017.誕生日だからこそ、自分が
ガタンゴトンと電車の揺れる音がする。
色々あった土曜の買い物の帰り道、俺達は仲良く肩を並べて電車に座りながら最寄り駅までの道のりを歩んでいた。
いつもの人が混みやすい電車と違う上、休日の微妙な時間だから車内はまばら。
1つの長椅子に一人二人と、もはや寝転んでもいいくらいのまばら具合の中、ジッと座ってたどり着くのを待つ。
冬というのは日の入りが早い。窓から差し込んでいた赤い夕焼けも今はなりを潜め、空はすっかり青暗くなってしまっている。
遠くの山から見える、夕焼けの残穢。俺は夜を告げるその空から目を離して隣へ向けた。
隣に座る少女、ずいちゃんは大事そうにマフラーを首に巻きつけながら俺の贈ったネックレスをジッと見つめていた。
それは考え事をしているというよりもはやトリップ。なんだか偶に「えへへ……」と声が漏れるのを聞きながらふととある事を思いつく。
「ねぇずいちゃん」
「ん~? なぁに~? お兄ちゃぁん」
なんだか間延びした声。
どうやら相当な上機嫌のようだ。これなら俺がやろうとしてることも許してくれるかな?
「そのネックレス、貸してくれる?」
「いいけどぉ…………なんで?」
「ほら、ネックレスなんだし、ずいちゃんの首に掛けようと思って…………。 ダメ?」
没収されるとでも思ったのか、少し悲しげな色が混ざる声に慌てて俺も解説する。
俺が贈ったのは装飾品だけれど、眺めるよりも実際に着けていて欲しい。
しかしその言葉に視線を下げた彼女は一向に返事が返ってこなくなってしまった。
…………やはりダメだろうか。
兄貴分として懐かれているとはいえ、彼女は年頃の女の子。そう軽率に触れるなんて嫌がられるかもしれない。
「ダメならダメって言って貰えれば全然――――」
「ダメじゃないよっ! ただ……お兄ちゃんにそんなに優しくしてもらって……あたしはなんにも返せないなって……」
そう小さく呟いた彼女は、困惑しつつも嬉しさを隠しきれない、複雑な表情をしていた。
……あぁ、なんだそんな事。 全然、何も気にしなくていいのに。
「借りるよ、ずいちゃん」
「ぁっ……! お兄ちゃん?」
サッとかすめ取るようにネックレスを手にした俺は優しくマフラーを外し、腰まで届く長い後ろ髪をかき分ける。
見えてくるのは細くて真っ白な首。その華奢さは少し力を込めただけで折れてしまうのではと思うほど。
俺は慎重に、丁寧に。髪を巻き込まないよう気をつけながら首に手を回してその金具を取り付けていく。
「はい、完成。 ……ずいちゃんは家族も同然なんだから、貸し借りなんて気にしなくていいんだよ。むしろ――――」
――――むしろ、俺の学生時代を、青春を彩ってくれたのはずいちゃんだというのに。
あの時は俺も凄く楽しかった。そして今日も凄く楽しかった。まるで灰色に塗れた社会人生活から、あの日に戻ったかのように。
そう告げようとしたもののの、恥ずかしくなって直前でそっぽを向いて窓の外を見る。
「むしろ……なぁに?」
「なんでもない! ずいちゃん、着けた感想はどう……って言っても見えないか。じゃあカメラでも…………」
スマホを取り出してカメラを起動しようとしたところで、彼女の手が伸びてきてスマホが降ろされた。
それはカメラは必要ないというかのように。そのままさっき取り外したマフラーを手にとってあっという間に首元へ巻かれてしまう。
なんで……それだとネックレスがマフラーに隠れて見えることすらできないのに……。
「ずいちゃん……?」
「……うん。これでもわかる。 ありがとお兄ちゃん。贈ってくれて、巻いてくれて、こうやってマフラーしててもお兄ちゃんに包まれてる感じがするよ!」
そうやって「えへへ」と笑いかけた彼女はゆっくりとこちらに寄りかかるよう、肩に頭を乗せて俺の手を取った。
まるでさっきネックレスと取り付けた金具のように、ギュッと離れないよう手を絡ませて繋いだ彼女は嬉しそうに息を吐いてその両の手で俺の手を包み込む。
「お兄ちゃん、今日はありがとね」
「全然。むしろ俺こそ付き合ってくれてありがと」
「あたしの買い物なんだから当然だよぉ。 …………でもね、本当は怖かったんだ」
「怖い?」
怖いって、何がだろうか。
さっき一人にさせてしまった事か、相席を選択したことか、抽象的すぎて心当たりがありすぎる。
「うん。 今日はあたしのことばっかりでお兄ちゃんが楽しくなかったかなって、駅で一人になっちゃったのはあたしがワガママばっかり言ったから置いてかれちゃったのかなって、 そう思ったの」
「そんな事…………!!」
そんなことは絶対にありえない!
