感の強い彼女は洗脳されただけの観客に攻撃を打つことをためらってしまった。

 その隙に、洗脳された観客たちがリーンに飛びかかる。


「しまっ!!」


 リーンは十人の大人に力ずくで取り押さえられ、杖も奪われてしまった。


「く、離して!! 離してよ!!」


 元々生来の魔法出力に特化していたため身体能力的には普通の14歳の少女に毛が生えた程度のリーンは、当たり前のように大人たちの拘束を逃れることなどできない。


「……さあてと」


 デレクはリーンが身動きを取れなくなったのを確認すると語り出した。


「一つ答え合わせをしよう。さっき君は僕と距離を取って戦おうとしてたけど……アレね、実は必要なかったんだよ」


 デレクはゆっくりとリーンのほうに歩いていく。


「確かに洗脳の有効射程は20mだけど、相手の魔力や体の強さ、精神力によってこの有効射程は短くなっていく。そして一定以上の強者には弱っていなければ、ゼロ距離でも『洗脳』をかけられないんだ」


 『洗脳』は確かに唯一無二の強力な魔法であるが、決して万能の魔法ではない。


「君は魔力的な素養が非常に高いし、気も強いほうだから体力や心に余裕があるうちは『洗脳』魔法を気にする必要はなかったのさ。だからまあ、君みたいな相手には……」


 デレクは懐から短剣を取り出す。

 その短剣から、明らかに毒と思われる紫色の液体がポタポタと滴っていた。


「激痛を発生させる神経毒で肉体的にも精神的にも痛めつけて、弱らせてから洗脳をかけるんだよねえ!!」


 デレクが邪悪すぎる満面の笑みを浮かべた。


「ひぃ!?」


 あまりの恐怖にリーンの股の間から、黄色い液体が滴ってくる。

 ブスリ。

 と、まずは一刺し。


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 少女の絶叫が響き渡った。


「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」


 同じくらいの音量で、デレクの楽し気な笑いが響いた。


   □□


「言わんこっちゃねえ……」


 アランは頭を抱えた。

 14歳の少女が大人たちに力ずくで取り押さえられ、悪魔みたいな顔面をした男が満面の笑みで手に持ったナイフでちょっとずつ突き刺していくという、猟奇的児童虐待ポルノさながらの光景が広がっていた。


「……」


 あまりの酷さに、大口を開けて呆然としていたレイモン長官だったが。


「……い、いかん。降参じゃ降参!! 試合は終りじゃ!!」


 どうやらさすがのこの老人にも、このまま放っておくとどれだけ悲惨なことになるのかの想像がついたらしい。

 するとデレクは。


「ちっ、まだ前菜(オードブル)だったのに」


 などと闘技場で呟いて不満そうに踵を返して闘技場の方を去っていった。

 前菜であの絵面なら、メインディッシュはどうなっていたのか考えるもの恐ろしい。


「意地にならずにすぐ降参したのは賢明な判断です、サイモン長官」


 アランは本日初めてサイモン長官を素直に称賛した。


「……くっ、これで二連敗か」


 サイモン長官は追いつめられた様子でそう言った。

 実際状況としては追いつめられていると言って間違いないだろう。

 現在『人類防衛連合』側は0勝2敗。

 次に負けたら少なくとも『人類防衛連合』の勝利は無くなる。

 七英雄が側の勝利が確定するまでにはあと二勝必要だが、あと一敗すれば良くて引き分けになってしまう。

 今回の自分勝手な作戦に正当性を示すためには、どうしても勝っておきたい『人類防衛連合』としては、もう負けられない状態だ。


「……さて、次に戦うのは」


 アランが闘技場の方を見る。

 現れたのは、妖艶な魅力を纏った女だった。


「イザベラか」

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