2.蟷螂怪人、カマキロス
「行くがいい『
俺の斜め後ろに直立不動で立つ、黒いマントを羽織った仮面の男が大仰に指示を出す。
「ふははは! 凄いぞ『
俺の隣で謎のポーズを決めている、モノクルをかけた白衣の男が高笑いをしている。
「あのー、近くに寄ると危ないですよー。こいつ移動速度は遅いんで落ち着いてこの場から離れて逃げてくださーい」
赤いパーカー姿の俺はとりあえず周りの人間に避難を呼びかける。
昼下がりの駅前大通り、いつもは往来の人々や自動車で溢れているはずだが、今日は乗り捨てられた車が止まっているばかりで、街の人の姿は見えない。
代わりにいるのは黒マント、白衣、そして赤いパーカー姿の男達三人と両腕が鎌になった緑色の怪人だけ。
緑色の怪人は巨大な鎌を振り回しながら、街路樹や信号機を薙ぎ倒し続けている。
そう、俺たちこそがこの街の恐怖の象徴ブラックロンド団。総統マスターブラックを中心に、世界征服を目論む悪の秘密組織だ。
現状メンバーは黒マントで仮面の男マスターブラック、モノクル白衣のプロフェッサー・シュート、そして俺、赤いパーカーのファイヤースパークの三人しかいない。
【
俺の隣で高笑いしている白衣の男、プロフェッサー・シュートがカマキリをベースに様々な生物を加えて作り出した怪人である。
前回の怪人モゲラーの反省を活かして方向転換はできるようになっているみたいだが、どう言うわけか移動速度がとてつもなく遅い。
カマキロスを街に投入してから既に一時間は経過しているが、駅前通りの交差点を渡りきれるかどうかと言うくらいの距離しか進んでいない。
こいつに世界の破壊を任せるよりも地球が太陽に飲まれるのを待った方が早い気がする。
「止まれ、ブラックロンド団……! 怪人を止めて投降しろ……!」
それでも行政的には捨て置けないようで、数名の警察官が拳銃を構えながら俺達に向かい投降を促してくる。訓練された警察官達であるはずだが、その声と構えにはどこか怯えている様子が見えた。
「くくく……。公権力の犬如きに何ができるか。やれ、カマキロスよ! その鎌でやつらの顔に絶望を刻み付けてやるがよい……!」
マスターブラックが大仰なポーズと共にカマキロスに指示を出す。
カマキロスに言語を解するような知能はないので指示自体は理解できていないとは思うが、警察官達を威嚇するように鎌を振り上げ向かっていった。
「く……! 発砲用意!!」
交戦意思ありと見た警察官達は構えた拳銃を発砲するが、弾丸はカマキロスはおろか俺達三人にも何発か命中しているにもかかわらず、誰一人怯んだ様子すら見せない。
自分達の武器が全く効かないことを悟った警察官達は、呆然としたまま立ち尽くす。
獲物に狙いを定め、ゆっくりと近づくカマキロス……。
哀れな警察官達は蟷螂怪人カマキロスの持つ鋭い鎌にかかり、絶望のうちにその命を終えることになるだろう……。
……
…………
……………………
いや、トロいわ!!
警官達のいたところに到達するまでにどんだけかかってるんだよ!
あいつらもう既に撤退した上に増援呼んできてこっちのこと包囲してんぞ!!
お前の作るものはいつもこうだこのクソ白衣が!!!
