3.へっぽこ召喚士、もふもふに懐かれる



 リヒトに追い出されるように執務室を後にしたミアは、説教を食らったシュエルと共に、これから身を置くことになる獣舎へと足を運んでいた。


 道中、他の隊員達からの視線を感じながら歩くミアは、腕に力を込めると胸元から可愛らしい声が鳴る。



「いや〜まさか言う事を聞かない上に、懐かない魔獣をこんなに簡単に扱う召喚士様は初めて見たっすよ」


「私も何が何だかで……」



 ミアの腕の中にいるスノウベアは、ミアからは離れようとはせずベッタリだ。リヒトの執務室に置いてこようとしたが、泣き喚くような大きな鳴き声でミアの背中を追ってきたものだから、仕方なく同伴させることにした。


 可愛さのあまり、拒絶しようなどと考える暇もなかったというのが本音だが。


 お陰で蓄積された緊張感が緩和されて結果的には良かったとは思ってはいるものの、まだ状況を全て受け入れられてはいない。


 本来なら召喚した召喚士の元にいるはずの魔獣が、自身の腕の中にいるのだから無理もない。


 青々とした芝生の上を歩きながら、飾り気は一切ない石壁に囲まれた敷地内を見渡していると、横から顔を覗かれた。



「あ、遅れたけど俺はシュエル・クラシアって言います。まだ騎士見習いの身なんで、シュエルって普通に呼んでください」


「私は召喚士のミア・スカーレット。私のこともミアで大丈夫だし、畏まらなくて大丈夫だよ。よろしくね、シュエルくん」


「それは有難い。俺、そういう堅苦しいの苦手で」



 照れくさそうに笑いながら頭を掻くシュエルは人懐っこい笑顔を浮かべる姿は、尻尾を力強く振る犬のように思えた。


 首に巻かれた紺色のスカーフにあしらわれた、彼の髪色に似たサンストーンがキラリと輝いては、その笑顔を照らす。



「獣人の事を他人にバレたのは初めてで、少し動揺してたんだけど、ミアがいい人で良かった」


「その獣人については、まだ頭が追いついていないんだけどね……」


「まあ無理もないよ。配属初日で爆弾のようなものを、投げられたみたいなもんだし」



 サラッと言うシュエルに、君もその爆弾を投げた一人でもあるんだよ?と心の中で呟いた。


 何がともあれ、気軽に話すことができる人が出来たのだ。ミアにとっては有難い存在に、そんなことは言えない。



「そういえばシュエルくんも、月の魔力の影響で獣人になっちゃったの?」



 ユネスに説明されたことを復習するように、問いかけるとシュエルは苦笑いを浮かべた。



「俺の場合、懐古の月は特に関係ないんだ。ああやって時々獣人の姿になっては、解放感を味わう……そんな感じ?」


「何かに縛られるの?」


「まだ半人前だから、コントロールが上手くできなくってさ。このストールについてる魔石で何とかやってるんだけど、さっきは外してたから咄嗟に隠せなかったんだ」


「魔石?」


「そう。懐古の月の時でも力をコントロールしやすくする為のね。俺はストールに、団長はペンダントに、副団長はリングに付いてるよ。皆各々持ってて、お守りみたいな物かな」



 そう言ってちらりと見えた犬歯をストールで隠しながら、魔石を見せる。輝く魔石は、確かに普通の宝石とは違う輝きを秘めていた。


 

