レスポール

 異常な母親はいつだって異常だ。由季ちゃんの家の前で車を停めると、由季ちゃんに何度も謝っている。

「うちの子、迷惑かけるだろうから、本当にごめんね」

 由季ちゃんは気にもしていない様子だった。

 彼女に案内されるがままに、僕はおじさんの部屋に入った。高台にあるおじさんの家の部屋からは海が見える。ただそれは、煙越しにだ。僕は二度か三度むせ、顔をしかめた。おじさんは巨大なスピーカーがあるにもかかわらず、ヘッドホンで音楽を聴いていた。この間聴いた人の声はヘッドホン超しに漏れている。

 僕はおじさんの肩を叩いた。おじさんは一度驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。僕の緊張はすぐに解かれた。

「よお。どうした?」

僕は呆れるしかなかった。

「あんたが呼んだんだろう」

言葉にはできなかったので精一杯表情にした。

「今日だったか。俺の仕事は日にちの感覚が薄れるからな」

「おじさんは何の仕事してるの?」

「翻訳家だよ」

僕はよくわからなかったが、おじさんもそんな話題に興味はないようだった。


 おじさんはヘッドホンを片付けながら、話題も一緒に切り替えた。

「ガンズは気に入ったか?」

「うん。格好良かったよ」

おじさんは嬉しそうだ。

「お前、ロック・スターって知ってるか?」

僕は呆けた。

「スーパー・スターだよ。それもアイドルみたいなものじゃない。俺たちみたいな行き場のない人間の心臓を掴んで、握りつぶしそうなやつらだ。そいつに掴まれたら、誰もが言うはずだ。『ロック・スターになりたい』ってな」

僕の語彙に「ロック・スター」という単語が増えた。おじさんは続ける。

「お前はもう掴まれてるんだよ。アクセル・ローズの歌声や、スラッシュのギターにな」

おじさんはそう言い切ったところで、ノッキン・ノン・ヘブンスドアを流した。


 曲を聴きながら、顔も知らないその人たちを思った。そして、どうすればロック・スターとかいうものになれるのか思案した。結局答えは出なかったけれど。


 曲が終わるころにはおじさんはいつもの笑顔だった。そして、一本のギターを巨大なスピーカーの裏から取り出した。

「ロック・スターへの一歩はな、こいつを抱くところからなんだ」

 おじさんは僕にギターを見せびらかした。少し自慢げだ。

「ギブソン・レスポール、チェリー・サンバーストだ。定番だな。理屈はいい。聞いてみろ」


 おじさんはスピーカーの横にある大きなスピーカーにコードを差し込んだ。黒いスピーカーで、金色の部品が綺麗だった。

「ヘブンスドア、弾いてやるよ」

おじさんのギターは、ガンズ・アンド・ローゼズを見事に再現していた。イントロの美しいフレーズの後に、おじさんはスイッチを足で踏んだ。ギターは急に凶暴な音になった。


そして、僕は憑かれた。

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