カードの契約
一見するとやはり見た目はドラゴンの特徴と一致しているが、液体で構成されている全身は、スライム種特有の水面のような透明感のある光沢がある。
それと近づいて気づいたことだが、魔物の身体の中心には握り拳程度の大きさをした青い核のようなもの確認できた。
核には所々ひびが入っていて、あと少しでも衝撃が加われば容易く砕け散りそうだった。
体内に核があるのはスライムに共通する特徴であり、同時に一番の弱点でもある。
これがなければ液体でできた身体を維持することができないからだ。
目立った外傷がないのにも関わらず魔物が衰弱しているのは、核に深刻なダメージが入っているからだと考えれば納得がいく。
ということは、こいつはスライム……なのか?
いやでも、鱗や爪といった細かな形状まで擬態で完璧に再現できるとは少し考えにくい。
そうなるとスライムの生態的特徴を持ったドラゴン――というのが正しいのかもしれない。
スライムのドラゴン……とりあえず水竜とでも呼んでおくことにするか。
なんてつらつらと考えながら水竜を観察していると、ふと視線が合った。
蒼玉のような瞳からは敵意を感じないが、かといって無警戒な訳でもない。
ただ間もなく訪れる自身の死を悟っているのか、どうするも好きにすればいい、と諦観しているようにも見えた。
「……別に何もしねえよ。ただの俺の自己満足だ」
そう、ただの自己満足。
今までいた居場所を追い出されてしまったからか、こうして誰にも知られずに独りで朽ちていくこいつに同情の念を抱いただけだ。
今の俺に人のことを心配できる余裕なんてどこにもないのにな。
我ながら独りよがりな考えだということは自覚している。
魔物に寂しいとかそういう感情があるとは限らないし、あったとしても迷惑がられているかもしれない。
だとしても、最期くらい寄り添ってやるくらいはいいんじゃないかと、そう思いたい自分がいた。
俺は水竜を横目にしながら「
すると淡い光と共に掌に収まる程度のカードが手元に出現した。
これが俺に与えられたスキル――【カード召喚】だ。
裏面が黒い背景色の上に金色で紋章のようなものが描かれているこのカードは、いつでも自在に呼び出すことができるが、呼び出せるだけでそれ以上のことは何も起きない。
認めたくはないのだが、本当にカードを呼ぶだけのスキルとなっている。
「もしこいつに何かしらの……いや、俺に力があったのなら、お前を助けることができたのかな」
水竜にカードを向けて、問いかけるように俺はそう小さく呟いてみる。
言葉にしたところで何かが変わるわけでもないが、どうにかしてやりたいという意思は伝えたかった。
魔物を――それもよりにもよってドラゴンかもしれないやつを助けたいなんてどうかしている。
でも、こいつは今まで出会ってきた魔物とは何かが違う気がしたんだ。
「……けど、俺には無理だから。せめて最期まで一緒にいさせてくれ」
その時だった。
さっきまでずっと黙っていた水竜がきゅう、と小さく鳴いてみせると、突如としてある一つの単語が脳裏を過った。
「なんだ、これ……!?」
途端に、俺と水竜の間に糸のようなもので繋がるイメージが生まれる。
今にも途切れそうな細い糸だが、頭の中にある単語を口にすることで、強固なものになる確信があった。
だけど、代償として糸は見えない鎖となって水竜を縛り付けることになる。
間違いなくこの心象は、水竜にも伝わっているはずだ。
「いいのか?」
半分混乱しながらも念押しに水竜に問いかけると、返ってきたのは微かな頷きだった。
「……分かった」
数瞬の躊躇いの後、俺はカードを水竜の頭の上に翳してから、その言葉を声に出した。
「――
刹那、水竜が淡い光に包まれ、粒子となってカードに収束し始めた。
粒子がカードに吸い寄せられていくにつれ、だんだんとカードを介して身体の奥底から力が漲っていくのを感じる。
併せて、さっきと同様にして何種類かの単語が、新たに脳裏に浮かび上がる。
そして、全ての粒子がカードに収束すると、今まで白紙だった面が水竜を象ったようなイラストに変化していた。
なんだ……何が起きた?
目の前で起きた不可解な現象に俺は戸惑いを隠せなかった。
「水竜がカードになったのか……? ……いいや、カードの中に入り込んだんだ。だとしたら、さっきから溢れてくるこの力は水竜の魔力か。でもなんで……まさか、スキルによるものなのか……!?」
理解が追いつかず、混乱しそうになる。
落ち着いて一つ一つ整理していこう。
まず水竜がカードになったのは、俺が
どのような効果なのかは、発動者である俺自身も把握できていないが、一方的にカードに取り込む力ではないのは確かだ。
俺が水竜を助けたいと願うのと同様に、水竜も俺に同調するような意志があったからだ。
恐らくだが契約が発生するには、契約される側の同意が必要になる。
そうでなければ、もうとっくにこの力に気がついているはずだ。
互いに歩み寄る意志を示すことでようやく契約は効力を発揮すると考えていいだろう。
それと契約によって水竜はカードと化したが、決して死んでしまった訳ではない。
カードの中でちゃんと生きている。
――それも消えかけていたはずの魔力が復活するというおまけ付きで。
カードから俺の中に大量の魔力が流れ込んできているのがその証拠だ。
これも契約の効果なのかは分からないが、カード化したことによって水竜は一命を取り留めたようだ。
そして更に、契約による副産物はまだあった。
「
水竜の魔力を強く意識しながら追加でカードを何枚か召喚してみる。
手元に出現したカードには水竜を起源とした力が込められており、それぞれに雨、渦潮、激流……といったような水をモチーフとした絵が描かれていた。
契約からの流れを振り返り、俺は自身のスキルに関して、一つの事実に気づいた。
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