花軍

 「は? これふたりが作ったやつだったの?」

 「うん。ミキのがセブンで私のがファミマのって事にして、どっちのが美味しいって言ってくれるかなあって……」

 その結果、見事に負けた。言い出しっぺの私の方が……。

 父さんの技を盗んだつもりでいたのに。今度こそリサに勝てると思っていたのに。

 「でも、ミキちゃんのだって美味しかった。甘さも程良くってさ」

 リョウ君、君は優しいね。さっきは「無駄に甘い」なんて言ってたのに。

 「じゃあミキ、そろそろ行くから……それとも一緒に寄ってく? その方が楽しいかな、私もリョウ君もさ」

 リサ、相変わらずあんたも優しい。でも、気を使う必要なんかない。ふたりきりでキャッキャウフフしながら、面でも胴でも甲手でも選んでくるがいいさ。

 「そう……あともう一回訊くけど、もし剣道に興味持ったらいつでも」

 ない。それは絶対にない。これ以上負けるのは嫌だ。

 「そう……じゃ、また明日ね」

 「ミキちゃん……帰り、気いつけてね」

 声にならない声を、表情から読み取り続けたふたりは、こうして家庭科室を後にした。

 「松永さあん、もう終わった?」

 ふたりと入れ替わるように、清水先生が入ってきた。

 「え! 松永さん泣いてるの?」

 「いえ、何でもないです。ありがとうございました。ここはちゃんと」

 そうだ、後片付けくらい手伝ってもらえばよかったのだ。

          ※

 「ミキ見っけ!」

 見つかった……。

 絶対最後まで大丈夫だと思ったのに。

 おひさまの光が当たってたのかな。こんな高い所に窓なんてつけなくてもいいのに。

 「リサちゃんの言った通りじゃん。鎧の中にでも隠れてた?」

 「ううん、あそこの角っこ」

 「うおっ! すげー!」

 リョウ君が、目をまん丸にしながらあたしの方を見た。

 「ミキちゃん、ニンジャみたい……どうやって上ったの?」

 嬉しい……こんなに喜んでくれるなんて。これは、そこの……。

 「でも、やっぱこん中すげーや! カタナでしょ、ユミヤでしょ、これなんだっけ?」

 「ナギナタ。またお爺ちゃんが集めてきたやつ。これもイクサで負けた事のない武器なんだって」

 「ふぇ〜、触っていい?」

 リョウ君、本当はそのナギナタを触ってる手で、あたしが下りるのを手伝ってくれるはずだったんだよね。

 「そういえばミキの家の蔵もすごいんだよ。お菓子の材料が沢山しまってあってさあ。ねえミキ」

 あたしはリサの声を後ろ向きで聞きながら地面に足をつけると、大きく息を吸った。

 甘い匂いが気持ちよかった。


 リサとは幼稚園が同じで、木間暮きまぐれ小に上がってからも二年続けて一緒のクラスになった。

 家も近いから毎日遊んでいるけど、パパやママは、そんなあたし達を見て"似た者同士”とか"双子の姉妹”みたいだとか言う。

 嘘だ、全然似てない。リサぐらい可愛かったら、リョウ君はもっとあたしと仲良くしてくれるはずだもん。

 「ねえ、あたしとリサって似てるの?」

 木間暮町一の正直者と呼ばれる婆ちゃんに訊いてみる。

 「ほ? おまえとリサちゃんか? うんにゃ、似とらんな。おまえはワシに似たのか、ちと顔が丸い」

 違った、木間暮町一のお惚け者だったかな。

 「な~に、丸顔は美人の証じゃ。そんなに落ち込む事はないじゃろ。はは〜ん孫よ、さてはあの子をライバル視しておるな」

 胸がドキッとした。

 「そうか。ならいっそ、イクサで決着をつけてはどうかの?」

 「イクサって、リサと戦うって事? でもうちには、あの子の家みたいに本物の刀はないよ」

 「物騒な事言うな、何もそれだけがイクサではない。子供にとってのイクサというもんがあるじゃろ? より速く走るための戦い、より高い点数を取るための戦い、それに」

 「じゃあ無理だよ。勉強だって体育だってリサの方が得意だし」

 婆ちゃんは、湯呑みをコトンと卓袱台の上に置いてから、テレビを消した。

 「最後まで聞けい! 他にもあるっての。より相手を早く見つけるための戦い、より相手の目を逃れるための戦いとかよ」

