5.企鵝怪人、ペンタクス
「行くがいい『
俺の斜め後ろに直立不動で立つ黒いマントを羽織った仮面の男が大仰に指示を出そうとしているが、今日は何か歯切れが悪い。
「総統、そのー……突風はちょっと……あー、嘴……『
俺の隣にいる、本来なら馬鹿笑いしている筈のモノクルをかけた白衣の男が無理矢理俺に意見を求める。
「いや、俺に振られても無理だろ……。自分で何とかしろよ……」
赤いパーカー姿の俺だが、今回の怪人に関してはどうしようもない。
【
俺の隣にいるモノクロ白衣の男、プロフェッサー・シュートがペンギンをベースに作り出した怪人だ。
怪人……と言ってしまえば聞こえがいいが、実体は体長50cm前後の丸くてもふもふした何かである。
つぶらな瞳は庇護欲に訴えかけ、丸みを帯びた嘴はキュートさを演出している。もちろん翼に突風を起こせるような力はなく、水中でも並のペンギン未満の遊泳能力しかない。
……つまるところ、完全な愛玩生物である。
いや、俺は全身全霊で止めたんだよこいつを実戦投入するのに。しかし俺が必死になればなるほどあの二人は逆張りしやがって、結局出撃することになってしまった。
「きゅー」
丸くてもふもふした何かはとてとて歩きながら可愛らしい鳴き声で興味津々に辺りを見回している。
ブラックロンド団出現の報を受けて警察官達も何人か来ているが、皆一様に苦笑いと言うか呆れた雰囲気が漂っていた。
「今日と言う今日は容赦しないわよ! ブラックロンド団!」
「あなた達のその悪行、報いを受ける時が来たようね!」
「悪い子はお尻ぺんぺんだよー!」
事態がどうしようもなくグダグダになってきたときに突然現れた甲高い声と謎の光。
声のする方向を見るとピンク、青、黄色とカラフルな三人の少女達が、大通りの真ん中で謎のポーズを決めていた。
「正義と希望の使者、プラチナ・ピンク!」
「理想と愛の守護者、プラチナ・ブルー!」
「夢と未来の伝道者、プラチナ・イエローだよー!」
「「「三人揃って、プラチナ・プライマル!!!」」」
現れたなプラチナ・プライマル! 今日ほどお前らの出現を待ちわびた日はなかったぞ……!!
何とも言い難いこの状況にケリをつけてくれ頼む……!
「か……かわ……」
「く……卑怯よブラックロンド団……! そんな……、そんな丸くてふわふわしてるの……!!」
「いやあああかわいいいいい何それええええ!」
あ、こいつらもダメだ。
まあ仕方ないわな。こう言うの大好きだものな普通の女子中学生は。
「きゅ?」
丸くてよく分からないが小首をかしげるような動作をして、ペンタクスはプラチナ・プライマルの方にぴこぴこと近づいていった。
「はあああああ何このいきもの……。もふもふしてる……」
「ちょ……ちょっとこの目、この目……! くりくりじゃないの……どうして……」
「ああーーーふかふかだよぉーーーかわいいねえええぇ」
三人ともすっかりペンタクスの虜である。俺達ブラックロンド団及び警察官達はそれを遠巻きに見守っているだけだった。
「なあ、今ならあそこにフレイムブラスト投げつけたら、かたがつくんじゃないか?」
俺は三色パン共がペンタクスときゃいきゃいしている方を指さしながらそう提言してみる。
「馬鹿者! それでは我等のペンタクスまで巻き込んでしまうであろうが!!」
「そうだぞファイヤースパーク! お前には人の心がないのか!!!」
いや、なんで俺がそんなに責められなきゃいけないんだよ、お前達犯罪組織の幹部だろ?