「団長のペンダントはこないだの戦闘で鎖が切れちゃったらしく、修理に出てたからコントロール出来ずに、ミアの前で獣人化しちゃったんかな?」


「あは、あはは……どうなんだろうねえ……」



 口が裂けても私が団長を召喚したなら……なんて言えない……言ったら殺されちゃう……。


 シュエルから目を逸らすようにして、ぎこちない笑みを浮かべて誤魔化すことしか出来ないミアは、どこかでリヒトが見張っていないか神経を尖らせた。


 ここにいる以上、口を滑らせた直後に背後から魔獣に丸呑みされても何らおかしくない。


 この手の話題は今後、自ら首を突っ込まないようにしようと再びシュエルに目を戻して、話題を変えつつ少し歩いていくと獣舎が見えてきた。


 天井が高い造りになっており、通気性がよさそうな多数の丸窓が太陽の光を反射させている。


 獣舎を前に、魔獣の気配すら感じられないこの場所に本当に魔獣がいるのか疑問でしかなかった。



「魔獣ってこんなに大人しいものなの?」


「いや、普通だったら、こんな大人しくはないんだけど……」



 ミアが指摘した異変にシュエルは困った表情を浮かべつつ、獣舎の中へと続く頑丈な扉を開けた。


 中へと入ると獣臭さは一切しなく、頑丈な檻の中に入っている魔獣達が息を潜めていた。


 スノウベアを床に下ろして一周ぐるりと見渡すと、檻の中の魔獣はどこもかしこも藁の敷き詰められた寝床に身を隠し、こちらを見つめる目はどこか怯えていた。



「魔力を持つ俺ら獣人に怯えて一向に懐かないんだ。魔獣騎士なら本来心を通わせる能力があるのに、ここにいる奴らは皆心を閉ざしちまってる」


「その原因って……」


「ここに来た召喚士が、魔獣を見捨てるように契約を無理やり破棄したのが原因だな。お陰で世話をするのにも一苦労だよ」



 やっぱりとミアは召喚士のバッチをきつく握りしめた。


 心を許して召喚を認めてやってきた魔獣達にとっての契約破棄とは、相棒となる召喚士に不必要だと突きつけられたようなもの。そして、契約破棄は互いの命にも直結するような危険極まりない行為を認めた相手にされ、恐怖を植え付けられたのだ。


 端から信頼関係を踏みにじられ、危うく殺されかた。おまけに自分達よりも強い獣人を前に本能的に怯え、傷ついた心を癒す余地すら与えられない。ミアはこんな過酷な状況下で、よく耐えたと労りたい気持ちでいっぱいになった。


 確かに魔獣を相手にするのは恐ろしい。


 仮に自分に懐かなかった場合、襲われる危険性も少なからずある。だが召喚士として己と契約を結ぶ以上、相手の心に寄り添い、例え言葉が通じなくとも共に歩む相棒相手に、そんな無下にするような行為は召喚士として失格だと、怒りが滲む。


 あれだけ魔獣を相手にする事に不安と恐怖で支配されていたミアだったが、いざ魔獣達を前にしてその気持ちはどこにもなかった。



「あっ、ミア!そんな迂闊に檻に近づいたら危ないよ!」



 身体は勝手に魔獣がいる檻の前へと動いていて、ミアをじっと見つめるブラックダイアモンドのような煌めきを秘めた瞳と目が合った。


 額に一本角を生やした一匹の兎――アルミラージが近づいてくるミアに威嚇するように角を向ける。


 気性が荒いアルミラージは、自分よりも大型の魔物に対しても攻撃を仕掛けてくる厄介な性格の持ち主。そんなアルミラージを前にしてもミアの恐怖心は何処にもなかった。


 檻の前でしゃがみ込み、瞳を離すことなく思いを口にする。



「怖い思いさせてごめんね」


「もきゅっ」


「えっ?」



 ミアの言葉に反応するかのように、寝床から飛び出してきたアルミラージは、角を向けて突進して来る。


 危険を察知したシュエルが檻から遠ざけようと、彼女の手を引こうとするが、アルミラージの俊敏な動きに間に合うわけもない。



「っ……!」



 シュエルの短い悲鳴が獣舎に微かに響き、その声に反応するように魔獣達が小さくざわめいた。緊張感の走った空間だったが、ミアの柔らかい弾んだ声が包み込む。



「もふもふ〜!!あなた、すっごく気持ちのいい毛並みしてるのね!それに立派な角!一日に一回は磨いて手入れしましょうね!」


「あれっ……?」



 シュエルの拍子抜けた声に振り返ったミアは、檻の中で気持ちよさそうに目を瞑るアルミラージの額を撫でていた。



「こんな可愛い顔して果敢に戦うんだから、すごいわよね。にしても、このもふもふ……癖になりそう!」

 


