4.ブラックロンド団総統、マスターブラック
「この世に闇がある限り、光はきっと、現れる!」
「その光は始原の力! 闇を滅ぼし悪を討つ!」
「集え! あまねく世界の光よ! 我等の祈りを力にかえて、全ての闇を打ち払わん!」
「「「プライマルスター・シャイニング!!!」」」
光の奔流が俺達を包みこみ、そして大きく爆発した。
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「残念ながら、今回も失敗であったな……。しかし、世界征服の足掛かりとしては、非常によいところまで行けたようだ」
立派な革張りの椅子に腰掛けている黒マントの男、我等がブラックロンド団総統・マスターブラックが、パック寿司のサーモンをつまみながら言った。
「く……、何故だ……。我が最高傑作、『
モノクルをした白衣の男、プロフェッサー・シュート……通称クソ白衣……が玉子の寿司を食べながら歯噛みする。
「リザーダー、結局あんまり働かなかったからなあ……。取り囲んでた警察官達も、なんか苦笑い浮かべてたし……」
赤いパーカー姿の男、ファイヤースパーク……俺のことだが、海老の寿司に手を伸ばしながら嘆息交じりに毒づいた。
「何を言うか! お前も見ただろう、リザーダーのあの俊敏な動きと
「いやそもそも、そもそもだよ!? 日のあたるところに出たらいきなりひなたぼっこ始めて活動停止する怪人とかおかしいだろうが!! 最後までめっちゃ気持ちよさそうに寝てたぞあいつ!!!」
ちなみに
「プロフェッサー・シュートにファイヤースパークよ、作戦の失敗で気が立っているのは分かる……。だがしかし、組織の結束が乱れればそれだけ世界征服が遠のくと言うことになるのだ……。お互い矛を収めるが良い」
マスターブラックが諭すように俺達に言った。
「は……申し訳ありません……」
「ウッス、気を付けます」
俺もクソ白衣も素直に従う。二人とも喧嘩がしたいわけではないし、実のところそれほど仲が悪いと言うことでもない。
「今回について言えば、失敗ではあったが非常に有意義な作戦であったと思う。次回こそ世界を征服し、勝利の美酒を我等が食卓に並べようではないか。ブラックロンド団に栄光あれ」
「「ブラックロンド団に栄光あれ」」
反省会もたけなわ、俺達はブラックロンド団の栄光を誓い、団の標語を唱和した。
「ああ、ファイヤースパークよ、忘れてはいないだろうが、明日は町内会早朝清掃の日であるぞ。努々遅れぬようにな」
すっかり忘れてた。
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「おはようございまーす」
「おお、
「うむ。会長よ、朝からご苦労であるな」
朝の商店街は人通りもなく清々しい。
小太りで丸眼鏡をかけた町内会長から清掃用具を受け取ると、俺とマスターブラックは割り当てられた場所の清掃を開始した。
マスターブラックはいつもの黒マントに仮面の姿ではなく柄シャツに黒ズボン、そして帽子にサングラスと言う出で立ちであり、「株式会社
俺もパーカーではなくスーツを着ていた。今の俺は黒舞商事の営業部長、「
クソ白衣はもちろんこう言うところには出てこない。あいつの社交スキルは皆無だしその場に存在しているだけでややこしくなるので正解とも言える。
「タバコのポイ捨てが目立つな……。この世界を征服した暁には真っ先に正さねばなぬ」
「そうっすね。あんまり気持ちのいいものじゃないですしね」
道の端を箒で掃きながら、他愛もない会話をする。
俺達は悪の秘密組織ブラックロンド団の表の顔、株式会社
元々
町内会長とはそのトレーニングジムで知り合った。
実態は悪の秘密組織なのだから町内会の行事や早朝清掃など無視していればいいと思うのだが、「表の顔に実体をつけるならば、町内会の行事なども出ておかないとまずかろう」との事なので二人して参加している。
