第14話 明日を生きる男


「見ろよ、最新型だぜ」


「今までよりずっとかっこいいな」


「早さもすげえんだぜ」


「いいよなあ、でも見ろよ。全然手が届きそうもねえや」


「だよなあ、所詮俺たちみたいな庶民は旧型でやるしかねんだよな」


「嫌な社会になっちまったもんだぜ」


「全くだ」



男たちは雨がしょぼしょぼ降る中、ショーウィンドウを覗き込みながら話した。大きなガラス一枚挟んだすぐ向こう側には最新型のマシンが煌びやかに並べられており、目を疑うような値札がつけられていた。



安楽死が合法化されてから10年は経過しただろうか。


当時政府は高齢化が進む社会の今後を憂い、多くの反対を押し切って積極的安楽死合法化の法案を可決した。時を同じくして数カ国でも合法化されたことを鑑みると、時代の潮目だったといえるだろう。


人間が生きる上で生じる様々な問題を、「多様性」の一言において全て「問題なし」とした時代を経て、安楽死は個人が選択できる「最上の自由」として広く社会に、そして世界に定着していった。



改めて「多様性」について考えるのであれば、3つの段階に分けて考えることができるだろう。


まずはステップ1「多様性黎明期」

人々はそれまで当たり前だと考えられていたことが、実は当たり前ではないのではないかと疑いを持つようになった。

生まれた時から「男」と言われてきたが、「男」とはなんだ。

気がつけば「女」を好きになった話をみんなはしているが、なぜ「女」なんだ。

どうして、なぜ、どうすれば、、、

まさしく社会的生物として生きていくための基盤が揺らぎ始めた頃、これが「多様性黎明期」と考えられている。

思えば、この頃はまだよかった。



次にステップ2「多様性強制期」

価値観の旧い人間はアップデートされて然るべきと考えられた時代。当たり前を疑わない人々たちはもはや頭の固い遺物であり、「多様性」の主義主張を全くもって理解しようともしない異端児として扱われるようになった。

この時に割を食った業界だってある。

どうしてモデルは細くて綺麗でないといけないのか、もっと違う体型を使うことが「多様性」を認め合う高度な社会ではないのか。その一言で広告は一変した。

あのキャラクターは今まで、なんの疑いもなく白人として描かれてきたが黒人にさせないのは「多様性」の観点から見てナンセンスであり、時代錯誤の差別主義

か、などと糾弾され多くの作品がリメイクを余儀なくされた。

この段階であればまだ引き返すことが可能だったはずだ。



最後にステップ3「多様性崩壊期」

人々は気づいていなかった。多様性を主張するには基準となる一様が必要であることを失念していたのだ。いや、この頃には「基準」という言葉すら使用を阻まれていたのだから、既に手遅れだったのだろう。

手っ取り早く言えば一線を超えた、のである。(もちろん一線が何かはわからない)

人々は同じ種族としての共通の物差しを失ってしまい、各々が各々の道を歩き始めたのだ。もちろん歓迎されるべきはずのことであったが、かつて先人はこのような言葉を残した。

「不安とは、自由の目眩である」と。

世界は目眩を起こした人間で溢れかえった。

皆、どうして良いかわからなくなったのだ。

なぜ「なぜなのか」考える必要があるのか?

どうして「どうしてか」思う必要があるのか?

あれが良くてこれも良い、ならなんだって良い。

なんだって良いのなら自分が考えなくたって良い。

考えても良い。

だが、めんどくさいではないか。

どうせ、考えたところで同じこと。

どんな考えだって「多様性」という御名の下、全てが「正当化」されるのだから......



このような経緯で人々が安楽死を選択することはごく自然のことと思われた。


「嫌なら死ねば良い」


そう公言する政治家も現れたが、多様な価値観の一つなのだ。否定されるべきことではない、むしろ歓迎されるべきことだ。なんてったって「多様性」社会なのだから。






1:タイヨウ【死んでいい人間なんているのか?】

一言。ネット掲示板に投稿された。


2:ナナシ【そう思う人もいていいよね】

3:ナナシ【最初は俺もそう思ってたけど、やっぱり時代だよな】

4:ナナシ【まだそんなこと言う奴いるんだね】



1:タイヨウ【本当にそれでいいのか?】



2:ナナシ【所詮綺麗事だよ】

5:ナナシ【偽善者め】

3:ナナシ【逆張りの意見で目立とうとしてんじゃねえよ】

6:ナナシ【はーい】



1:タイヨウ【安楽死と殺人は何が違う?】



2:ナナシ【逝ってヨシ】

7:ナナシ【一回試してみたけど全然苦しくなかった!】

4:ナナシ【早く成仏しろ】

8:ナナシ【旧時代の人間が混ざっていますね】

2:ナナシ【新旧の分離こそ多様性の真逆をいく貧しい考えだね】




1:タイヨウ【おれたちはなんのために生まれた?】




6:ナナシ【やだこの人暑苦しいんですけど】

9:ナナシ【嫌いな学校の先公を思い出しました】

3:ナナシ【意味なんてねーよ】

5:ナナシ【そうそうただ生まれたから生きてるだけ】

2:ナナシ【嫌になったら死ねばいいしな】




1:タイヨウ【おれはいやだ。生きたい】




9:ナナシ【勝手にしろ】

8:ナナシ【みんなが反応するから調子乗ってんじゃん】

2:ナナシ【無視しろ】




1:タイヨウ【お前たちにも死んでほしくない】




7:ナナシ【は?うざいんだが】

2:ナナシ【無視しろ】

2:ナナシ【無視しろ】

2:ナナシ【無視しろ】

2:ナナシ【無視しろ】

5:ナナシ【連投もまた多様性なり】




1:タイヨウ【おもいだせ、明日は逃げずにやって来る。いつも逃げるのは人間たちだ。あまつさえ与えられた恵みの命すら顧みないとは。呆れて空いた口もふさがらない。だが許そう、俺はタイヨウなのだから。また明日も昇る。明後日も昇る。そしてその次の日も。朝、顔を合わすたびに祝福しよう。君と今日も会えたことを。そして喜ぼう。天空にはたった一つのタイヨウが浮かんでいることを!】

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