 ミアが額を撫でる度に垂れた耳を揺らし、檻に何度も身体を擦り付けては、彼女に撫でるのをお代わりとでも言っているかのように甘えている。


 見たこともない光景に唖然としているシュエルを他所に、他の檻の中にいる魔獣達も次々と瞳を輝かせてミアを求めていた。



「う、嘘だろ……?」


「何がどうなってるんだ?」


「あの召喚士、一体何者なんだよ……」


「今日配属された召喚士じゃないか?にしても、随分と幼いが」



 いつの間にか訓練を終えた騎士達が、ぞろぞろと集まっていた。普段と様子が違う獣舎を覗き込んでは、シュエルと同じように口をあんぐりと開けて、目の当たりにした光景に顔を硬直させる。


 お構い無しにミアは檻に入った魔獣達に一通り挨拶をするように、身体を撫でては味わったことの無い毛並みの感覚に頬を緩ませた。


 こんな子達と一緒にお仕事出来るなんて……!私、もしかしたらついてるのかも?!


 幼い頃から動物と戯れることが好きで堪らなかったミアにとっては、この獣舎が天国のように思えた。


 魔獣という未知の生き物に対しての恐怖心や、召喚士殺しの異名を持つこの職場に怖気付いていたが、今のミアの心は燃えていた。


 ――傷ついた心を癒して、とびきりのもふもふに仕上げてあげようと。



「皆、これからよろしくね!」



 気合い十分なミアの挨拶に、檻の中にいる魔獣達が一斉に喜びを顕にした。


 それを目の当たりにした騎士達は、新たな威嚇行動と勘違いしてそそくさと獣舎を去っていく。


 唯一シュエルだけが状況を飲み込んで、おかしな子がやって来た事に心を踊らせ、自然と笑みを零した。



「すごい子も居たもんだ……」



 彼が口に出した言葉はミアの耳には届くことなく、魔獣達の鳴き声に揉み消されて消える。


 檻の中を順番に周り終わったミアに、スノウベアが我慢し切れなくなったのか足に突進して来ては、彼女に撫でられるのを求めた。


 スノウベアを抱き上げて撫でれば、大人しくミアの腕の中で気持ちよさそうな表情を浮かべる。



「そう言えば、このスノウベアだけ檻の中に入ってないけど、何かあったの?」


「団長を前に怯えた結果、朝から巨大化して大暴れしててさ。騎士舎に来る途中、抉れてた所あっただろ?そいつがやったんだ」


「えっ?!あれ、この子がやったの?」


「スノウベアは体内に魔力を溜め込む能力があるから、その魔力で子供だろうが大きくなるんだ。檻に入れようにも、中々落ち着かなくて魔力抑制の首輪を付けようと思ったんだけど、やっぱり逃げ出して……」



 ミアとすれ違うように騎士舎から逃げていったのは、獣人である騎士達に怯えていたせいだったらしい。ミアにも十分その気持ちが理解できて、同情してしまう。


 リヒトを前に逆らったら命が助かる未来が見えないあの感覚は、魔獣の本能にもそう訴えかけるらしい。



「ここにいる魔獣もそうだけど、何れは魔獣騎士達のいい相棒になってくれればいいんだけど」


「心を閉ざしてるのをどうにかしなきゃだもんね……」


「ミアがいるなら、何となく大丈夫な気もするけど」


「そう、かな」



 これだけ警戒心を向けられることなく、懐かれていることにまだ気づいていないミアは、どこか心配そうな表情でスノウベアを見つめた。


 召喚士だって言うのに、まともに召喚出来た試しがないのにな。



「ふぎゅっ」



 表情を曇らせたミアに、スノウベアはくりくりとした瞳を開けてミアの頬を舐めた。擽ったくなって笑うと、落ち込んだ気持ちが解れるように消えていく。


 大丈夫、私だっていつか召喚できる日がやってくる。ここで誰かの役に立てるように日々働いていけば、いつかきっと……!


 励ましてくれたスノウベアをぎゅっと抱きしめて、視線をシュエルに動かした。やる気の満ちたミアの瞳に、彼は一つ頷いた。



「魔獣達にも受け入れて貰えたことだし、まずはここの騎士達に挨拶してくるか。その後、一通りの世話の説明をする。覚えることは山ほどあるから、ちゃんと着いてこいよミア!」


「はいっ!」



 気合いの入った返事に魔獣達は、これから始まるミアとの生活に胸を膨らませていた。

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