第18話 やまない雨と眠れない私

大粒の雨がトタン屋根を打つ。

ばらばらばらばら、一定のリズムで鳴り続ける音は心地よい安心感をもたらしてくれる。

時折、遠くの方で轟く雷鳴は、近いならそれはそれで怖いが、遠ければ遠いほど心穏やかな福音のように聞こえた。


降り込められる、という言葉が好きだ。

どこにも行けない様子が、どこにも行かなくてよい印象を与えてくれる。

「不安とは自由の目眩である」と、かのキルケゴール先生は言った。

眠れない夜、どこにも行かなくてよいと教えてくれる雨は、どこに行ってもよいという自由がない代わりに、どこかに行かなければならないという不安がなかった。しかし眠ることはできなかった。


本来、命とは眠りについた状態に始まり眠った状態で終わるものだろう。胎内に芽生えた命の欠片は、産道を通ってこの世に生まれ落ちた瞬間から目を開く。

この世の崖っぷちにしがみついていた命の欠片が、いよいよ零れ落ちるというときその目はそっと閉じられる。

ならば、覚醒している時間こそが生の眩さであり、命そのものなのだろう。

それは雨と似ている。

しかし、私は眠れない。


部屋の気温がよくないのだろうか。枕元で薄く光る温度計がくっついたデジタル時計を見遣る。26度。悪くはない。

ならば寝具がよくないのだろうか。頭を少し持ち上げ、枕の位置を調整する。なかなかしっくりこなかったが、ここだと思う位置を見つけた。しかし眠気は訪れない。


雨は間断なく降っている。

テレビのノイズにも似た、番組が終了した後のラジオのような、どこか懐かしい音が聞こえる。

私は雨の匂いが好きだ。

友達は嫌いだという。

雨はまだ降っている。


雨はどこからやってきたのだろう。

脳裏には灼熱の乾いた土地が浮かんだ。なぜだかわからないが土は赤い。行ったことはない。陽気な日光に照らされ蒸発した水分が、ゆらゆらと空へと立ち昇っていく。眼下にだんだんと小さくなっていく街並みを捉えながら、近づくほどに日差しが強く照りつける。やがて冷やされ粒となった一向が、風に運ばれこの街まで流れてくる。

雨はやまないし、私は眠れない。


最後に熟睡できたのはいつだろう。

子どもの頃は際限なく眠ることができたのに、そのおかげで身長はかなり伸びた。でも眠れなくなったら身長も縮んでいくのだろうか。棺桶に入れられた祖父が、生前よりずっと小さく見えたのは気のせいではなかったのかもしれない。

そういえば私は仰向けに眠ることができない。

必ず左右のどちらかを向いていないと気が済まない。なんだか肺が潰されそうな気がするのだ。

ああ、どの体勢ならいいんだろう。雨は気にせずともやがてきまった場所へと流れていくからいいけれど、人間は姿勢一つ取ったって自分で決めなければならないなんて不自由な存在だ。

雨は強く降っている。


目を開いてみる。メガネをしていないからよく見えない。

カーテンの隙間から外の光が溢れる。雨の降る街の中を車やバイクが走っていく。あの人たちはどこへ行くのだろうか、私が眠れないすぐ側で雨なんて気にも留めずに進んでいく。こっちが停滞していても、あっちがどんどん進んでいく。

雨もどんどん降っている。



雨の音が次第に小さくなってきた。

それにつられるかのように、眠気が脳の奥深くから甘く染み出してきた。

小さく小さく聞こえる雨音と、心地よい眠気が全身を軽く麻痺させる。

なぜだか瞼の裏にジャングルが広がる。葉の隙間から差し込む太陽光線が地面にまだらな模様を描く。そんな道なき道を私はのしのしと歩いている。

手当たり次第に花の匂いを嗅ぎながら、ゆっくりと飛び交う蝶を追いかけながら、私は歩く行為を楽しんでいる。ぶらぶら歩いていくと雨が降ってきた。次第に勢いを増す雨に打たれながら、私は歌を歌った。命を賛歌した。

なんと素晴らしい気分だろう、なんと自由で晴れがましい気分だろう。私はどこまでだって歩ける。


その瞬間、近くに雷が落ちた。それによって引き戻された私の中には、先までのジャングルも蝶も、そして眠気もなかった。

ただ雨だけは、変わらずに降り続いている。

私はやっぱり眠れない。

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