味方諸共攻撃するなんて悪の組織は当たり前にやるだろうが。思い出せ、悪の犯罪組織としての矜持を。
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まさに膠着状態である。
プラチナ・プライマル達はペンタクスと無邪気に遊んでおり、俺達ブラックロンド団も投入した怪人があの調子なので特にすることがない。
警察官達もプラチナ・プライマルとブラックロンド団が何もしてないので、どうしようもなかった。
俺もなんだかこの状況を持て余して一人離れてぼさっと突っ立っていたところで、警察官に声を掛けられる。
「あのー、一応ですね、路上で催し物をやる場合は警察署で道路占有の許可を取ってもらわないとね、困るんですよ」
「いや、それはそうなんですけど、悪の秘密組織にそれ言います?」
「一応ねえ、我々としても職務上言っておかないとねえ……」
警察官達もこの状況に完全に困り果てていた。
確かに警察官達に我々ブラックロンド団を何とか出来る能力はない。
戦力で言えば我が国が誇る自衛隊ですら俺達を押さえつけることができなかったのだ、警察官達に何とかしろと言うのも酷であろう。
それ故に、今までは俺達に対して唯一対抗できるプラチナ・プライマルに任せっきりだったわけだが、そのツケが今ここにきて回ってきているようだ。
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何時間も無駄な時間を過ごしてしまった気がする。
昼過ぎにペンタクスを投入したはずなのだが、もはや日はとっぷりと暮れ落ち、周囲は闇に包まれ始めていた。
プラチナ・プライマルは相変わらずペンタクスに夢中だし警察官達も野次馬を制止しながらその様子を遠巻きに眺めるだけである。
俺達ブラックロンド団も本当にやることがない。
町内に夕刻を告げる防災無線の音楽が流れ始めたところで、今まで押し黙っていたマスターブラックが唐突に叫びだした。
「ふはははは! 愚民共にプラチナ・プライマルよ、命拾いしたな! 今日のところはこれで許してやろう!! 次に相見えるときは覚悟するがよい!!!」
マスターブラックがそう叫ぶとクソ白衣も負けじと大きな声で高笑いしながら叫びだす。
「くはぁっはっはは!! 後は任せたぞファイヤースパーク、そしてペンタクス! 私は次なる怪人の研究をせねばならぬのだ!! それでは、さらばだ!!!」
そしてマスターブラックとクソ白衣は包囲している野次馬を掻い潜り、走り去ってしまった。
「うーん……わたし達もそろそろ帰らないとまずい時間ね……」
「宿題いっぱい出てるものねー、終わる気がしないよーー。ブルー、助けてよーー」
「助けてあげたいけど、私も今日これからピアノレッスンがあるのよ……早く帰らないと……」
「そっかー……ピンクと一緒にやれば終わるかなぁ……。ぺんぎんさん、またねー。また遊んでねー」
ただ遊びに来ただけだったプラチナ・プライマルの三人もペンタクスに別れを告げると、どこへともなく行ってしまった。
俺達を遠巻きに眺めていた野次馬達も一人二人とこの場を去り、いつしか街は日常に戻っていく。
ひとり残され夕暮れに佇むこの俺、ファイヤースパークに対して警察官達のリーダーと思われる人物が声をかけてきた。
「あのー、その生き物、どかしてもらっていいですか?」
「あ、はい……、そうします……。あの、どこかでこいつを引き取って貰えるようなところ、ないですかねえ……」
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結局
その愛くるしい姿と人懐っこい性格は瞬く間に動物園の人気者となり、珍しさも相まって遠方からも客を集める人気コンテンツとなっているらしい。
観光客も増えて市の財政も随分潤っているようだ。
今では町中の土産店でペンタクス饅頭やペンタクスキーホルダー等が売られ、また、市としても市内循環バス・ペンタクス号と言った企画も持ち上がっている。
まさに町を挙げての人気者である。
期せずして地域貢献をしてしまった我々ブラックロンド団の三人は今日も今日とて変装しながら、溢れる人垣に紛れてペンタクスの活躍を檻の外から見守っていた。
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