キャットホール ③

 大穴の壁面と一体化しているのだ。

 面白い建築様式であり、「外からはその全貌を窺い知ることのできない、神秘の城だね」なんて、クリムはそんな感想を述べ、のち、馬車が止まって降りると、喚くプチィが目に入った。


「ナッツは入れねぇってどういうことだよ!」

「貴様は何を馬鹿なことを言っておる……わきまえよ」

 

 騎士は困惑するような顔で注意だけで済ませてくれたが、恐らく御威光とやらが輝いていなければ、それだけでは済まなかっただろう。侯爵に仕える騎士に平民などいるはずないのだから。

 

「あー、彼は外で待機させていてくれ」


 クリムはそう言うと、すっと手を差し出してベリーにも馬車から降りて貰い、腰に手をあてて彼女をエスコートし始める。


「やば……緊張してきた」

「なんで、慣れたものだろう?」

「魔法の国はね、夜の国から独立する際に民主制の国に変わったの。この意味分かる?」

「さあ……、でも変わった国だってのは知ってる」

「私は貴族ではあるけど、称号だけっていうか、まぁこっちみたいなごりごりの貴族してないってこと」

 

 さっぱりだと、クリムはそう思いながら案内役の騎士についていき、開け放たれた門を潜ってベリーとともに中に入った。


 細工を施された柱に、絵を刻まれた天井。

 城らしく、己が力を誇示するための装飾が施されているが、色が塗られておらず派手さに欠ける。雅な王宮に住んでいたクリムには無骨とすら感じられ、侯爵の猫となりが分かるようだった。


「流石はニャルキュリアの父君。武猫気質というか――――待った。違うな」


 柱の接触面を見ながら、クリムはニヤと笑った。

 やはりやり手であるようだ。まんまと一杯食わされるところだった。


「底の見えない相手ってのは痺れるね。ベリー、この城には技術の粋が集められているみたいだよ。柱の上下を見てみるといい。床や天井と一体化してる。建ててないんだよ、この城」

「うーん、掘って作ったってこと?」

「ああ。恐ろしいまでの採掘技術だね……」

「そんなに凄いの?」

「ケーキを横から掘ってみれば分かるさ。随分な無茶をやってのけてる」


 ふーんとベリーの反応は薄めだが、それが普通の反応だろう。驚嘆しているのはクリムだけだった。

 その後、客間に通されて、二匹は並んで長椅子に座す。

 前のテーブルには茶菓子が用意されており、ベリーがその内の一つを驚いたような顔で見ている。無数の魚の頭が飛び出た変わったパイだった。


「す、スターゲイザーパイ……どうしてここに……」


 ベリーはそう呟くと唾をのむように喉を動かす。

 獲物を狙うような目付きだ。好物なのだろうか。名家のお嬢様だというのにこんな変なものや、野鼠が好きだったりと本当に変わった味覚をお持ちのようだ。

 

「切り分けましょうか、お嬢様?」


 それが可笑しくて、クリムが半笑いで問い掛けると、ベリーは「ううん」と首を横に振った。

 

「いい。侯爵様の前で食べこぼしなんて口につけてたら、洒落にならないだろうし……」


 こっちは招待客だ。向こうが下手に出てきている以上、クリムはここに来る前からそういうスタンスでいくつもりであった。

 ゆえに遠慮する必要などないと思って、傍に控える召使いの一匹に、パイを取り分けて欲しいことを伝えた。

 

 するとあっという間に切り分けられたパイが前にきて、ナプキンも結んで貰えて食べる準備が整った。

 いいのかな、みたいな顔のベリーと一緒にホークでつついていると、ごてごてした貴族服に身を包んだ初老のオスがお目見えし、一緒に腰を上げようとするベリーを手で制して、クリムだけ長椅子から立ち上がった。

 

「おひさしゅうございます、殿下。私のことを覚えておいでだろうか」


 キャットホール侯爵で間違いなさそうだが、クリムは内で首を捻った。顔に出すまではしていない。既に戦いは始まっている。


「いやぁほんと、何年ぶりだろうね。歓迎感謝する」


 そしてそう切り返すと、侯爵の眉が僅かに持ち上がった。少しばかり驚いているようだった。

 

「覚えておいでであったとは。殿下とお会いしたのは殿下がまだ乳飲み子の頃だったように思いますが、その類い稀な記憶力には舌を巻くばかり。なんと聡明でいらっしゃることか」

「一度見たら忘れない侯爵自慢のそれのおかげだろうね」


 クリムがそう言ってこきりと曲がった尻尾を差すと、はっはっはと侯爵は大きな声で笑って見せ、軽く尻尾を振っていた。


「鍵しっぽでなければキーテイルにあらず。例え嫡雄ちゃくなんだろうと尻尾が折れ曲がっておらねば家督を継ぐことも許されず、ゆえにこの尻尾はキーテイル家の象徴であり、誇りでもありましてな。それを殿下にお褒め頂き光栄至極にございます」

 

 クリムも相好を崩してみせ、手を差し出して侯爵と友好関係を示し合う。

 しかしこんなものは貴族社会において『こんにちは』と同義。腹を探り合うのはこれから。

 食器の乗ったワゴンを押してきた召使いが、淹れたての紅茶を配り、カモミールの爽やかな香りが漂う中、クリムが片手を開いてまずベリーを紹介した。

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