いなべハンズ~ゆるキャラは泣いている~
Writer Q
ゆるキャラ編
優しい女(ひと)でした。
大勢の子どもたちに囲まれ、叩かれたり、蹴られたりしているボクを、その女(ひと)は助けてくれました。頭をなでて、笑顔で「大丈夫?」と話しかけてくれたのが忘れられません。
かわいいゆるキャラの中に入る仕事は、過酷です。アテンドする関係者がそばにいないと、一部の子どもたちに暴力を振るわれることがよくあります。ゆるキャラはいつも笑った表情をしていますが、中にいるボクは悲しくてよく泣きます。
助けてくれたあの女(ひと)は、ミホという名前だと同じゆるキャラオペレーターの仲間が教えてくれました。ミホさんは三重県いなべ市のある事務所で観光を扱う仕事をしているそうです。
ミホさんの優しい笑顔が、ボクの脳裏に焼き付いて離れません。観光客を装ってミホさんの事務所を訪れ、あの笑顔を探します。フロアは広く、表示に従って順に歩いてに行くと、……いました!
「すいません。ここの観光パンフレット、いただけますか?」
近くで話そうとせっかく声をかけたのに、メガネを掛けたおじさんの職員が「どうぞ」とやってきました。とても残念です。でも、……ミホさんはボクに微笑みかけてくれました。
ミホさんは、ボクがゆるキャラのオペレーターだとは知りません。本当は素性を明かしたいですが、やめておきました。
……でも、思っていたよりミホさんは、大胆な人でした。
あれから一ヶ月後、いなべ市のにぎわいの森で観光イベントが開かれ、ボクはゆるキャラとなって、ミホさんと再会できました。
パン屋、フードブティック、カフェ、テリーヌサンド屋、洋菓子店など華やかな店舗が並ぶ森の小径で、また今日もボクはたくさんの子どもたちに絡まれ、暴力を受けていました。すると、以前のようにミホさんがやってきて、助けてくれたのですが、……この後が、前とは違いました。
「こっちにおいで」
ミホさんに手を引かれて、人目のつかない森の茂みの中に入っていきます。そして、いきなり抱きしめてきました。キグルミの上から身体の感触や温もりが伝わってきて、ボクは理性を失いました。
「あなた、私のこと、ずぅ〜っと変な目で見てたでしょ? かわいい顔して、悪い子だなぁ」
キグルミの耳元に、ミホさんはささやいてきます。
「あ、息づかいが早くなってる。子どもたちと握手するこの手が、イケナイことしてるじゃない、もう」
ボクは自分を抑えることができませんでした。欲望という本性をあらわにしたゆるキャラの手が、罪深い動きを繰り返し、やがてボクは全身が紅潮したミホさんを直視します。
「そんなピュアな顔でこの姿を見ないで。ヤダもう」
そして、悦に入って恍惚とした表情になりました。これもきっと愛です。そう、愛。ゆるキャラはいつも人知れず、奥で泣いています。それは愛がほしいからです。
見た目がかわいいからといって、油断しないでください。あなたの街にいるゆるキャラのその手は、本当にピュアでしょうか?
いなべハンズ~ゆるキャラは泣いている~ Writer Q @SizSin
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