第三章 海上にて
戦士の顔 ①
月が沈むと潮が引き、アンダーノーズの砂浜の傍には岩礁地帯が姿を現す。
朝。宿を出たクリムはそこへ向かい、ベリーとプチィがあとに続く。
シュタッ、シュタッと上を飛び移っていると、「うわっ!」と後ろで声が上がり、振り返るとベリーがバランスを崩していて、クリムは咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
「おっと――――大丈夫かい?」
「うん、ごめん。ちょっと昨日眠れなくて……」
ベリーの目の下には、濃いクマが浮かんでいた。そのせいで足元が疎かになっていたようだ。
「そんなんじゃ危ないって。宿に戻って寝てるといい。日暮れ前には帰ってくると思うし」
「いやよ。眠れないって言ったでしょ。クリムが無事に帰ってきたら、そのあとゆっくり寝るわ」
強情っ張りな子だ。クリムはそう思いながら、やれやれとばかりに肩を竦める。
何が彼女をそうさせるのか、よく分からなかったが、見つめてくる彼女の表情には鬼気迫るものがあり、凄く心配されている、ということだけはよく分かった。
「苔で滑りやすくなってるから、プチィも足を取られないようにね」
何か言おうと思ったが、どんなふうに彼女に声を掛けたら良いの分からず、プチィにそれだけ言うと、クリムは先へ進む。
岸壁に空いた大穴が見えてくる。海水が奥へと流れ込む海蝕洞。そこを根城としている者達がいて、中に入っていくと、入り口の所に立っていた縞模様の服を着たオスに呼び止められた。
「へへ、お待ちしておりやしたよ。おかしらは奥にいやす」
そのオスに案内して貰いながら、クリムは彼らのアジトを物珍しげな顔で眺め始める。他の二匹もそう。
大きな帆船が四隻もあった。それらを整備するための高い木の足場も組まれ、奥には小屋。
その前にはマストがいて、「よう」と片腕を上げてくる。
「やぁ、マスト。紹介するよ。旅仲間のベリーと、勝手に僕らについてきてるプチィだ」
クリムが片腕で差して順に紹介すると、マストはへっと笑う。
「メスに子供連れたぁ、余裕じゃねぇか」
「すき好んで連れてきた訳じゃないさ。勝手についてきたんだよ。あ、そうそう――――」
プチィの方を向くと、ハッとしたようにプチィが声を上げた。
「おい、お前! おいらも連れてけ!」
「……俺の娘を思い出す生意気加減だな。駄目に決まってんだろ。ここで待ってな」
当然ではあるが、マストからの返事は色よいものではない。しかし、
「はん、そう言うと思ってたぜ。でもな、おいらは勝手についていく。好きに生きるってもう決めちまってんだよなぁ、これが」
プチィはそう言うと、チッチッチと指を振り、マストは呆れた顔で見て、その顔を向けられたクリムは、まるで溜息でもこぼすように彼にこう言った。
「まぁ、こういう子なんだよ。縄で縛っておいてくれないかい?」
「おう、そうさせてもらおう」
マストはそう答えるや否や、子分達に指示を飛ばした。
「おい、誰かロープ持ってこい。そんでこのガキ縛っておけ。念入りにな」
「は、はぁ!? 待てよ! クリムの兄貴も酷いぜ、そりゃねぇっての!」
「プチィ、君が好きにするように、僕らも好きにする。それがいやなんだったら、自力でどうにかすることだね」
クリムが冷たく突き放した直後、子分の一匹がロープを持ってきて、プチィはすばしっこく逃げ回り始めたが、山ほどいるマストの子分達にあっという間に追い詰められて、お縄をその身に頂戴していた。
「ニャァアアアア!! こいつを解きやがれ! こん畜生!」
「諦めなボウズ。少しの間、大人しくここで俺らの帰りを待ってるんだな」
「そうそう、気概は買ってやるけどよ。ガキなんざ連れてけねぇ。もう少し大きくなってからまた来な」
「うるせぇ! おいらはもう行くって決めたんだ。こんな縄くらい、こうしてやらぁ!」
プチィはロープに噛み付き、力いっぱい噛み切ろうとしていたが、身を縛る太縄をその小さな牙で断ち切るにはかなりの時間を要することだろう。
周りを取り囲んでいた子分達もすぐに離れていき、マストの前に集合した。
「よし、それじゃあさっさと船に乗り込んで、クジラ討伐と洒落込むとするか。てめぇらぁっ! とちったりすんじゃねぇぞぉっ!」
へい、と一斉に返事をかえした子分達は、四隻の船に別れて乗り込んでいき、彼らを見送る居残り組のことがクリムは少し気になった。
魚のヒレを持っている。あれは確か――――、
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