こう言うご近所付き合いがあると後々世界征服の障害とかにならないのだろうかと疑問にも思うのだが、今のところ世界征服どころか町内の征服すらできそうにないので、取りあえず置いておくことにした。
「カラスが来ておるな」
「生ごみ荒らされると厄介ですね。ここの集積場にもネットの導入を打診しておきましょうか」
「うむ。役所と町内会長に話をつけておかねばなるまい」
前に聞いた話だが、マスターブラックの若かりし頃は裕福な名家の跡取り息子だったらしい。
祖父であった当主が信頼していた仲間に裏切られ、全ての財産を失い一家は離散。両親は失意のうちに死亡し、以来辛酸を舐め続けてきた。
その後裏切り者は総理大臣等を歴任し、子や孫達も政治家や大企業のトップとして活動していると言う。
しかし、その辛苦を極めた半生が世界征服への動機と原動力となっているらしいが、反社会的な活動をするよりも別の方法で見返してやった方がいいのではないだろうか。例えば経済界を支配してそいつらを顎で使うようになるとか。
「誰のお陰でここで商売できとるんか、わかっとるんかあんた等!」
「いえ、そうは言われましても……」
二人で黙々と掃除をしていると、何やら商店街の奥の方、町内会長達が受け持っている方が騒がしくなってきた。
「あんた等なあ……誠意っちゅうもんが足りないのとちゃうか? 今まで厄介ごともなく平穏無事に商売できてきたんは、誰かが影であんた等の事を必死で守ってくれてる……そういう事を忘れてるんじゃないかって事を、わし等は言いたい訳よ」
騒がしい方を見ると掃除をしていた町内会長達に対して地場の暴力団が舎弟を引き連れて何やら脅しをかけている。その数およそ十人ほど。
話の内容を聞くに、みかじめ料の徴収と思われる。
町内会の主要メンバーを一挙に恫喝でき、警察官達の動きも鈍い早朝のこの時間を明確に狙い打ってきたのだろう。
無論この俺、ファイヤースパークの手にかかれば街のヤクザやチンピラ程度、ものの数分もかからず制圧できる。しかし株式会社
今にも押し切られそうな町内会長達を前にどうしたものかと考えていると、マスターブラックの方が先に動いていた。
「ファイヤースパークよ、戦闘服の用意はあるか?」
マスターブラックはどこからかいつもの仮面と黒マントを取り出し、それを身に着けている。
「ええ、持ってますよ」
俺も変装のために被っていたウィッグを外し、鞄から赤いパーカーを取り出して上に羽織った。
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「まあ、わし等も鬼やない、人の子や。ちゃんとあんた等が誠意さえ見せてくれりゃ、これからもわし等が変わらず面倒見たりますよってことや」
「誠意……誠意と言いましても……一体どうしたらいいんですか……」
「はぁー……察しが悪いのぉ会長さんよぉ。誠意言うたら一つしかないやろ!? 会長さん達が毎月、町の皆さんから貰っとるもの!! それをちいとばかし、わし等に融通してくれたらええんや!」
居丈高なヤクザとその舎弟と思われるチンピラ達は変わらず町内会長達に凄んでいる。
マスターブラックはジェスチャーで、奴等の足元に火球を投げつけるよう指示した。
俺は右手に意識を集中し火の塊を作りだし、それを指定された位置に投げつける。
「おあっちゃ! あちぃ!! なんや!!!」
ヤクザ達の足元で俺の投げた火球が爆ぜる。突然の出来事に狼狽するチンピラ達と、動揺する町内会長達。
「お前達の在るのか無いのか分からぬ庇護に付き合う誠意など存在せぬ。町内を影で守り続けるどころか、掻き回しているのはお前達のような大義も思想もない羽虫どもであろう」
マスターブラックがヤクザ達に口上を述べる。
「げぇ!! ブラックロンド団!? ここらはあんた等の縄張りってことか!?」