 「それってもしかして!」


 こうして、あたしはかくれんぼでもリサに負けてしまった。

 自信はあったのにな。だって前から、婆ちゃんの好きな時代劇の真似をして、ニンジャみたいに高い所に登ったり狭い所に隠れたりして遊んでたんだし。

 だから今日だって、日が暮れた頃に大きな声を出して、ふたりを驚かせるはずだったのにさ。

 あれ? そういえばニンジャごっこしてる時も、リサは近くにいたんだっけ。

 そっか、それならあたしの隠れ場所だって、すぐにわかっちゃうよね。

 「あ〜あ、馬鹿だなあたし。ただいまあ、ねえ聞いてよ婆……」

 茶の間の戸を開けると、そこに婆ちゃんはいなくて、卓袱台の上には湯呑み茶碗と読みかけの本が置いてあった。

 「婆ちゃんのかな?」

 開いてあった本の頁を見ると、そこには


花軍(はないくさ) 晩春

【子季語】

花合/花くらべ

【解説】

花をつけた桜の枝をもって打ち合うことをいう。唐の玄宗が、侍女を二組に分けて花の枝で戦わせたという故事が有名。 


 と、書いてあった。

 「イクサ……」

 「おお、今帰ったのか。日が長くなってきたからの、ゆっくり遊べ」

 「こ、これ! えっと……なんてたっけ?」

 あたしは、茶の間に入ってきた婆ちゃんに本の表紙を向けて訊いた。

 「"さいじき”じゃ。こないだ久し振りに句会に誘われての。丁度勉強」

 「なんて書いてあんのか教えて!」

 「だからな、人の話は最後まで聞けや」


 「おまたせ、帰ろ。え、なに?」

 下駄箱の前で腕組みをして笑うあたしを見て、リサはちょっと驚いた。

 「はいこれ」

 「え、だからなに?」

 それから、千切って四つ折りにした自由帳の紙を受け取ると、そこに書いてあるマジックペンの文字をジッと見ていた。

 「どう? それで合ってるよね? "は”は果物の"果”だよね?」

 「そうだけど、だからなんなの?」

 「そんなの果たし合いに決まってるじゃん! あ、もしかして"じょう”の方が間違ってた?」

 「ううん、合ってるよ。そうかミキ、時代劇好きだもんね。で、どうやって遊ぶの?」

 「遊びじゃない! 戦う! そこに書いてある!」

 リサは面倒くさそうに紙を開くと、鉛筆書きの文字を読み始めた。そっちの方も間違いはないはずだ、全部ひらがなで書いたから。

 「どう? 戦ってくれる?」

 「う〜ん、でもこんな事して怒られないかなあ?」

 「大丈夫だよ。だって"さいじき”に書いてあるくらいなんだから。そうだ、リョウ君も呼ぼう。審判やってもらおうよ」

 「わかった、そこにいたから伝えとくよ。いつもの公園でいいかな?」

 「オッケー! じゃ、一回帰ってからね」

 あたしは家に着くと縁側にランドセルを置いて、パパやママに見つからないように、庭の桜の枝を一本折って公園に走った。

 「あ、来た」

 「おまたせ!」

 そこにはもう、同じ位の長さの枝を持ったリサが待っていて、その後ろからリョウ君が走って来るのが見えた。

 「おまたせー! すっげー、ふたりとも本当に戦うの?」

 「うん、よろしく。じゃあリサ、始めよう」

 あたしは枝を両手で握って、昨日の夜婆ちゃんが観ていた時代劇の主人公を思い出そうとした。

 「ミキの構え方、なんかすごい」

 「うん、今度はローニンの真似をする!」

 あたし達はしばらく見つめ合ったあと、リョウ君の掛け声を合図に枝を振り回した。

 カキンカキンと音が響いて、砂場にいた男の子達が逃げていき、音が止む頃公園に残っていたのは三人だけだった。

 「そんな……なんで……?」

 あたしの枝の花弁は、全部散っていた。

 「えっと……」

 と、リョウ君がほっぺたを掻きながら、リサの枝を見る。

 「えっと、ミキちゃんの花弁が全部散ったから、リサちゃんの勝ち……でいいんだよね?」

 「うん。でもさ、なんで……なんで」

 なんであんたの花弁は全部残ってるの? そう言おうとしたら、全然違う言葉が出た。

 「さ、さいせんよー!」

 「再戦? もう一回やるの?」

