初めての女《ひと》

青山 忠義

第1話 ママ活

 ママ活。

 どこからか聞こえてきたその言葉に僕は耳をそば立てた。

「そういうのはやばいんじゃないのか」

「まあ、やばいこともあるようだけど。俺は大丈夫だったぜ」

「Hとかするのか」

 声の主は大教室の中で女子もいるのに、まったく気にするふうもなくそんなことを聞いている。

「する奴もいるみたいだけど、俺はしてないな」

「じゃあ、何をしてるんだよ」

「一緒に飯食ったり、お茶を飲んだりしておばさんの愚痴を聞いてやるぐらいかな」

「それで金もらえるの?」

「そうだよ。飯代もお茶代も出してくれて、小遣いもくれた。相手はすごい太ったおばさんだぜ。Hなんかする気にもならないよ」

「俺もやってみようか。バイトより楽そうだし」

「登録してみろよ。けっこういい小遣い稼ぎにはなるぜ」

 僕はその知らない男の声が言っているサイト名を記憶した。


 ママ活そのものに興味があるわけではない。興味があるのはお金だ。

 僕の家は母子家庭だった。

 父さんは僕が中学生のときに長い入院生活を送っためのちに亡くなった。入院費や生活費を稼ぐために母さんはいくつものパートをかけもちで働いていた。

 だが、高校中退で学歴のない女である母さんがいくら働いても給料などたかがしれている。

 生活は苦しかった。

 家賃の滞納をたびたび繰り返し、電気やガスを止められたことも何度かあった。食べるものがなくて水だけで1日過ごしたこともあった。

 高校のときは、学校の許可をもらってアルバイトをしていた。だが、高校生の稼ぎなどたかがしれている。

 僕はそんな暮らしの中、大学なんてとてもいけないと思い、高校を卒業したら働こうと思っていた。

 しかし、母さんは反対した。

 学歴がなかったら、正社員になることなどできない。自分がこんなに安い給料で働かないといけないのも学歴がないからだ。大学だけは絶対にいけと言って、さらに仕事を増やし、自分は食べるものも食べずに入学金を貯めてくれた。

 そのおかげで一流とは言えないが、僕はなんとか大学に入ることができた。

 でも、入学してしばらく経つと、母さんは過労からくる心筋梗塞で亡くなった。


 僕は一人で生きていかなくてはならない。

 学費は奨学金をもらっているのでなんとかなる。

 だが、生きているだけでお金がかかる。バイトはやっているが家賃に光熱費、食費、健康保険料。それにスマホ代。今はスマホがなければ大学生活を送ることなどできない。

 バイトだけするなら、なんとかなるかもしれない。だが、授業に出なければいけないし、単位を取るために勉強もしなければならない。バイトばかりしているわけにはいかない。

 はっきり言って生活は苦しい。このまま大学を無事に卒業できるかどうかも分からない。

 そんなときにママ活の話が聞こえてきた。

 相手はどうせ主婦だろうから会うとしたら昼間だろう。ご飯やお茶を飲むぐらいなら、そんなに時間がかからない。バイトは夕方からだ。これまで授業はほとんど毎日出ている。1回や2回欠席しても単位には影響ない。

 一食分浮いて、その上お小遣いまでもらえるならいうことはない。


 サイトに登録することにした。

 僕はイケメンではない。中学、高校とモテた記憶はまったくなかった。それどころか男女問わず喋ったという記憶がほとんどない。僕は空気のような存在だった。

 いじめられたという記憶はないが、ひょっとしたら無視といういじめにあっていたのかもしれない。だが、その当時は生きていくことに必死でそんなことを感じる余裕はなかった。

 そんな僕だが身長だけは唯一自慢できるものだった。身長190センチ。体はガリガリだが。

 身長のおかげかなんとかアプリ内のメッセージに数件の書き込みがあった。

 お互いの条件をやり取りして一人の女性と会う約束をすることができた。

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