KAC20225 88歳
@wizard-T
1950年から72年間
50円玉1枚と10円玉2枚と、5円玉1枚に1円玉2枚。
合計67円。
その小銭を握りしめるひいおじいちゃんの顔は、本当にかっこいい。
「お父さんは昔から春夏と秋冬で別人だったからな」
「そうよね、私もずいぶんと苦労したから……」
おじいちゃんとおじいちゃんの妹さんは共に苦笑いしている。
その67円の先にある存在に、ひいおじいちゃんがどれだけ救われ、そしてどれだけ振り回されて来たか知ってるから。
私は今、東京に住んでいる。
でも、ひいおじいちゃんもおじいちゃんも、東京じゃなく広島って所で生まれた。
そこにはいろんな凄い物がある。ひいおじいちゃんもおじいちゃんも、そう聞かせてくれた。
そしてひいおじいちゃんはいつも、67円のお話をしてくれた。
昔は72円だったけど、ある時から67円になり、それからずっと毎回67円。
私でも払えそうなお金だけど、そのお金を毎年、毎年、思いを込めてひいおじいちゃんは入れていた。
そのせいでちょっと嫌な思いをした事もある。
私が赤い帽子をかぶって小学校に行くと、周りには黒や緑色ばかりがいる。たまに青もいるけど、どっちにせよ赤は私一人だった。
たった一人だった赤い帽子が増え始めたのは、六年前。私が小学二年生になった時。
みんなして赤い帽子をかぶるようになり、急に私もお友達が増えた。
その事をひいおじいちゃんに言うと、ひいおじいちゃんは67円を私の手に乗せて来た。
「ねえ、なんで67円なの?」
「これはな、昔ひいおじいちゃんが一番、嬉しかった時のことだよ……」
43年前。お父さんもお母さんもいない頃。
ひいおじいちゃんの大好きな、赤いヘルメットのチーム。
そのチームは67個の白星を積み重ね、日本一になった。
その時からずっと、ひいおじいちゃんは67円を入れていた。その前は72円だったけど、その時からずっと67円になった。
東京にやって来てからも67円を毎年紙袋に入れ、お友だちに頼んでどこかへ送ってもらっていた。
73円や75円にしないのとか言われたけど、ずっと67円のまんまだった。
「だから言ったのだ、油断するなと……」
五年前、88円にしようと言った時もひいおじいちゃんは67円しか入れなかった。それであんなひどい負け方をしちゃったせいで、もう誰もこれ以上ああだこうだ言えなくなっちゃった。
「しかし元気だな松井は、いつヤクルトに移ったんだ」
「これは村上よひいおじいちゃん」
「ああそうか、まったく大瀬良も甘い球を打たれおって、勝負を焦るのがいかんのだ。それで菊池の守備には高橋も脱帽だな、しかし佐々岡も大丈夫なのか?本当に現役時代は凄かったがなあ……」
さすがにもう全盛期には遠いはずのおじいちゃんだけど、それでも赤いヘルメットの事になると本当に元気になる。
この前、くりとくりを足すといくつかって聞いたら、パッと31って答えてくれた。
ああ同級生の赤い帽子の子は九里+九里=十八里だから72キロぐらいって言ってたけど、ひいおじいちゃんにとってはクリと言えば九里さんと栗林さんなんだよね。
本当、その時のひいおじいちゃんはかっこよくて素敵だ。
だから、私も今度広島に行った時には、67円を入れようと思う。
あの、大きな樽に。
KAC20225 88歳 @wizard-T
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます