018.日曜日の遅刻?
「――――ん。―――――ゃん」
――――随分と穏やかな眠りだった。
暖かくて柔らかく、そして心地の良い感触に包まれた眠り。
それは果てしない夢の世界に誘われるかと思えるほど。
随分と久しぶりの、深い深い眠りの世界に潜った気がする。
夢も見ることも無く、時間という概念を忘れ、ただ流れに身を任せているだけの幸せな気持ち。
それはずっと感じていた幸せの感触のおかげ。その一部が失われても継続した。
プニプニと柔らかく、温かい熱を持った抱いているだけで幸せな気持ちになるもの。
その一部が失ったという認識は脳のどこかであったものの、身体を包む羽毛布団にすら敵う意志力を持ってすら無く、まだ眠っていたいと身体を丸めていく。
「――――ちゃん。――――ぃちゃん!」
外から何か音が聞こえるがまだ心地よい世界に浸っていたい。
そう抵抗するように布団を引っ張って芋虫のように丸まっていくと声の主は行動に出た。
「お兄ちゃん! もう朝だよ!起きてっ!!」
「んん……。 ……………!! さむぅ!!!」
ベッドという幸せな空間で芋虫になっていると、突如体中を打ち付ける冷気。
まるで痛みかと勘違いしてしまいそうなそれを一身に受けてしまった俺は、1秒すら耐えること無く目を大きく見開くと、そこには横向きになった何者かが立っていた。
「おはよっ!お兄ちゃん。 もう朝だよ」
「なん……で…………あぁ」
横向きになっているのは俺だったようだ。
なんでこんな可愛い、見知らぬ子がウチに…………って、そうだった。
ずいちゃんか。一昨日から居るんだっけ。危うく昨日の朝みたくパニックに陥ることだった。
「おはよう、ずいちゃん。今何時……?」
「おはよっ!……って言ってもだいぶ遅いけどねぇ。 今はもう11時だよぉ」
「そっかぁ、11時……………11時!?」
慌てて枕元のスマホを確認すると時刻は11時を数分過ぎたところ。
やばいっ!超が3つ付くくらいの完全な遅刻だっ!!
「お兄ちゃんってばよく寝ちゃってたからギリギリまで見守っちゃった。 ちょっと遅いけどご飯にする?」
「ごめんずいちゃん!今そんな時間ない! スーツは……遅刻確定じゃんっ!!」
慌ててベッドから飛び降りた俺はクローゼットを勢いよく開いて今日必要なスーツを引っ張り出す。
ヤバい!今日から現場に新人来るって聞いてたのに!!指導側が遅刻とか洒落にならない!!
「えっ!?ごめんお兄ちゃん! あたしったら日曜もお仕事だなんて知らなくって…………!!」
「いや、ずいちゃんは悪くない!目覚ましもかけなかった俺が悪…………ん?日曜?」
バッサバッサとスーツやワイシャツをベッドに放り投げていっていると、ふと気になるワードが飛び出してきて手が止まる。
なんだって?日曜?今日が?
「うん……言ってくれれば起こしたんだけど、お兄ちゃんって日曜もお仕事だったんだね……」
「いや、ごめん。 ちょっとまってね」
急遽頭に昇った血を沈めつつ、ベッドに乗り込んで投げていたスマホを拾い上げるとたしかに”日曜日”という文字が。
…………あーーー。
なるほど。完全に月曜日と勘違いしてた。
昨日行った街での買い物。アレがかなり密度濃くって、普段一人家でダラダラした週末とのギャップで脳が休日をやり終えたと認識していた。
そもそもそんな大遅刻したのなら会社から電話の1本なり2本あるものだ。そこに気づかないなんて完全にパニックに陥ってた。
一度深呼吸してずいちゃんに目を向けると、非常に申し訳なさそうにしている姿が目に入る。
「お……お兄ちゃん、大丈夫なの……?急がなくて……?」
胸前で手を合わせて肩を縮こませる彼女は、何かに怯えているよう。
――――あぁ、そうだった。こんな時のずいちゃんは……。
「大丈夫だよ。ちょっと寝ぼけて月曜と勘違いしてただけ」
「ホント? 今日お仕事あるわけじゃないよね?」
「もちろん。 もし仕事だったら今頃電話の嵐だよ」
「…………よかったぁ」
彼女の目の前でしゃがみ、その頭を優しく撫でると一安心といったようにその怯えを解いてフニャリと笑顔を見せる。
そういえば、昔からこうだったな。
何かあって怒られるとあんな感じで怯えて、俺が撫でて落ち着かせるとその緊張が解けて抱きついてくるんだっけ。
あの時から変わらない……いや、もしかしたら久しぶりに俺と一緒だから少し昔に戻っているのかもしれないな。
……あれ?昔に戻ってるとしたら、次ずいちゃんがとる行動は――――
「それじゃあ今日も一日いられるんだねっ! よかったぁ!!」
「ちょ……! ずいちゃん!それはストップ!!」
やはり、予想が当たってしまったか。
安堵と一緒にずいちゃんが手をいっぱいに広げて抱きついて来るのをその肩を掴んで止めて見せる。
いくら退行してるといってもそれはマズイ!今はお互いいい年齢!しかもずいちゃんは色々と育っているのだ!俺にはキツイ!