ヤクザ達は目に見えて分かるほど動揺していた。
「縄張りなどと言う卑小なものはどうでもよい。いや、言ってみればこの世界全てが我等ブラックロンド団のものだ。お前達のような輩が統治する場所など、髪の毛先ほども存在せぬ」
本当にこの人、マスターブラックはどんな状況でもスラスラと口が回るものだ。そう言う意味で言えば本当に尊敬する。
「アニキ! よくよく見たら今回は怪人もいねえ、丸腰の二人だけっスよ! それに、ポリ共はおろか自衛隊すら太刀打ちできないブラックロンド団を討ち取ったとなりゃあ、この街……いや、地方全部をシメることも夢じゃねえっス!! やっちまいましょう!!!」
「おう、よく言うたなあ牛次郎!! ブラックロンド団! おどれ等はわし等の踏み台や! 覚悟しいや!!」
何やらいきり立ち
正直言って、全員遅い。
いつも相手にしている三色団子の速さと威圧感に比べたら、蝿が止まるほどののんびりさだ。
最初に到達した大柄な男の一撃を軽く受け流し、すれ違いざま腹部に拳を入れ悶絶させる。
流れでその大男を盾にし、次に迫ってきた二人の小刀を持った男達を大柄な男もろとも吹っ飛ばした。今は三人仲良く折り重なってのびている。
三人の男を吹っ飛ばした直後に、背後から後頭部を鉄パイプのようなもので思いっきり殴られたようだが、なでられた程の感触もない。
「炎と蹴り、選ばせてやる」
俺は後ろを振り向き、鉄パイプの男を睨みつけながら言った。
「え……あ……? え……」
遅い。
「フレイムディッパー!」
炎を纏った回し蹴りを鉄パイプの男の脇腹に叩き込む。
もちろんそれなりの手加減はしたはずだが、鉄パイプの男は大きく吹っ飛び、道路を挟んで向かいのビルの壁に叩きつけられた。多分死んでない。多分。
マスターブラックの方にも何人か向かっていったと思ったが、そちらを見ると腕を組み直立不動の姿勢をした彼の前で、三人の男達が地に伏していた。
「さて……あとはお前達だけだが」
呆然として動くこともできないリーダー格のヤクザと他二人に向かって言った。
会長を含めた町内会のメンバーは、その様子を遠巻きに眺めている。
「もうよい、ファイヤースパークよ。あやつらは最早魂を持たぬただの抜け殻にすぎぬ」
マスターブラックはそう言って、目の前の地面を指さすジェスチャーをとった。
俺はそこに火球をぶつけ、大きく火柱を舞い上がらせる。
「よく聞くがいい、街にたかる哀れな羽虫と
マスターブラックの口上と共に、俺達は炎に捲かれて姿を消した。
*****************************
「会長ー、何かあったんですかー」
俺、
「あ、
「それは災難であったな。その手のチンピラなどもう現れなければよいが」
町内会長から今しがたの出来事の説明を受け、すっとぼけながら柄シャツにサングラス姿のマスターブラックが答える。
「それでは会長、掃除も終わりましたし、我々は今日朝から所用がありますのでこの辺で」
「ええ、お騒がせして申し訳ない、また次回も宜しくお願いしますよ」
町内会長達が呼んだ警察官が来る前に、ここを離れなければならない。
流石に警察官達の職質を受ければ、俺達の正体がバレる可能性もある。
せっかく実体を持ち始めた株式会社
町内会長に掃除用具を返却し、俺もマスターブラックもいそいそとその場を後にする。
「くはっははは!! とうとう完成したぞ! 我が最高傑作『兎怪人ラービッド』! こいつの圧倒的身体能力で世界を火の海に……って、総統! 見てくださいよ! 新型の怪人ですよ!? ファイヤースパークも見ろ! 私の天才的な研究の成果を!! ちょっとー!?」
唐突に飛び出してきたクソ白衣を完全に無視しながら、俺達二人は足早に歩き去った。
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