第7話 

第7話 - 1 それは本音を語るカタルシス

 とある世界において同姓愛は差別やいじめの対象であった。



 その世界の普通といえば、男の子と女の子が互いに好きになり、交際して結婚。子供を産んで円満な家庭を築いていく。いわば普通の幸せと呼ばれるやつだ。それが普通で当たり前。普通と違えばあの子はおかしい、普通じゃない、普通じゃないからわからない、不可解だ、気持ち悪い、不愉快だ、離れてくれ、あっちいけ、排除しようそうしようと、いじめ弄られの対象になっていた。ジェンダー平等なんて言葉だけの世界。みんな仲良くなんて自由帳の上にしかない。それが子供の世界だ。



 障害者や発達障害、低身長や高身長。女子なら胸の発育差、男子なら体毛の濃さや生えている場所など。互いの違いが際立ってると、特異だっているとあの子は普通じゃないとなる。



 それは性嗜好でもおなじこと。



 男の子が、かわいい女の子をチラチラ見たりするのと、女の子が、イケメンな男子の話を陰できゃっきゃっするのはよくある光景だろう。普通だろう。それが普通とされるのだろう。男の子が男の子をかわいいと思ったり、かっこいいと思ったり、触りたいとか、それ以上とかを考えている小学生がいたらどうだ。個性と捉えるか。いや、普通じゃないとされるのが普通だという現実だ。女の子の場合も、同じだろう。特に私の子供の世界は最悪だった。



 ある女の子がいた。学年の男子の誰もが可愛いと思う天使のような、マドンナのような子であった。人当たりも性格もよく、嫌味を言われることもない。学力も学年トップクラスで、それでいて謙虚さを忘れない。そんな屈託のない笑みに惹かれていたのは多かったと思う。中学一年と三年を同じクラスで過ごし、特別な想いを寄せていた私もその例外ではない。



 問題は彼女をイジる人間だ。



 たいがい、それはやんちゃな男子だった。彼女は女の子同士でいることが多く、スキンシップも過多であった。ハグのように抱き合うことも多い。感情をそのように表現していたのだ。それをやんちゃな男子たちは


「レズだ」



 と、そう茶化すのだった。



 私は、心の底からこれが嫌であった。ときには私が標的になることで守ろうとした。私は超低身長であったため、いくらでもそのような要素を持ち合わせていたからだ。それと同時にレズ、百合やガールズラブについて勉強した。子供の私にはその知識がなかった。

 


 そして、その折に文学作品に出会ったのだった。



 百合の素晴らしさを知ったのは、その頃である。



「高校に入学された頃と、あの観覧車が現れたのは同時期になると思われます。おそらくヘイ様の想いが形になったのでしょう。特別な時間、空間を作る完全個室な世界。二人だけの世界。それが観覧車となったのです」


「ーーその観覧車の中心とこの石が反応した。宇宙の果てから知的生命体を呼び寄せてしまった。そういうことか」



 全ては私のせい。僕のせい。俺のせい。



 俺のせいで観覧車が生まれ、宇宙人が飛来し、δ世界線は滅亡した。そしてα世界線も滅亡へのルートを進み始めている。観覧車のないβ世界に宇宙人はいない。世界の滅亡はない。だから、平和だった。



「私のせい……なんですね」


「ヘイ様の責任ではありません」


「僕のせい……なんだな」


「宇宙人です! 宇宙人が飛来しなければよかったのです」


「俺のせい……か」


「ヘイ様!」


「なあ、ユメ」


「……はい」


「少し語ってもいいか。自分を」


「はい」 


「ありがとう。ああ、俺は百合が好きだ。だけど、同性愛が好きなわけじゃない。好きなのは女の子で、可愛い女の子が可愛い女の子ことを好きになるということが好きなんだ。ああ、そうだ。できることなら、おれだって普通の恋愛をしたい。可愛い彼女作って、楽しいことたくさん共有して、すれちがってたくさん理解して。ため息が出るほどに、どうしようもなく好きになるような恋がしたい。俺は男だ。性癖はノーマルだ。対象は可愛らしさのある女の子だ。それは笑顔かもしれないし、容姿かもしれない。仕草とか、性格とか、声とかに萌えるんだと思う。そこにいるだけで安心して、いないだけで不安になるんだ。必要とするんだ。そういう感情を持ってみたいっていう、そういうのは普通にあるんだよ。……俺は特別じゃないから。普通だから。特別に憧れて、普通から外れたがった凡人なんだ。でも、それは駄目なんだ。絶対に許されちゃいけない」

 

「なぜです? 」

 

 

 唾をのむ。息を吐けない。汗が流れない。だが、言葉は紡がれる。

 

 

「言ったろ。俺は百合が好きなんだよ。これはもう、どうしようもないんだ。この隙間は既に歪んでしまっている。だから恋愛はできない。俺が好きだと思う女の子の感情が俺に向くとか、刹那でも駄目だ。俺が許せない。男は百合に関わっちゃいけないし、二人だけの世界は侵されることがあってはならない。でも、女の子になりたいわけじゃない。男だから可愛い女の子が恋愛対象なわけで、もしも女子に生まれ変われたとしたら、この感性はまた違ったものになる」

 

 

 人間の心は複雑怪奇。俺も例外なく人間のひとりであり、心が複雑だった。


 

「なあ、ユメ」

 

「はい。ヘイ様」

 

 俺を許さないでくれ。

 

「はい」

 

 許容するな、そんなことは望んでいない。

 

「はい」

 

 普通じゃないんだ。普通なんかにはなれやしない。気持ち悪い、って。ただそれだけなんだ。

 

「ヘイ様」

 

 だけど。でもさ、

 

「はい」

 

 認めてくれ

 

「はい」

 

 受け入れてくれ

 

「はい」

 

 仲良くできなくてもいい。上手くやらなくても構わない。会話が億劫ならいらない。その代わり、せめて。

 

 せめて、認めてほしいんだ。

 

「私は、どのような関係であろうとヘイ様のお傍に居ります。もちろん、私自身が愛されるなどというつもりは、毛頭微塵もございません」

 

「そうか」

 

「はい。ヘイ様」

 

「……それならいい」



 私は何かが重なるのを感じて、受け入れる。



「頼む。どこへ行けばいいか、教えてくれ」


「御意に」






 

 

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