「え~!? お兄ちゃん、昔は受け止めてくれたのに~!」
「昔でしょ! 今は今!ほら、ちゃんと立つ!」
「む~。 はぁ~い」
慌てて俺も立ち上がって広げていた手を収めていくと渋々といった様子で諦めてくれた。
さっきまでしゃがんでいたものだから、あのまま抱きつかれてたら彼女の胸に頭から飛び込むところだった。
あまり身長は伸びていないのにそこはしっかり育って、きっと抱きつかれて変に反応すればバッドエンド一直線だろう。
「それじゃあお兄ちゃん、朝ごはんはどうする? すぐ準備はできるけどブランチになっちゃうかも」
「そうだなぁ……」
時刻は11時過ぎ。随分と遅くに起きたものだ。
いや、その理由なんて考えるまでもない。一昨日に続いて昨晩も、彼女に抱きつかれて眠ったものだから全く眠れなかった。
心頭滅却して目をつむり、なんとか眠ったのは太陽が昇ってくる時間。2日連続でそんな時間に寝ればこんな時間に起きもしよう。
「せっかくだし食べに行かない? ベッドが届くまでまだ時間あるでしょ?」
「うぅん……お兄ちゃんがいいなら……」
「よかった。なんだか中華が食べたい気分でね」
「え~? あたしはいいけどお兄ちゃん、寝起きなのに大丈夫?胃もたれしない~?」
寝起きだなんてそんなもの、気分には勝てやしない。それじゃあ今日のブランチは中華だ。さっさと準備しないと。
俺はさっさと放ったスーツを片して私服に着替える。もちろん着替え場所は洗面所で。
「……よし! じゃあ行こっか」
「おー! あ、でもお隣さんには注意してね。 入居で行き来するからうるさくなるって朝、挨拶があって」
靴を履くと背後から聞こえる元気いっぱいの声。彼女もマフラーを巻いて準備バッチリだ。
ほう、入居とな。
隣が居ることすら定かでなかったが、空き部屋だったのか。それで今日から入ってくると。
どんな人なんだろ……あんまり、変な人でないといいなぁ……ネットで隣人トラブルってよく聞くし。
「どれどれ…………あぁ、たしかに」
玄関の扉を開けて隣を見れば、たしかに何者かが隣の扉前で何者かと話している。
これは……もう終わったのか?随分と早い引っ越しだ。
「お兄ちゃんお待たせっ! ……って、もう終わったんだね。早いなぁ」
「あ、やっぱり終わったんだこれ」
「うん。挨拶の後チラって見たらシート敷かれてたし、隣から音も聞こえてたから」
どうやら彼女の認識も終了のようだ。
そんなドタバタ音の中グッスリ眠っていた俺って……。
「――――うん。 それじゃ、運んでくれてありがとね」
そう、扉の影から声が聞こえてきた。
澄んだ、女性と思わしき美しい声。彼女の言葉に手を上げて応えた男性は俺の部屋とは反対側に向かっていき、階段を降りていってしまう。
しかし道中俺たちが見ていることに気がついたようだ。男性がこちらに一礼すると、隣人の女性も俺たちの存在に気がついたのか死角から姿を現す。
「あっ、隣の部屋の方ですか? 私、この度引っ越してきた黒松と申しま…………あっ――――」
「…………? あっ――――」
マスクを付けた少女がこちらの姿を見てフリーズし、同じく俺の時も止まってしまう。
それもそのハズ。隣の部屋の入居者……扉の死角から姿を現したのは、昨日出会った少女本人であったのだから――――。
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