そう身体を捻って告げようとしたが、ずいちゃんは分かってるかのように笑みを向けて首を横に振った。
「うん。分かってるよ。お兄ちゃんは優しいからそんなことはしないって。でもね、あたしはお兄ちゃんに何も返せてないからそう思っちゃったの」
「…………」
「だからね、あたしも頑張る。 もっとお兄ちゃんに頼ってもらえるように、もっとお料理とかも頑張るね!」
「……あぁ、ありがとう」
そんなの俺のほうがよっぽど返せていない。そう言おうとして、口をつぐんだ。
彼女が頑張ろうとしているんだ。それに水を差すのは美しくない。
「と、いうことでまずはぁ……今日のご飯はうんと頑張って作るね!」
「え? いや……誕生日だしどこか食べに行くとかでよくない?作るの大変でしょ」
「だ~めっ! 誕生日だからこそご馳走をあたしの手で作りたいの! 今日の主役はあたしなんだから、お兄ちゃんはあたしのサポートをしてっ!」
「…………。 りょーかい。 お姫様」
俺は腕に抱きついてにへっとわらうお姫様をそっと撫でる。
駅についたらまずスーパーで買い物だな。そう苦笑しながら計画を立てるのであった。
◇◇◇◇◇◇
「さてっ………と、これで全部かしらね」
私は目の前のキャリーケースから目を離し、部屋の中を見渡す。
そこは私の部屋。もう殆ど何もない自室。ほとんどの家具は部屋から取り出して車へ。もう忘れ物はないと頷きベッドに腰を下ろした。
このベッドで寝るのも今日が最後の夜だ。
これだけはここに置いていき、”向こう”では新しく買ったベッドにて新しく夜を明かす。
そう考えるとなんだか感慨深くなり倒れ込んで仰向けになる。
この景色も、今夜が最後か。
明日の夜からはまた新しい場所で朝を迎えることになる。
そんな初めての経験に胸は踊り、同時に不安な気持ちに襲われる。
…………もし隣が友好的でなかったらどうしよう。
ネットではそういうトラブルはよく聞くし、当事者にならないとは限らない。
聞くところによると普通の一人暮らしで静かだからとのことだが、警戒するに越したことはない。
やっぱりもっと自衛道具を持っていったほうがいいかもしれない。ケースに空きはあるし、そう思い立って引き出しへ向かおうとしたところで――――
「美汐ー! 洗濯物乾いたわよ~!」
「あ、は~いっ!!」
お母さんからの言葉でその行動は中断される。
そうだった。この空きは服を追加で入れるためのスペースだった。
私は帰ってすぐまとめ洗いしていた服を取りに部屋を出る。明日は引っ越しの日だ。初めての一人暮らしだ。
階段を降りる足取りは軽く、不安と同時に楽しみな気持ちに胸踊りながら洗面所に向かっていった。
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