勇者と従者のクロニクル

クサバノカゲ

【01】

「ゆくぞ、勇者よ!」


 魔王軍最強戦力【魔蹂将まじゅうしょう】が一騎、六本腕の巨魁――暗黒騎士レナザムドの声が、大気を震わせて響き渡った。

 六腕それぞれに剣や斧や盾を構え、漆黒の重装甲に覆われた巨体にそぐわない高速で一瞬に間合いを詰めてくる。


 腰にいた長剣をすらりと抜刀し、これを迎え撃つは当代最強の剣士にして最高の美形とも名高き勇者、リュクト・アージェント! ……では、なくて。

 その従者、器用貧乏だけが取り柄の気弱げな美少年トルル・ポアールなのだった。


 嗚呼あゝ、どうしてこんな状況になってしまったのか。


 

 ――走馬灯のように、トルルは経緯いきさつを思い出していた。



◇◇◇



「あの、すみません。僕、勇者の――」

「ああっ勇者様っ! お待ちしておりましたっ!!」


 はじめて訪れた街の、入口にて。


 でかでかと『熱烈歓迎、勇者リュクト・アージェント様』の王制文字が書き殴られたのぼりを掲げる若い女性は、食い気味で僕の右手を握りしめ、ぶんぶんと激しめの握手をしてきた。


「いえ、僕はその勇者のですね――」

「お話は後ほど伺います! 今は早くこちらに!!」


 従者のトルル・ポアールです、と続ける隙を与えずに、そのまま彼女は僕の手を掴んでぐいぐいと街の中に引っ張っていく。

 すらりと長身に栗色のボブカット、目鼻立ちくっきりの綺麗なお姉さんだ。

 そんな魅力的な女性と手を繋ぐなんて僕の十六年の人生はじめての体験で、耳があつくなっているのが自分でもわかる。


「あの、だから僕はリュクト――」

「存じ上げておりますとも! 町人出身ながら最強の勇者として名の轟くリュクト・アージェント様は、我ら自警団みんなの憧れです! なのでさあ、お早く!!」


 どうやら彼女は街の自警団の一員らしい。

 たしかに、町娘らしい麻のシャツとスカート姿の上に、簡素な革鎧と短剣を装備していた。


「……あ、そうか! ごめんなさい、私ったらこっちの話ばかり」


 人影の見当たらない街中をしばらく進んだところで、彼女はなにか思い出したように唐突に立ち止まった。ようやくこちらの話を聞いてくれる気になったのかも知れない。


「私、この街で自警団のサブリーダーをしているサリアです。よろしくお願いします」


 そして、手を繋いだまま深々とお辞儀をする。


「ご丁寧にありがとうございます。それであの、ちょっと聞いていただきたいのですが……」

「……ああっ! ごめんなさい私ったら、いつも察しが悪くてガサツだとか嫁の行き手がないとか言われるんです。まったく大きなお世話だって……」


 言いつつ彼女は、僕の背負った革製の大きな荷袋リュックに視線を向ける。

 ちなみに嫁の行き手についてはたしかに大きなお世話だと思うし、なんなら僕が立候補したい。


「と、そんな話じゃなくて、お荷物重いですよね? お持ちいたします!」


 僕の背の荷袋リュック。それは行商人が馬に背負わせる荷袋以上に巨大で、縦も横も僕の身長以上あるという馬鹿げた代物シロモノだ。

 後ろから見ると僕の体はそこにすっぽり隠れるから、巨大革袋に足が生えて歩く謎の生物のようで、二度見を大量発生させてしまう。


「ああいえ、これは大丈夫なんです」


 心遣いはありがたいけれどこの荷袋リュック、いわゆる「魔法のカバン」の類で、ただでさえ巨大な見た目の数倍もの中身が詰まっている。

 そのくせ重さは中身の合算そのままなので、下手をすれば下敷きになって命を落としかねないという危険物でもあるのだった。


 ――なんでも、暴食の魔獣ケルベロスの胃袋で出来ているとか、いないとか。


 僕はこの荷袋リュックに出力を微調整した【浮揚レビテイト】の魔法を常時付与することで重さを軽減しつつ、両脚の筋力を【増強オーグメント】の魔法で左右交互に瞬間強化している。

 そうすることで魔力消費と体力消費の絶妙な均衡を保ちながら、暴力的重量を背負い歩いているのだ。


 使える魔法の種類の豊富さは、そうそう引けを取らない自信がある。

 でも残念ながら僕には、この荷袋リュックを空中に浮かぶほど軽くしたり、超人的パワーで持ち上げたりするほどの魔力ちからはない。


 広く浅く、そのくせ小細工だけは妙に得意な僕のことを、人はみな『器用貧乏』と呼ぶのだった。


「そうなのですね、さすが勇者様! では参りましょう、こちらですさあ!!」


 そして彼女は再び僕の手を強く握り、駆け出していた。

 うん、もうこれはしょうがない。

 とりあえず彼女――サリアさんに付いていって、目的地に着いてから話を聞いてもらうことにしよう。

 正直、彼女に手を引かれて知らない街中を走るのはなんだかすごく胸がふわふわして、心地がよかったし。


 ――そして。


 石造りの街並みを抜けると急に景色が開ける。どうやら目的地らしいそこは、大きな円形の広場だった。


「みんな! 勇者リュクト様が来てくれたよ!」


 広場の周囲から大歓声が上がり、視線がサリアさんに手を引かれて現れた僕に集中するのがわかる。

 街に人の姿がなかったのは、どうやらここにほぼ全員が集合していたからのようだ。


「うっ……まずい……」


 そして僕は思わずそうこぼしていた。

 これ、もう完全に説明のタイミングを逸してしまったよね。幸か不幸か、歓声に紛れた呟きそれはサリアさんの耳には届かなかったようだけど。


 僕の視界に映った広場の中央部、エルダリウス王国領の街なら必ず見かける『はじまりの勇者』こと初代国王ダリウスの等身大の石像は、首から上が消滅している。

 で、そのおヒゲがダンディな初代国王の頭部は、石像の傍らに立つ巨大な黒い人影が、ボールのように片手で軽々と中空に放っては別の手で受けとめて弄んでいた。


 僕の二倍近い巨体すべてを重厚な漆黒の鎧で覆っていて、そこにこれまた僕の二倍以上に太い腕が、左右三本ずつ合計六本も生えている。どう考えたって日常生活では不必要な数だ。


「ようやく来たか。そろそろ退屈しのぎに、人間どもを一人ずつすり潰してやろうかと思っていたところだ」


 地の底から響くような低音で言い放つと、そいつは六本腕の間を行ったり来たりさせていた王の頭部を、すべての掌で包み込むように六方から圧縮し――粉々にすり潰したそれを、ぱっと空中に撒き散らしてみせる。


 ――うん。これは、非常にやばい。

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