第3話 蕾をつける植物
朝顔は朝に咲く。
夕顔は夕方に咲く。
朝顔は隣で眠る夕顔に勇気を出して話しかけてみた。
「ねえねえ、君は何色の花をつけるの」
夕顔は眠そうに答えた。
「私は白い花を咲かせるつもりよ」
朝顔は嬉しそうに言った。
「そうか、僕は青になりたいんだ」
夕顔は興味なさそうに答えた。
「そう」
朝顔は続けて話す。
「君は、きっと綺麗な花を咲かせるだろうね」
夕顔は少しいい気分になりながら、
「あなたの青色も、きっと綺麗な色をしているわ」
朝顔は少し間を置いてから答えた。
「お互い綺麗な花を咲かそうね」
しばらくすると雨が降り出し、2本の植物は嬉しそうに揺れた。
また時間が経つと、強い風が吹き始めた。2本の植物は互いにぶつかり合いながらも、必死に抵抗した。
さらに時間が経つと、容赦のない日差しが2本の植物を襲った。それぞれ少ない水を分け合いながら、以前の雨を懐かしんだ。
あるときは蜂がすぐ近くまで飛んできた。ごめんなさい、まだ僕たちは蕾なんだと伝えると、蜂は名残惜しそうに別の場所へと飛んでいった。
ある日の朝は、季節外れに涼しかった。2本の植物にとっては寒いくらいだった。辛くて仕方がなかったけれど、互いの約束を思い出すことでなんとか日の出を迎えることができた。
少しずつ背を伸ばし、蕾を膨らませてきた2本の植物。二人は新たな約束を交わしていた。
「私たちもそろそろ花を咲かせる頃ね」
夕顔は少し感慨深そうに言った。
「そのようだね、僕なんかいつ咲いてもおかしくないような気がするよ」
少しだけ大人びた様子の朝顔は、確かに大きく膨らんだ蕾を揺らしながら答えた。
「あなたは青色、私は白色」
「そうだ、君は白色、僕は青色」
「どっちの方が綺麗かしらね」
「さあ、君かもしれないね」
「あなたかもしれないわ」
「僕は実は、白色が好きなんだ」
「あら、私も実は青色が好きなのよ」
「そうだったんだ、僕たちは似たもの同士だね」
「そのようね」
「だったらこうしよう」朝顔は嬉しそうに提案した。
「この間飛んできた蜂がいたじゃないか、あの蜂にどっちの花の方が綺麗な色をしているか決めてもらおう」
「そうね、それがいいわ」夕顔もまた、満足そうに揺れた。
果たして、その日がきた。
朝日が遠くの野原の、そのまた向こうから顔を出したとき、朝顔には魔法がかかったかのように蕾が動き出した。固く閉じていた花弁が、陽の光りによって解きほぐされ、見えない指で一枚一枚丁寧にめくるかのように開いていく。
陽が昇るスピードと同じくらい、ときには素早く、ときには焦ったく、朝顔は待ちに待った瞬間まで突き進む。
そして、開いた。
しっかりと首をもたげ、朝顔は綺麗な青色をした花を咲かせた。ついに触れた、朝の空気に少し震えながら、朝顔は花いっぱいに世界を感じた。大気中の水分、陽の光に乗って届けられる温もり、地中から根を使って伝わる大地の振動。どれもこれも、今までとは比にならないくらい鋭敏に感じ取ることができた。そして、またその優れた感知力で拾ってしまった情報もあった。
朝顔は必死で夕顔の方を見ないようにしていた。見せ合うことを約束していた、その綺麗な青色の花を夕顔とは反対の方向へと向け、生まれた感動に震えながらも、その背後に待ち構えた事実に怯え震えた。
そこに一匹の蜂が飛んできた。
「やあ、ようやく花が咲いたんだね。少しだけでいいから蜜を分けておくれ」
「構わないとも」
「ありがとう、どうしたせっかく咲いたのに元気がないじゃないか」
「僕は朝顔だからね、咲いたら最後、短いんだ」
「ああ、そういえば隣に夕顔もいたんじゃないか」
「彼女は夕顔だからね、もう少ししたら起きてくるんだ」朝顔の声は震えた。
その震えをくすぐったく感じた蜂は、朝顔から顔を離し夕顔の方を見遣る。
「ああそうか」一言呟いた蜂は、再び朝顔から蜜を回収し始めた。
「何かあったかい」朝顔は尋ねたくないと思いながらも、尋ねずにはいられなかった。
「いいや、何もなかったよ」蜂は答えた。
「実は夕顔と勝負していたんだ。どっちの花の方が綺麗かってね。もしかしたら、夕顔の花を君は見たりしたかい」
「ああ」蜂は短く答えた。続けて言う。
「とても綺麗な白色だったさ。そして言っていたよ、君にも見せたかったって」
「そうかい、僕も言ってやりたいよ。君に見せたかった」
蜂は雨が降ってきたかと思った。それは朝顔から垂れる雫だった。
「君たちはどちらも綺麗だったさ」蜂は本心からそう思えた。
「ありがとう」
「さようなら」
蜂が飛び去って、しばらくすると朝顔の花弁から水分が抜け始めた。
やがて花弁がはらりと落ちると、その先にはくすんだ白い花弁が一枚横たわっていた。やっぱり、君は綺麗だったね。朝顔は最後にそう思った。
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