KAC202211 日記

@wizard-T

幸福な王子

○月×日

 一羽の燕が飛来し、空き缶をくわえて行った。







 ……その一文を最後に、その日記は終わっている。




「信じられませんけどね」

「ああ、たった数ヶ月でこうなるんだからな……」


 あまりにもあっけない社長解任劇———からの、一家心中。


 さすがに社長の座を取り上げた人間たちも口を押さえるほどには無惨で悲惨な死に様。


「四代続いた大企業の御曹司一家が最後は灰色のジャージ一着だもんな」

「悪い事はするもんじゃないと言えば簡単ですけどね。何もここまでって気分もありますよ」

「有名税もバカにならないな。弁護士たちもあわてふためいてるよ」


 四代続いたゆえになまなか知名度が高く、それゆえに「悪の大魔王」扱いされてしまったかもしれない家。残業代未払いから端を発した一連の騒動により「ブラック企業の被害者」たちは確かに労働相応の金銭を得たが、同時に少なからぬ犠牲を払った。



 銭ゲバ。逆パワハラ軍団。愚民政策の被害者。弁護士たちの傀儡。



 そんな肩書を投げ付けられた社員たちはむしろサービス残業を増やしてが、業績はむしろその前より悪化していると言う事を刑事たちは知っている。

 外様の元部長にして新社長もええかっこしいだの野心のために相手を踏みつけにしただの言われ、給料の半分を社員に分配してなんとか求心力と世間の許しを得ているような状態だった。


「でも、もしあの燕からこの一家の没落が始まったって言うんなら、一かはこの燕を八つ裂きにする資格があると思いますけどね」

「燕に善意も悪意もないと思うけどな」

「そうですかね。ここが一家の土地であった以上ごみを捨てるのは勝手だと思いますけど。もしそのせいでこうなったって言うんなら相当に根深い悪意があったと言えますよ、あれはブラック企業の手先ですか」

「とにかく賠償金その他を受け取った弁護士たちも現在は爪弾きに近い状態位だからな、それで少しは留飲も下がるだろ」


 ポイ捨てが悪いのは明白だが、たかが缶コーヒー一本を私有地に捨てた所でああそう以上の問題ではない。

 信賞必罰は組織の原則だが、それにしても刑罰が合っていない。

 もし同じことが起きた場合、二の足を踏むのではないかという懸念を巻き起こさせた事がこの後輩には腹立たしかった。


「ですけどね、実は僕のいとこが務めてる会社がここの主の同業他社でね」 

「それが」

「実はここの主のいとこの子もそこにいるんですよ。かなり真面目でいい子でモテるって言うか既に妻子持ちで、仕事もできるそうですし」



 ——————吸収合併、あるいは子会社化からの社長としての赴任。 

 そんな事になれば、いよいよこの日本史上最大の偽善による茶番劇は幕を下ろす事になる。


「猛獣は獲物を前にして闘争本能を押さえられなくなっちまったのか……」

「でも誰をどれだけ責めればいいんですかって話ですけどね。って言うかまだ財産は9ケタあったのに、いくらでも立て直せたはずなのに」

「四代目様って言うにはな……」


 刑事たちは日記の一ページ目を読み、深くため息を吐いた。




 あまりにも優しく、真面目過ぎた四代目様の。







○月×日

 しょせん社員ありきの話に過ぎない。

 どうやって彼らに報いるか。給料か?休暇か?

 しかしどうにも仕事がうまく行かない。私も毎日10時間以上詰めているのに。

 ああ、どうしたらいいのか。

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