3 十三の少女の恋人

「恋人」


 アンネリアは目を見開いた。

 さすがにそこでその単語が出てくるとは思わなかったのだ。


「十三の少女の恋人、か?」

「別に何と仰られても構いません。当時私が誰よりも愛し、気持ちと身体を通じ合わせた相手なのですから、恋人と言ってよろしいのでは?」

「確かに。十三とはいえ、それだけの思いと行動が伴っていいたならば、恋人と言ってよかろう。

 成る程、それ故に子供な其方にも、あれは欲情したというのだな」

「その辺りは私はあの男では無いので判りません」


 くくっ、とアンネリアは口の端を上げて笑った。

 だが一方のハリエットは、ただひたすらにその美しい顔を崩すことはなかった。

 そう、ハリエット・ランジアは美しかった。

 今は顔から先ほどの血は拭い去られているし、ドレスもひとまず代わりの地味なものを身につけている。

 だが血を浴びている時も、そうでない時もこの女は美しかった。

 全体的に小ぶりな顔、整った目鼻の配置、形の良い眉、きめ細やかな肌、伏し目がちになると美しい陰翳が自然にかかる瞼。

 栗色にすんなりと落ちる髪。

 伸ばした背中はしなやかな猫の様。

 ああそうだ。

 アンネリアは思う。

 気位の高い艶やかな毛並みの猫を思い出すのだ。

 だがその声は猫のそれではない。

 むしろ戦闘的な虎ではないか、と思わされた。


「ではその恋人――も同じ歳か?」

「さあ。同じくらいだったとは思いますが。

 私達の歳は判る者も判らない者もおりました。

 皆それぞれに国にやってきた事情がありました。

 彼は国の中でも、かつて負けた部族の生き残りだとかで、黒い髪黒い目、非常に素早い動きをする男でした。

 私達は同年代の中で腕を張り合う仲でもありました。

 それだけに、お互いに対し、いつの間にか敬意が芽生えたものです。

 訓練の間に友情が湧くことは往々にしてございます。

 ですが、友情ないしは愛情が長続きすることは少ないと言われております。

 何しろ私達はその職務が職務でした。

 いつまで自分が生きていられるか判らない中では、何の約束一つできませんでした。

 ではそこから逃げればいいのではないか、とあの王子からも言われたことがありましたが、想像力が貧困な王子は、私どもの住んでいた国を知らなかった訳です。

 広い国土であれ、生きていけるのはオアシスのみ。

 狭い世界です。

 逃げ出したら、すぐに追っ手がかかります。

 ですが逃げられたとしても、今度は自然に拒まれます。

 準備無しで砂漠を越えることはできません。

 私達は生きるためにそこにおりました。できるだけ長く生きるべく」

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