 リサは、また面倒くさそうな顔をしてリョウ君を見た。

 「え? オレは別にいいけど」

 「よっしゃー! ちょっと待ってて!」

 あたしはダッシュで家に戻って、桜の木の前に立つと、両手で一本ずつ枝を握った。

 「はは〜ん、今度は二刀流か。武蔵の真似じゃな」

 声のした方を向くと、婆ちゃんがママと並んで立っていた。

          ※

 高窓の向こうに見えた空は、今日のように花曇りだった。

 私は膝を抱えながら、祖母が懇願する声を聞いていた。

 そしてそのお陰でか、意外と早く蔵の外へ放免してもらえたのだ。

 庭に出た後大きく深呼吸をしたが、そこまで甘い香りは嗅がなかった。

 きっと目の前にある桜は、リサの家のより大きいし違う種類なのだろう……と、その時はそれ以上考えなかったけれど、今にして思う事がある。

 何故、の中にだけ桜の木が生えていたのか。いや、植えられていたのかを。

 

 ─これもイクサで負けた事のない武器なんだって


 そう、あの武具蔵に収納されていた刀や鎧は、使ったり身に着けたりすれば、絶対にイクサに負けなかったという強力なものばかりだという。

 なら、リサから隠れる為に登りリサに見つかり下りたあの桜も、コレクションのひとつだったのではないだろうか。

 なにせ花軍と言うくらいだ。これまでに、私と同じやり方で決着をつけてきた人達がいてもおかしくはない。

 つまりリサは、"絶対に負けない桜の木の枝”で私と戦い、勝利した姿をリョウ君に見せつけたのだ。

 「知っていたんだ、素知らぬ顔をしていたくせに……おのれ……」

 私は庭石の陰に身を潜めながら、武具の整理を手伝うリサを睨めつけた。

 そして正午の鐘が鳴り、彼女が祖父と共ににその場を離れると、私は六年振りに忍者の動きをしながら、蔵の中に侵入した。


 「どうしたの? もしかして待ってた?」

 下駄箱の前に後ろ手で立つ私を見て、リサは少し驚いた。

 「うん。再戦を申し込みたくて」

 「さいせん?」

 「うん。今度は違う戦いでだけど……」

 「戦いって……おとといのみたらし団子のやつ? あれ戦ってたの?」

 「知ってたんでしょ? 私がそのつもりで言い出したって。でも、どうしてそれなら」

 「いいよ」

 リサは私の言葉を遮ると、肩に掛けた竹刀袋を私の前に下ろした。

 「いいよ。その代わりこっちの頼みも聞いてくれるかな。まだ新しい部活決めてないんでしょ?」

 「……ねえ、前も訊いたけど本気で思ったわけじゃないよね」

 「思ったよ。私もリョウ君も、あの時の花軍があったから、剣道をやろうと思ったんだよ」

 私は後ろ手のまま、葉っぱを握りしめた。

 「わかった、信じる事にする。でもどうしてそれなら、みたらしのままにしたの?」

 「は?」 

 「だって、季節に合わせて桜餅にしようかとも、私言ったじゃん。そっちにすれば……」

 そうなのだ。"絶対に負けない桜の木の葉"を巻いていたなら、戦う前から勝敗は決まっていたはずだ……。

 「ミキ、どうかしたの?」

 「ううん……そう、だから今度は桜餅対決にしようかと思って。あとごめん、家庭科部に戻る事にしたんだ。おととい、清水先生と話してさ」

 「そうか……でもいいよ、受けてたつよ。いつにする?」

 「うん。それとね、もうひとつ謝らなきゃいけない事がある」

 私は、手にしていた二枚の葉っぱの一枚を手渡した。

 「これは……?」

 「それがあんたの分で、こっちが私の分。これでどっちが勝っても文句無し」

 「私は負けても文句言わないよ! でも、なんか懐かしい」

 リサは、優しげな表情で葉っぱを見つめながら続けて言った。

 「これ、六年振りの"果たし状”だね」


(了)


初稿∶ショートショートガーデン∶2022/2/25


 




 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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