19 耳から離れない声

「――リタリット…… 

 リタリットなのか?! お前は……」

「そうだと思うなら、そうなんでしょぉ?」

「その口調…… その声…… ラグネイデと同じだ」

「はぁっ!? あの母様と一緒ぉ? 

 それってどんな褒め言葉ですかぁ?」

「こら、リタ」


 国王を睨みつけ、ぐい、と寄ろうとする彼女の襟をアスワドは掴んで引き戻す。


「何でだよスワド! 

 会ったらそのくらいのことしてもいいって、スワドが言ったじゃないか!」

「それでも、今回の交渉相手の一人だし、一応お前の父親だ。

 お前が覚えがあるなら特にな」

「けっ」


 彼女は肩を竦めた。

 かつての「リタリット王女」を知っている者はその態度にぽかん、と口を開けた。


「何、そんな目で見てるんだよ! 

 七年も男の格好であちこち回ってりゃこんなんにもなるさ!」

「まあ確かにな」


 ハリエットはそんなリタリットを腕を組んで見据えた。


「あの時の生き残り娘か」

「そうだよ。

 あんた等に殺されかけた一人だ。

 でもハリエットさん、あの馬鹿の異母兄貴を殺してくれてありがとさん。

 命じてた声は聞いた。

 聞こえてた。

 ホントに、彼奴の声は耳障りだった」

「お前の声もよく響くね、リタリット王女」


 ハリエットもまた、甘く低く声に熱を込めた。

 少しだけその端がかすれ、引きつる。


「国王殿下、ラグネイデ妃は、確か歌姫だっだと聞くが」


 アンネリアは記憶の引き出しから妾妃の件を取り上げる。


「そうだ。ラグネイデは、その頃のこの国一の歌姫だった。

 とは言え、至上の歌姫というには、あまりにも癖が強かったが」

「ああそうだ。

 母様の声はとてもいつも響いて、響きすぎて、耳からいつも離れなかった。

 あああやだやだ。あのひとの声は、どんな時でも、いつでも、あのひとの気持ちがそのまんま入って、入って、アタシ等は、兄様とアタシは、凄く疲れたもんだ」

「何…… だと?」


 国王は知らなかったと目を見開く。

 リタリットは大きく手を振りながら天井を振り仰いだ。


「母様は何かと言っては言葉を歌った。

 作られた訳でない旋律をいつも勝手に作っては、普通の女なら井戸端で声を潜めていう様なことも、アタシ等が居てもいつもいつも! 

 とっても響く、あの声で! そしてあの断末魔の声も!」


 はあ、と大きく息をつく。


「そう、あの声が耳から離れない。

 いつまで経っても、あたしの耳から離れないんだ。

 そしてぐるぐると別の声が聞こえてくる。アタシを殺した奴に復讐してくれ、と。

 そのためにやってきたって言うのに! あはは! 

 先にやられちまったんだから、こりゃ大笑い!」

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