第42話
幼稚クモからの絹手紙に書かれたSOS
しかし、場所も内容も書かれておらず、ただ”助けて”なんて言われても恵は困ってしまう。それを持ったまま突っ立っていると幼稚クモは急に恵の肩に乗り小さく糸を吐いたと思えば矢印の形に変形させる。
「えっと、案内してくれるの?」
恵が尋ねると幼稚クモの体の目はつぶり顔の部分?が頷くのでおおむね合っているのだろう。
話せなくてもこっちが言っていることは通じるんだ?
小さな疑問が浮かんだが、恵はとりあえず幼稚クモに案内されるままに行こうとする。
玄関口には誰もいないが、休憩スペースには先ほど瑛斗といた男性が誰かと話しているので、謝罪の前置きをして彼に声をかける。
「桜井さんと仲が良い人ですね。西寺恵です。先ほどはすみません。あの、彼と約束があったんですけど、急用ができたからまた今度って伝言お願いしますね。」
恵は言い逃げのように固まっている相手とその話し相手を無視して玄関から出ていく。
暑さはあるが、まだ昼前ということもあり涼しい。
幼稚クモに案内されて向かったのは林の中にある古い神社だ。いや、古いというよりすでに廃れて長いのかあちこちが虫食いにあっていたり、壁の一部がはがれていたりしている。ここでカラスでも鳴いていたら立派に怪談が付きまとう舞台になりそうだ。
「クモって神社に住むんだ。」
全く知らなかったので恵は感心する。
しかし、人を襲うクモが神様がいる場所に住むとはご利益なさそうな場所だとも思い恵は複雑な気持ちになる。
幼稚クモが指した場所は境内の中だ。扉半分が地面に落ちてしまっているためすでに境内の中は丸見えだ。そして、もう半分も閉まらないのか開きっぱなしで手で触るたびに
キーキー
鳴いている。
幽霊屋敷ならぬ幽霊神社だ。
いや、洒落にならない。
自分で思っていてその言葉にゾゾッと背中に悪寒がする。
「何もないけ・・・。」
境内に入ると、すぐに幼稚クモが恵の肩から下りるが、恵は見渡す限り目的のクモがいないことを言おうとしたら天井を見上げれば、そこに彼の姿がある。しかし、彼は1人ではなく彼の張った大きな巣の上にきれいな女クモが寝ているのだ。
この時、恵は以前の夜の学校で会った時に瑛斗の母親とした会話を思い出す。
『女郎蜘蛛の眷属が』
彼女の言葉の一部で恵はピンとくる。クモさんの顔は体に比べて大きくお世辞にも整った顔立ちとは言えない。しかし、その女クモは白くてなんだかふわふわしたクモの体に女性らしい胴体と白い絹のような髪に小さく整った顔をしている。
文句なしに美人だろう。
『来て、くれた・・・感・・謝す・る。』
感心する恵に気づいたクモさんは明らかに疲れ切っている。なんだか元気がないし、すでに瀕死のような状態だ。顔を上げられないのか巣にぶら下がったままこちらにもやってこない。体が巣にくっついているようだ。
「SOSもらったので来ましたけど、えっと多分私には手に負えない状況かと思うのですが、一応どんな状態かだけ聞きますよ。」
『そ・・んな・説・・・明をし・て・・いる・・・・・暇・はな・・い。』
「いや、そんなことを言われても。じゃあ、あなたは何で私を呼んだんですか?」
『お・・・前・に・・しか・・・・でき・な・い・か・・ら・だ。』
「何がですか?」
具体的な答えが返ってこないので、恵は直球でクモさんに尋ねる。息遣いが荒い彼は何とか整えてやっと顔を上げる。片方の目がどこかに行ったのかその部分が空洞でもう片方の目は血がただれている。冷静に見れば彼の足はもう4本ぐらいしかなく、天井からは血が滴っていたようで床には血の湖のような形になっている。恵の靴にもベッタリとついていた。
『私たちの浄化。』
「浄化?天に召されたいと?そんなのはお坊さんに頼んでください。私の管轄外ですし、この年で犯罪はちょっと遠慮したいというか。」
『違う。』
恵は重い空気、いや、実際のところとてつもなく切羽詰まった状況なのだが、彼女の精神安定のためにおどけただけだというのに、彼はまじめに、そして素早く却下する。
『浄・・化は・他の奴が・・・・使う・異能・・とは全・くの・・別物・・・悪意を・善・・意に変・・えて我・・・・々の傷をも癒す・我々・は・人・・の記・・憶・・・か・ら消・・えれば・力が・・弱ま・・り信仰・・・な・・く・・ば・後は朽・・ち果・・てる・そ・し・・て・・最後は・何・・も・・か・・も・を・巻き・・・込み・・暴・・・・・走し・・て・・・本当にただの化・け物に・なって・・しまう・・・・同胞・さ・え・も食べるほど・・に・・それ・を浄化・は魂・を安定化・・・・させて・そう・・な・・ら・・ない・よ・うに・する』
長い説明の間にクモさんはどんどん息遣いが激しくなる。
恵はその説明でだいたい浄化については理解する。
「じゃあ、この神社への親交が無くなったからクモさんの力が弱まって朽ちようとしているからそんなに傷がついているってことですか?」
『この・・傷・は・・関係・・ない・別の者・・・・にや・られ・・た・・今は・関係・な・い・・お前に・・す・ぐに・・・・我ら・を・浄・・化・・してほしい。』
