第49話

 落ち込んでいたが瑛斗の立ち直りは早い。

 項垂れていた彼は顔を上げて立ち上がる。

 その不気味な行動に恵のほうが狼狽えるほどだ。


「あの、どうしたんですか?」


 そして、彼は恵の隣に片膝をつき右手を差し出す。


「恵さん、もし、後夜祭に参加することができるなら私が願えば踊っていただけますか?」


 彼はまさに王子のようなふるまいだ。

 悪魔の血なのに真逆に見える彼に恵は苦笑をする。

 そして、彼女は別に夢見る女性ではない。


「遠慮しておきます。」


 恵は即座に手を前に出し完全拒絶のポーズをとる。

 それに驚いた顔をする瑛斗は立ち直ったばかりだからか、ダメージが大きかったようで、彼は両膝両手をついてしまう。


「ええ、そこまでですか?というか、なんでそんなに踊りたいんですか?まさかと思いますけど、あのジンクスを信じているとか?」


 恵は冗談まじりで言ったはずが瑛斗は真剣なまなざしを向けてくる。それだけで、彼女は自分の言葉が冗談ではないことを知り、頭を抱える。


「落ち着いて、桜井さん。あれはカップル限定の話なのだから、私と踊っても効果はほぼ0です。それよりはあなたとそういう関係になりたい人の中からあなたの好みに合う人と踊った方が可能性がグンと上がります。」


 焦燥感にかられながらも慌てた彼女は自分で何を言っているのかわからない。相手に対して失礼極まりない言葉を発しているが、そんなことを今の彼女は気にしていられない。何しろ、瑛斗の目には今までは見え隠れていたが今回ははっきりと炎が見えてしまう。たまに見るカップルなり立てだろう男女が灯すものに類似ているので、恵は怯えているのだ。


「うん、そうしましょう。それに私リズム感がないので踊れもしませんし、私と組んだらあなたの足は間違いなく骨折します。それに私と踊ったらそれを見た周囲からのあなたの評価は地の底に沈みます。やめましょう、やめましょう。」


 恵は自分と踊ることのデメリットをあげる。とりあえず、自分を落として相手にいかにリスクが大きいと思ってもらうかを熱弁する。

 一通り黙って聞いた瑛斗は恵のそれが終わった後にニッコリと嗤う。


「それだけですか?」

「え?あ、はい。」


 瑛斗の確認に恵はいつもと変わらない態度に戸惑いつつも頷く。

 そして、彼は立ち上がり椅子に座って恵と向かい合う。その間の静寂がさらに恵の不安を煽る。


「そんなことは断る理由として納得できませんので、あなたからの拒否は却下します。」

「ええ!?なんで?」


 瑛斗の拒否返しに恵は立ち上がって驚愕の表情を浮かべる。


「あなたの理由はすべて外的要因ばかりで、あなた自身の気持ち、つまり内的要因は一切含まれていないからです。」

「・・・・確かに、そうだけど。」


 瑛斗の指摘が的確であり、恵は自分の発言を思い出して納得させられる。彼女はそれなら、と口を開く。


「では、私が桜井さんからの誘いを断る理由はただ1つ。あなたと踊ると注目されるからです。そんなことで注目されて後々に標的にされながら肩身の狭い思いをして学校生活を過ごすより、影が薄い生徒の1人として静かに過ごせるほうがずっといいに決まっています。」

「・・・それがあなたの望みなら私は叶うように努力をしなければなりませんね」


 恵の必死な説得によりやっと折れてくれた瑛斗は悲しみの色を目に纏わせながらも頷きつつ、小さなため息を吐く。


 その翌日、瑛斗は昨日までの勢いが嘘のように静かに候補から外れることを宣言し、投票は始まる前に終わってしまい、いぶかし気に恵たちを見るレイドリックに軍配が上がる。


 恵と瑛斗は100メートル走のみの出場となるのだ。



 しかし、種目決めだけが1年の役割ではなく、恵たちの前には体育祭の準備の割り当て候補が出ている。

 ダンス、小道具、大道具、衣装の4つで、恵は最初から小道具であることを決めている。なぜなら、体力が必要なく細かい作業が少ないからだ。彼女は料理は昔からしているし、繕いものも靴下を履きつぶすまで穴を縫ったりすることはできるが、大道具を作ることも凝ったデザインである衣装も不向きだ。