「ブラックロンド団! お前達は完全に包囲されている! 大人しく武器を置き投降しなさい……!」
警察の指揮官らしき男が、拡声器を使ってこちらに向かって叫んでいる。
ここからでは分からないが俺達を包囲している警察官達の更に外側では、野次馬や報道関係者がこちらを取り囲んでいるようだった。
「総統。今気づいたのだが、囲まれている」
さっきまで高笑いしながら謎のポーズをしていたクソ白衣が冷静に言った。
そりゃそうだろうよ。俺たちがここにカマキロスを投入したのがお昼時、それからもう既に日も傾いて夕方になってるんだぞ。時間がかかりすぎだ。
「くくく……無駄なことを……。どうやらカマキロスの真の力を解放するときが来たようだな……」
マスターブラックが意味深なことを呟きながら含み笑いをした。
もちろんカマキロスに真の力などと言う機能はついていない。そんなものがあったらマスターブラックもクソ白衣も真っ先に使っている。
警察官達は突撃してくる様子もなく、カマキロスの移動速度についても陸亀より遅いと言っても過言ではない。
どちらも決め手に欠けた膠着状態である。
これは……長くかかりそうだ……。
「総統、カマキロスのお披露目はもう充分でしょう。これ以上あいつらに手の内を見せる必要はありません、俺が片をつけます」
「うむ、確かにもう頃合いではあるな……。よし、行くがよい、ファイヤースパークよ」
このままでは埒が明かないので俺が行くことをマスターブラックに提言した。
こいつらに任せていたらいつ終わるか分からないし、腹も減ってきたのでそろそろ帰りたい。
俺はゆっくり前に進みながら右手に意識を集中する。
指先から肘にかけて焔が舞い踊った。
その様子を見て、俺達の事を包囲している警察官たちの間に緊張が走る。
「ファ……ファイヤースパークが来るぞ……! 奴を止めろ……! 発砲はじめ!!」
指揮官と思しき警察官が声を荒げ指示を出し、俺に向けて拳銃を斉射した。
しかし弾丸は腕に、腹に、頭に何発も命中しているにも拘わらず、俺は傷を負うどころか痣一つつかず、痛みすらも感じない。
俺がブラックロンド団で活動するようになって約一年、警察官達は「
銃弾や他の武器が効かないのは分かってはいるはずだが、しかし、彼等にもそれしか方法がない。
「フレイムブラスト!」
包囲網の最前列にいる警察官達の更に手前、俺は右手で生成した火塊をそこに投げこんだ。
地面にぶつかると同時に大きく爆ぜる火球、アスファルトを焦がしその成分を糧としながら、炎は更に渦巻いた。
威嚇のつもりで抑えているので死者や怪我人は出ていないと思うが、警察官達の心には恐怖とトラウマを刻み付けただろう。
一年ほど前まで、俺は東京のブラック企業に営業職として勤めていた普通のサラリーマンだった。
激務とパワハラで心身共に消耗していたところを、マスターブラックとクソ白衣に怪人研究目的として拉致され、現在は東京から離れたこの地方都市でブラックロンド団の一員として活動している。
怪人化された奴は大体知能と記憶を失ってしまうが、運よく知能も記憶もそっくり残っていた俺はブラックロンド団ナンバー3の地位を得て、日夜世界征服の為に邁進している。多分。
「道を開けろ、それだけでいい」
燃え盛る炎をバックに俺は目の前の警察官にそう告げる。
打つ手なしと見た警察官達が後ずさり、僅かな抵抗を見せながらも道を開けようとしていた。
はあ……今日はこれで店じまいだ。ようやく帰れる……。
「あなたたちの悪事はこれまでよ! ブラックロンド団!」
「街を恐怖に陥れたその所業、許すことはできないわ!」
「お仕置きしちゃうから、覚悟してよね!」
突然現れた甲高い声と謎の光。夕日をバックに大通りの真ん中で桃色・青色・黄色の三色の少女達がポーズを決めて立っている。
正義と愛と……あと何かの使者、プラチナ・プライマルのお出ましだ。
「正義と希望の使者、プラチナ・ピンク!」
「理想と愛の守護者、プラチナ・ブルー!」
「夢と未来の伝道者、プラチナ・イエローだよー!」
「「「三人揃って、プラチナ・プライマル!!!」」」
おのれプラチナ・プライマル……! もう少しで帰れるところだったのに……!!
