KAC202210 真夜中

@wizard-T

ライオンを殺す男

「まったく、十日前の俺が知ったらどう思うかね」



 そんな事を言いながら、男は銃を持って歩いている。

 銀玉鉄砲や水鉄砲ではなく、本物の猟銃。

 当然殺傷能力があり、ライセンスなしで持てば即座に手が後ろに回るような代物である。

「にしてもなんでまた俺らのような」

「捨て駒なんだろよ」

 二十代後半になっても定職を持たない派手派手な格好をした彼ら、ともすれば一番銃を渡してはいけないような存在に持たされた銃は無駄に輝きながら、彼らの存在を強く示している。

 ある日お偉いさんによって、急に銃のライセンスと数日間の訓練を与えられた彼らは今こうして、得物を求めて狩場を歩いている。




 数日前まで、歓楽街と呼ばれた場所を。




「クラブも居酒屋も閉店だってさ」

「俺の妹もブクロでホステスやってんだけどさ、そこにも出たらしいぜ」

「だよな、どこの動物園かと思いきやどこにもいねえって、そんなライオン」


 ある時から日本中に現れた、ライオン。

 そのライオンは真っ白な毛皮を持ち、繫華街に現れては人を襲う。

 オスメスの比率は1:1とも3:7とも言われているが正確な所はわからず、いずれにしても繫華街に現れて人を襲う事はわかっている。


「ここが入り口っつーか、限界点だよな」

「しかし最近じゃ新橋にも出るらしいからな」


 ライオンたちは決して一定の範囲内からは出ない。

 その範囲内に人間がとどまる事を極端に嫌い、徹底的に排除しようとする。

 だから撤退するだけならば実害はゼロであり、しかも夜にしか出ないと来ている。


 そのため、一般人にはあまり実害がなかったのも事実だった。


「オフィスビルやコンビニにはいねえんだよ、困ったらコンビニに逃げろとかってよく言うけどさ」

「本当、まるで図ったかのように。それでも死者が出たせいでやっと本気になったとか」


 だから行政が本気で動き出したのは死者が出てからであった。

 年収八ケタの売り出し中の新米キャバ嬢が、ライオンに襲われて四肢をもがれ顔を八つ裂きにされ糞尿がかけられ徹底的に尊厳を破壊された姿で死体で見つかり、歓楽街が阿鼻叫喚の渦に包まれたのは二十日前の事だった。


 深夜に、歓楽街で、一定の区域を歩く、その他の生態がまとめられたのはその後一週間であり、それに伴い多くのフリーター・ニートと言った存在がこうして「害獣駆除」に駆り出される事となった次第である。


「にしても眠いな」

午後十一時だろ、寝てられるかっつーの。一晩で27000円もくれるんだからよ」

「って言うか労災もバカ高いですよね」


 彼らの仕事には早番と遅番がある。早番は20:00~0:00であり、遅番は0:00~5:00である。だが彼らは賃金に魅かれてフルタイムを選んでおり、勤務時間はまだ六時間も残っている。

 だからこそ現れない事を期待しつつゆっくりと歩きまわるが、それでも昼夜逆転に慣れきっていない男の瞼は徐々に重くなっていた。




「ウウウウ……」




 その彼らの眠りを覚ますかのように、唸り声が鳴り響く。


 やけに立派なたてがみをした、深夜ゆえに却って目立つ真っ白なライオン。


「来ちまったよやっこさん……」

「どうする?」

「どうするも何も撃つしかねえだろ……」


 ターゲットに向けて銃を構え、引き金を引く。

 修練通りに行われた行為によって放たれた二撃はライオンの両頬にめりこみ、赤い血を流させる。

「ウオオオオオ……!」

 次が来るぞとばかりに再び弾を装填する二人に向かい、ライオンは吠えた。

 そしてそのまま二人にゆっくりと近寄り、飛びかかる。


「来ちまったよ来ちまったよ!」

「このこの!」


 後ずさりながらも次なる攻撃を放つ。

 三発、四発。


 攻撃は命中しライオンに出血させるが、それでも敵の進軍は止まらない。


「連絡は付いてるのか!」

「ありません!って言うか他でも迫ってるみたいで!」


 援軍が期待できないと言う絶望に駆られながら、二人は必死に撃つ。

 死に物狂いで、目の前の爪牙の持ち主の命を奪わんと欲する。



 だが、おかしい。



 敵が迫って来ない。銃弾のダメージと言うには不自然なほどの、減速。



「ダ…………メ…………」

「今なんか聞こえなかったか!」

「何言ってるんですか、早く撃ちますよ!」


 ダメ。いったい何がダメなのか。


 そんな事に気づく事もなく、二人は銃弾を撃つ。

 目の前の命を奪わんと、必死になる。


「ソウ、ソンナニ、」

 ライオンのうめき声などに耳を貸すことなどなく、頭に血を登らせる。


 この街に平穏を取り戻し、また雑然としながらも活気のある街を取り戻すために—————という大義名分はさておき、二人は金と御身大事のために、殺生を行っている。


「コノ、キタナラシイ、マチガ……」

「何が汚いんだよ!このケダモノ!」

「ケダモノ!コノマチニスム、ケダモノタチヲマモル、ナゼ……」


 そして、一頭の白いライオンは息絶えた。


「って言うか誰と話してたんです?」

「知らねえよ、とにかく死亡確認って事で頼むぞ」

「はーい」


 そして、彼らはライオンの死体を行政のお偉いさんに引き取ってもらってからいったん本部へと戻った。

「見事だったな、という訳で今日は上がりだ。ああ報酬の50万円はちゃんと振り込むから安心してくれ」


 お役人様に言われて年上の男は帰り、年下の男はそこに併設されている宿舎で横になった。
















 さて翌朝、一人の老人が死亡したと言うニュースが入ることを彼らはまだ知らない。


「年齢は七十八歳、元中学校教諭で四十年以上その道一筋。大変真面目で地域住民に慕われた頑固一徹な昭和の先生でした。飲まず買わず打たず家族第一、そんな人がなぜ……なぜ」

「ええ、深夜に、それも室内で集団リンチにより殺されなければ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

KAC202210 真夜中 @wizard-T

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説