一人五役魔法少女

いかずち

はじまり

「魔法少女!?」

 突然話し始めたアイドルアニメのフィギュアから聞かされた話を聞いて、わたしはそう叫ばざるをえなかった。


 なにしろ、この現代日本では、――アニメの中の話ではあるが――魔法少女という単語にろくなイメージがない。

 ひとつの願いを叶えたために魂を宝石に閉じ込められ魔女との戦いを強いられたり、天の神が送りつけてきた魔物と戦うために必殺技を使ったら身体に欠損が発生するような重い代償を払うことになったり――最近の流行では、魔法少女はそんなのばかりだ。


 なんで好き好んでわたしもそんなものの仲間入りをせねばならないのだ、叫びの中に込められた気持ちは、そのようなものと考えていただいて差し支えない。


「だめ……かな?」

 とても美しい亜麻色の髪を持った美少女フィギュア(これがほんっとうに可愛くて、アルバイトで稼いだお金を投げうって買ってしまったのだ)が上目遣いで訊いてくる。

 なんなら声もキャラクター通りだ。

 古来からのオタクとして、これに対する感想はひとつしかありえない。萌え。

 そして、萌えは人を惑わす。


 わたしは数秒前の気持ちを忘れて「いいよ」と答えていた。


「やった~!」

 そういって喜ぶフィギュアの顔を見て、わたしもたいへんに満足する。顔がいい。

「それなら、あと4人、魔法少女の候補の友達を紹介してよ」

 フィギュアの次の要求を訊いて、わたしは絶望した。


 友達が、いないのだ。


--


「ふわぁ」

 魔法少女になるのを承諾した日の朝、まだそんなことになるとは思っていなかったわたし、白凪しらなぎほとりは、あくびをしながら高校に向かって坂を上っていた。


「やっぱ27時からのアニメのリアタイは体に来るなあ……」

 毎週木曜日は、見たい深夜アニメの放映時間が遅く、必然的に寝不足になってしまう。

 べつにあとでサブスクで見たっていいのだけれど、Twitterで感想を共有しながらリアタイ視聴する体験が心地よくて、ついついそちらを選んでしまうのだ。

 フォローもフォロワーもゼロなのでハッシュタグ検索を見ながらなんとなく共有している気になっているだけだけど……。

 寝不足は、学校で寝ればいいだけの問題だ。


 学校に入り、革靴を上靴に履き替え、自分のクラスに行く。

 扉をがらっと開けたときに、すでに到着していたクラスメイトが何人かこちらを見たが、ああ白凪かという感じですぐに各位の会話に戻った。

 一部の男子たちからゆうべリアタイしたアニメの話題が聞こえた気がしたが、気にしないことにして席に向かう。

 似たようなアニメを見ているからといって絡んだり、あまつさえ媚びて姫のような扱いを受ける必要はない。

 ザ・いつもどおりの光景だ。


 わたしの席は窓際最後尾。

 アニメの主人公とかだいたいこのへんだよねと思ってここにしたのだが、窓の方角がいいのか日当たりがよくて寝やすいという利点もあった。


 それじゃ、おやすみ~。



 ……。

「おーい白凪、たまには起きて問題解いてくれよ」

 男性教師の声がして起こされた。ええと、今何時間目で、何の授業?

「物理だ、これ解いてくれ」

 ああ、物理か……。声を出していないのに、教師の顔と教科が一致していないのを見透かされている。前にもこんなことがあった気がするし、この物理教師が一番わたしの扱い方をわかっているのだろう。


 黒板に近づいてみると、どこかの入試問題だと思われる難しめの状況設定が書かれていた。

「力学ねえ」

 ばねとか糸とか坂道とか円形のへこみが組み合わされており、確かにとっつきにくさがあるが、ひとつひとつ丁寧にほぐして考えれば基礎的な問題に帰着する。

 するするっと回答を書いて席に戻った。


「やはりさすがだな、白凪。いくつか質問してもいいか?」

 その後、物理教師にディスカッションを求められた。

 座って授業を聞くだけというのは退屈なのでだいたい寝ているが、こうやってディスカッションの形になると多少は楽しく参加できた。



 解いた問題の解説をしているとチャイムが鳴り、昼休みが始まった。どうやら1時間目から3時間目まではずっと寝ていたらしい。

 弁当などは作っていないのでランチを調達する必要があるが、もちろん食堂などには行かない。


 購買でサンドイッチなどを購入し、旧校舎の階段を上っていく。

 屋上への扉がある一番上の踊り場、ここがわたしのランチポジションである。

 ほんとうは屋上がよかったんだけど、安全意識が高いこの高校では屋上は閉鎖されているのだ。というか、屋上に出れる高校、現実世界にあるのか?


 生徒はおろか教師すら、こんなところに来る人はいない。

 それをいいことに、絨毯やクッション、ちゃぶ台などを持ち込んでいるので、さながら自宅のようだ。


 オタクたるもの新規発掘作業は義務である。知らない作品がアニメ化してしまうことほど、敗北感を感じる瞬間はないのだ。

 なので、普段は昼飯を食べながらマンガやライトノベルを読むことにしている。


 今日はぼっちな主人公がバンドをする四コママンガだ。

 シンパシーを感じるところもあるが、なんだかんだ周囲のバンドメンバーとそこそこ仲良くしてバンドを成立させているのは納得がいかない。

 なんなら、ギターヒーローとしての実力をもっと生かしてほかのメンバーをついていけなくし、最終的にはぼっちに舞い戻ってほしい。


 そんなこんなで午後の授業が始まる時間になったので、教室に戻ることにしよう。

 特にこの学校で権力を持っているわけではないので、授業を欠席するのは普通にまずい。



 午後の授業は完全に寝ていただけで終了し、帰宅の途につく。もちろん、部活などに入っているわけはない。

 寄り道せずに直帰である。きょうはバイトがない日だが、あったとしても在宅勤務なので同じことだ。


 自宅の鍵を開け、部屋に入る。ひとり暮らしの部屋は、アニメやマンガ、イラストレーターのグッズで埋まっている。

 両親はどこでどうしているのかよくわからない。口座に毎月それなりの金が入ってくるので、まあ生きてはいるのだろう。


 いつものようにインターネットを巡回していたところ、突然背後から激しい光が発せられた。

「フラッシュバン!?」

 そんなものが部屋にないことはわかっているが、なんとなく言ってみた。


 とにかく異常事態だ。振り返って確認すると、フィギュアを飾る棚が、――正確にはその中にいるアイドルアニメのフィギュアが発光していた。

 取り出してみる。

 すると発光は収まり、フィギュアはしゃべり出した。


「あー あ゛ー えー うー あーめーんーぼーあーかーいーなーあーいーうーえーおー」

 発声練習だった。しかもどんどん声質が変わっていくのでとても不気味だ。

「あーあーあー あーあーあー これでいいかな?」

 最終的にはちゃんとフィギュアのキャラの声になった。すごい。


「ほとりちゃん!」

 フィギュアが自分の名前を、しかもキャラの声で呼んでくれた。理屈はわからないが感動的だ。それに、ファンタジー作品の始まりみたいで、とてもわくわくする。

「は、はい!!!」

 感動が声に出て、うわずってしまった。


「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

「それは違うよね!!! キャラが!!!」

「あれ、違ったっけ……」


 声は完璧に似せられても、中の人は別のようだった。

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