 だから、彼女は迷わず小道具に手を挙げる。それに同調するように隣に座る瑛斗も手を挙げている。

 それがあからさまであるので、恵は呆れつつ彼に気を遣って言葉をかける。


「桜井さん、そんなに日中一緒にいる必要はないでしょう。学校の中で1人でいることなんてほとんどないんですから。こういう時こそ、自分がしたいことをして良いと思います。いや、するべきです。そうでないと、あなたの学校生活が他人中心になってしまいますよ。」


「ええ、それはもちろんのことです。なんといっても私は唯一の番犬であり僕。あなたの傍にいつもいると言ったではありませんか。」


 さも当然のように瑛斗はのたまう。

 数か月経っているのに、彼は自分が発した言葉を覚えているようだ。本当にこの数か月、それだけはぶれない。

 以前、お盆の時に訪れた奥多摩で単独行動を恵ができたのは、瑛斗が恵と部屋が別であり、離れた場所にあり、歩いてすぐ来れる距離にはいなかったからだ。

 しかし、彼にとって今住んでいる家は目と鼻の先の距離しかないので、瑛斗ならすぐに駆け付けられるし、建付けが悪くなっているのか扉が開く音がするので、人より音に敏感な瑛斗には簡単だろう。


 もう何を言っても駄目だろうな。


 恵はきっぱりと諦めをつけて瑛斗から視線を外す。


 意外と小道具は人気だった。恵のクラスには派手目な生徒が少なかったせいか、ダンスは定員に対して定員割れを起こし、一方、おとなしい生徒が多いせいか恵と同じく考えただろう生徒が小道具に集中したことで応募のバランスが崩れてしまっている。


 これには委員長が戸惑うが


「では、小道具になれなかった人がダンスのほうに回ってもらいます。」


 と、当然の答えを出す。

 確かに、それはいいのだが、恵はダンスと聞いて苦い思い出しかない。

 ダンスは彼女にとっては最大の敵と言ってもいいだろう。何しろ、この生きてきた16年の中で高校に入って初めてしか体育のダンスの授業、彼女は音に合わせることも音に合っているかどうかも掴めないリズム音痴でクラスの失笑を買ったのだ。


 運動神経は悪くないので振付は1度見ただけで覚えられるのだが、まったくリズムに乗れておらずぎこちなく見えるようだ。


 だから、委員長の発言には恵の口元はぴくつく。


 当然だろう。


 ダンスは体育祭で一番と言っていいほど盛り上がる応援合戦でのメインであり、3年や2年と一緒に踊る。そして、それらを評価して順位と得点が与えられる。つまり、これは完全なる団体戦なのだ。

 ダンスが合わないと評価はとてもじゃないけど高得点なんて狙えないし、それが肝だろう。

 もし、そこに恵は自分が入ったところを想像して反応する。


 そして、人間というのは、嫌だな、とか、辛いな、と思っていると、そっちの道に進んでしまう生き物だ。


 それは恵も例外ではなかったようで、彼女は運命を決めるほどに懸けたじゃんけんに負けてしまい、楽なほうには進めずに悔しく思う。ただ、そこで少し薄れたのはなぜか、彼女の下に瑛斗の名前があることだ。


「あれ?最初に勝ってませんでした?」


 恵は席に戻った時に尋ねると、瑛斗は平然と言ってのける。


「勝利すれば、どちらでも好きなポジションを選べますから。」


 と。


 その勝者の言葉に恵は


 ほほー


 なんて、つい感心してしまう。


 まるで、自分が勝つことがわかっていたようだ。


と。

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