KAC20226 焼き鳥が登場する物語

@wizard-T

オアシス

 この街には、一軒の焼鳥屋がある。




 その店のルールはただ二つ。


 ちゃんと代金を払うこと。ツケは認めない。

 決して他の客に迷惑をかけない事。


 その条件さえ守れば、あとは何もない。ただ、それだけの店である。







「いらっしゃい」


 その店の味を求めて、今日もあまたの客がやって来る。


「あーこんばんわ……」

「どうしたんですかそんな顔をして」

「連勝ストップしちまったんだよ…………」


 くたびれたスーツを身にまとった、お手本のようなサラリーマン。カウンター席に座るといつものと言いながら注文を頼み、そのまま無言で注文を待った。

 やけにだだっ広く真新しい店内で、入り口すぐのカウンター席。そこが二十年通い続ける彼の指定席だった。


「ったく、今年もどうせ優勝だと思ったのにこんな調子で大丈夫かね……」

「まあまあ、他のチームも打倒に向けて気合入ってますから」

「だよな、油断大敵だよ本当……」


 その男が店主にする話はいつも同じだ、地元からずーっと応援して来たあの野球チームである。店主自身はどこのファンでもないが、その男と付き合ってきてそれなりに慣れたつもりでいた。だがそれでも内心では辟易しているのを隠すかのように、手を激しく動かして鳥を焼いている。


「いらっしゃい」


 次の客が来た。


 腰に剣を差し、鎧をまとった二人組の客は一番手前の座敷に座り、いつも通りのメニュー二人前を注文する。

「それで今日はどうだったんです」

「まあまあだな、コボルド十四匹ほどやって来たからよ」

「見栄を張らないでください、あなたは四匹で私は十匹でしょ」


 焼き鳥屋と言う職人的な言葉からは及びもつかないような営業スマイルと共に、彼らの分の焼き鳥を焼き始める。

「聞いてくださいよ本当、うちの女房ったら焼き鳥はいいけど酒はダメだって、ここお酒ないんですか」

「ないですよ、ここはお酒を飲むための場所じゃないんですからまったくもう」

「それでこのままじゃ優勝できねえって言ったらほっといても勝つでしょうって、正直勝たないと仕事にも調子出ないんですよ」

 その間にも、カウンター席から愚痴がこぼれ出る。

「いらっしゃい」


 第三の客が来た。


 セーラー服とブレザーが混じった、女子高生の団体。しかも全員が機関銃を持っている。


「すみませーん、モモとレバー二十本ずつ」


 これまたいつもの注文だった。部活終わりに主食のモモと体のためのレバーをこの店で取り、そして本番に備えるのが彼女たちなのだ。

「今度はどこだい」

「ガニメデ行くんだよねガニメデ!」

「それは最終目標でしょ、まずはフォボスでの戦いに勝たないと」

「ああごめん、まずはタイタン高校との対抗戦を制しないとねー」

「私の一撃で相手を崩して、そして皆さんに勝利を」

 黒髪ロングの少女が一番大きな座敷席の中央に座り、機関銃を天に向ける。

「頼むよみよちゃん、わが校のエース!」

「中継あるかい?とにかく楽しみに待ってるからな!」

 拍手喝采が起き、かしましい声が鳴り響く。

「……なあ聞いてくれよ、なんであんないいピッチャーが生えて来るんだ?そういうのは俺んとこの専売特許だったのにさ」

「そりゃまあ…」

「来たぞ」

「ああいらっしゃいませ」



 三組目の客は、青くとがった髪に赤い肌をした男と、蝙蝠の羽を生やしたやたらコケティッシュな美女だった。

「ご注文は」

 と聞く前に、美女の方が千円札二枚と百円玉六枚を出す。店主はそれを無言で受け取り、横を向きながら叫ぶ。

「はい魔王様セット二人前ー」

「あいよ!」

 店主の妻は軍隊のように手を挙げ、その調子で二番目に入って来た客にメニューを持ち運ぶ。


「「お待たせしました」」


 男女の声が同時に響く中、魔王とサキュバスは奥の席に向かう。


「あー魔王っちおはよう」

「サキュバスさんもお元気なようで」

「フッ……そなたらも楽しそうで何よりだ」


 魔王は女子高生のあいさつにも口元を緩ませ、牙をのぞかせながらも楽しそうに答える。


「そうね、それでそっちは何匹の魔物を狩ったのかしら」

「二人合わせて十四だってー」

「私たちは昨日だけで二つの世界を征服したぞ、お前たちは」

「今度火星にまで行ってきまーす、って言うか今日は来ないのかな―」

「織田信忠なら来んぞ」


 そして魔王が衝撃的でもない事実を告げると、女子高生たちも魔物狩人たちもあからさまに落ち込む。


「えーキミョーくん来ないの本当ガッカリ!でしょランサーくーん!」

「そうだよな、この後ケンタロウくん来ないでしょうね店主さん!」


 槍を持った男がため息を吐くとドアが開き、悪い予感が当たったと言わんばかりにランサーは頭を抱えてしまった。


「ご注文は……」

「バブバブバブー!」


 宙に浮く赤ん坊の男の子は五百円玉を置き、お釣りの四十円を握りしめながらカウンター席の端っこに座る。

「ごめんねケンタロウくん、今日キミョーくんいないんだよー」

 ケンタロウと織田信忠はこの店の常連であり、いつも織田信忠の膝の上で鶏皮を食べるのがこの店の恒例だった。

「彼も忙しいのです、今頃は本願寺と戦っているのではないでしょうか」

「そうそう、だからケンタロウ君、今日は我慢しなさい」

「お姉ちゃんたちが遊んであげるから―」

 もちろん常連客の彼らはその事がわかっているから何の反応もせず、ただ淡々と自分たちなりのいつもの答えを出すだけだった。


「ったく明日は首位攻防戦だよ、絶対あの狸を脱がしてもらわないとな」

「ああみなさんの分お待ち!イオでの戦いは良かったよ!」

「キタキター!ってあれケンタロウくんもう?」

「ってちょっと!店主!なんでそっちが先に!」

「落ち着け、相手は赤子だ」

「おおケンタロウくん、ちゃんと二本食べられるかな!」

「あなたは食べるのが速すぎます、それだから猪突猛進して私が広範囲魔法を使う羽目になって」

「本当、ここでビシッと勝ってくれねえとさ……」

「ああ魔王さんサキュバスさん、もうちょっとお待ちを」

「すまんな、いつもレバーを食べるピカチュウがいないせいでな」

「あーそうだよねー、サキュバスさんってピカチュウの事好きだもんねー」



 この店のたちは、皆和気あいあいとしている。

 誰も不平不満を述べず愚痴をこぼす事もなく、焼き鳥を食べている。

 織田信忠やウデフリツノザヤウミウシと言う他の常連客がいない事に少しだけ不満を抱きながらも、実に平和に過ごしている。

 



 ただ、それだけの店である。

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