クモさんを傷つけた相手は他にいるらしい。それを聞いて真っ先に思い浮かぶのは今一つ屋根の下にいる人たちと、もしくは恵が最も出くわしたくない彼ら3人組だ。
エクソシストが悪魔を連れてこんな場所まで来たことを考えると、面識のある悪魔に探させた線が濃厚であり、後者の可能性が高い
そんな嫌な予感が頭をよぎるが恵はすぐにそれを片隅に置く。
「えっと、でも私は浄化なんてやり方知らないんですけど。」
『お前・・が・た・・だ想・い・を・言葉に・す・れ・・ばい・い・・そ・れ・・が我ら・・に・破・滅を与えるか救・・・・いを与え・るか・は・・わから・ない。た・だ・・今想・・・ってい・るこ・・とを・・・言葉・に・・しろ。』
急に命令口調になったクモさん。隣の女郎蜘蛛らしく女クモはすでにぐったりとしている。恵は急な注文に戸惑ってしまい何も言葉が出てこずに
ガジガジ
牙が刺さりクモさんが悲鳴を上げた瞬間、恵の中に想いがあふれる。
「クモ、神のみ使いであるお前たちは人の観察者。まだ生きてその使命を全うしてほしい。お前たちの役目を忘れてはいけない。ただ見ていることしかできない苦痛、それはきっと途方もなく終わりの見えないほどに続く。でも、いつかきっと報われる日がきっとくる。それまでお前たちは生きてその役目を全うして。それは人の信仰心も記憶も関係ない。お前たちを動かしているのはこの世界なのだから。』
恵の瞳はその時サファイアに見まごうほどの真っ青になっている。きれいに透き通る世界にはおそらく2個存在しない唯一の色。
彼女の言葉が終わった瞬間、神社のみならず林が真っ青に輝いたかと思えば、すぐにその光は失われる。
それは一般人にも認知されるほどのものであり、それは言い伝えとして残っていくことになる。
恵は呻いて目を覚ますと白色の目玉がすぐそばに見えて思わず小さな悲鳴と共に飛びのく。
『失礼ね。助けてくれたからお礼が言いたかっただけなのに。』
そう言って手を腰に当てて怒っているのは記憶にある女クモだ。
恵の態度は確かに彼女の言う通り失礼かもしれないが、目覚めて至近距離に白い眼玉があればだれでも同じ反応をするだろう。
それにしても、あんな狂暴化が嘘のように平常を保っているような女クモの姿にも驚くが、その隣で一切怪我もなく最初に出会った時のような元気な姿であるクモさんにもよっぽど恵は驚く。
彼女の記憶では最後に見たのは女クモがクモさんを食べる瞬間だからだ。
夢かと思ったが、自分の服を見ればジャージどころか髪から靴までべっとりと血がついている。幸いにも林を抜けたらすぐに宿泊施設なので帰宅後はすぐに風呂に入ることを恵は決意する。
「治ったんですね。えっと、なんで?白昼夢?」
恵の感想に2匹?2人?は首をかしげて呆れた顔をする。
「何を言っているの?あなたが人との縁が無くなっても生きられるようにしたんじゃない。だから、私たちはこれからまだこの世で生きるわ。まあ、その代わり人においたはできなくなっちゃったんだけど。」
あー、残念
なんて言いそうな感覚で女クモは言う。
「クモさん、私を最初に襲ったのって確かこの人に私が、というより、この瞳を持つ大昔の人が退治しようとしたからでしたよね?」
『ああ、もちろんだ。』
「でも、それっておそらくこの人が人間に対して悪さをしたからでは?」
『何を言っている?悪さをしてこそ人の記憶に強く残り、信仰を得られるというものだ。』
はい、有罪。
というか、逆恨みじゃん。
なんか気にして損した。
この人たち自己中。あ、人ではないから?
「そうですか。」
もう突っ込むのも面倒になり恵は話を切る。
「では、もう用件も済んだことですし、私はこれで。」
『ああ、ありがとう。お前には感謝している。』
「クモさんにそんなことを言われると違和感しかありませんが。」
『なんだと!』
これ以上揶揄うと襲ってきそうなので、恵は「それじゃ。」とさっさと出ていく。
帰りも幼稚クモに案内されて宿泊施設が見えたところでそのクモと別れ、玄関から入る。本当は裏口からコソッと入りたかったのだが、そんな出入り口の場所など来てまだ2日目の恵に把握できるはずもない。とてつもなく広いので部屋さえも自分の部屋以外は誰が使用しているのかわからない。
出入り口を開けた瞬間、瑛斗が仁王立ちをしている。
ああ、終わった。
そんな感想が出てくるのだが、意外にも彼は説教をしない。
それどころか恵の前に片膝をつく。それも衆人環視のいる前で。
「無事にお帰りになられまして誠に良かったです。お努めご苦労様でございました。恵様。」
この時久しぶりに瑛斗から”様”つけで呼ばれ、恵は体がむずがゆくなるも、それに重みは感じなくなっていることに彼女は自分が恐ろしくなる。
ため息を吐いて
「私は何もしていませんからそんな態度を取らないでください。」
恵はただそう言うのだ。
それからも説教はなく、あれはただのパフォーマンスかと思ったのだが、そうではないらしい。すぐに部屋まで彼に付き添われたのだが、その間もほぼ無言で奇妙な心地だ。考えても答えが出ない恵は切り替えて、とりあえず風呂に入り血の匂いまで落とすことができたことに安堵する。
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