「くくく……やはり現れたかプラチナ・プライマルよ……! 残念ながら貴様等の命運もこれまでだ、この怪人カマキロスの鎌のサビにしてくれる!」
マスターブラックが奇妙なポーズをしながら少女たちに向かって咆哮する。余談だが、カマキロスの鎌は金属ではなく有機物なので錆びはしないと思う。
「くはっははは! この私、プロフェッサー・シュートの最高傑作、
クソ白衣も負けじと謎のポーズをしながら叫んだ。研究の成果、見せられるといいね。
警察官達は少女達を見て包囲網の前線を後退させながら、それでいて道を塞ぎ俺達を取り逃がさない様なフォーメーションを取り始める。
その真ん中に少女達が人間としてはあり得ない跳躍力で飛び込んできた。
「はああああぁぁ!」
眼鏡委員長のような見た目からは想像できない程の脳筋である青色の少女が拳を構えて俺に突進してくる。
突っ込んできたプラチナ・ブルーの拳を左手でいなしながら俺は右足に意識を集中させた。
「フレイムディッパー!」
炎を纏った回し蹴りは空を切る。
蹴りが当たるかどうかギリギリのところでプラチナ・ブルーは後方に跳躍し、再び俺から大きく距離を取った。
ふと後ろを見ると桃色と黄色の少女達がカマキロスに向かって突撃している。
カマキロスの弱点は移動速度。しかしひとたび間合いに入れば、その強靭な
だがしかし、プラチナ・イエローはカマキロスの前に立つと高速で振り下ろされた両腕をそれぞれ掴み、動きを止めた。
その隙をプラチナ・ピンクが逃さない。
「キュア―ブリッド!!」
珍妙な技名を叫びながら飛び上がると、カマキロスの脳天に踵落としを決める。
無防備な状態で強烈な一撃を受けよろけるカマキロス、その腹部を黄色の少女が正拳で突き、カマキロスは悶絶して地面に伏した。
「今よ! ピンク、イエロー!」
俺の近くにいた青色の少女がそう叫び、彼女のもとに桃色の少女と黄色の少女が向かってくる。
「させるかあああ!」
こういう時は例の大技がくるまずい状況だ。
俺は悪役然とした叫び声を上げながら、そうはさせじと青色の少女に突進していく。
が、プラチナ・ブルーの飛び蹴りによって返り討ちにあい、突っ伏して小刻みに震えているカマキロスの傍まで吹っ飛ばされた。
「この世に闇がある限り、光はきっと、現れる!」
「その光は始原の力! 闇を滅ぼし悪を討つ!」
「集え! あまねく世界の光よ! 我等の祈りを力にかえて、全ての闇を打ち払わん!」
少女達が三色の光を纏い、こちらに両手を向ける。
ああ、腹減ったな……今日の夕飯はステーキ弁当にでもするか……。
「「「プライマルスター・シャイニング!!!」」」
光の奔流が俺達を包みこみ、そして大きく爆発した。
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月明かりのない夜十時、俺はアジトのあるビルの屋上で街の明かりを眺めていた。
あの明かりの一つ一つがオフィスであり、まだ働いている人たちがいるのだろう。
こんな時間まで働いているなんてとんだブラック企業であり、それは東京だろうがこの地方都市だろうが変わらないと言うことだ。おお世知辛い。
俺自身はブラック企業で毎日終電まで身を粉にして働いていたあの頃と比べれば、今は遅くとも夜七時には寝床のある場所まで帰れるし無茶なノルマを課す上司もいない。そこそこマシな生活を送っているような気がする。
あれからなんとか三人ともアジトまで辿り着き軽めの反省会をした後、マスターブラックは行きつけのスパへ今日の疲れを癒しに行き、クソ白衣は研究室に籠って新たな怪人の研究をしていた。
別にマスターブラック達に恩があるわけでも忠誠心があるわけでもない。むしろ勝手に俺を親にも会えないような体に改造した所業には遺恨さえあり、目標である世界征服にも何ら興味はない。
それでも俺は、他のどこかに行くでもなくブラックロンド団で活動している。
理由は自分でも分からないが、ひょっとしたらブラック企業に勤めていたあの頃に戻りたくないだけなのかもしれない。
ステーキ弁当が売り切れていたので牛丼で妥協した俺はそんな詮無いことを考えながら、自室に戻り今日はもう寝ることにした。
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