平凡なサラリーマンだった俺だが悪の秘密組織に改造され、魔法少女達と戦うことになった
ななみや
1.土竜怪人、モゲラー
「行くがいい『
俺の斜め後ろに直立不動で立つ、黒いマントを羽織った仮面の男が大仰に指示を出す。
「ふははは! 凄いぞ『
俺の隣で謎のポーズを決めている、モノクルをかけた白衣の男が高笑いをしている。
「あのー、逃げた方がいいっすよマジでー。ほんとこいつ制御効かないんで。真っ直ぐにしかいけないんで、とりあえず建物の中か路地裏にでも逃げ込んで下さーい」
赤いパーカー姿の俺はとりあえず周りの人間に避難を呼びかける。
悲鳴を上げ逃げ惑う人々、為す術なく手をこまねいている警察消防の公僕達。
俺達の前方では鋭いかぎ爪を持った全長二メートルはあるだろう人型の生物が、電柱やら乗り捨てられた車やらを破壊しながら直進していた。
【
俺の隣で馬鹿笑いしてる白衣の男が生物改造の末に作り出した怪人だ。悲しきかな知性などというものは欠片もなく、現状では直進することしかできない。
それでも持ち前の怪力と鋭いかぎ爪で、分厚いコンクリートの壁だろうが自動車の鉄板だろうが、容赦なく破壊する。
地方都市の大通り……特筆すべき高いビルもないし、東京や大阪などの大都市ほど人ごみで溢れているわけではない。
それでもターミナル駅近くの繁華街であり、買い物中の老夫婦や外回りと思われるサラリーマン、そして街に繰り出す若者達でそこそこには人の賑わいがある。
そんな中、日常を引き裂くように謎の怪物が暴れていたら大変な騒ぎになるのも無理はない。
人々が慌てふためき逃げ惑い、建造物や自動車が破壊されていく光景を眺めながら、黒マントの男も白衣の男もなにやらご満悦の様子である。
もっとも、そんな状況を作り出している怪物、土竜怪人モゲラーは移動速度もさして速くはない上に直進しかできないので、「全てを破壊する」などと言う状況にはほど遠いのだが。
しかし残念ながら、そんなご満悦の状況も長くは続かなかった。
「そこまでよ! ブラックロンド団!」
「あなた達の悪事、見過ごすわけにはいかないわ」
「悪い子はぜーんぶ、お仕置きしちゃうんだから!」
突如として町に響く甲高い声。
声のする方を見てみれば、五階建て程のビルの屋上に立つ三人のカラフルな少女達。
「正義と希望の使者、プラチナ・ピンク!」
「理想と愛の守護者、プラチナ・ブルー!」
「夢と未来の伝道者、プラチナ・イエローだよー!」
「「「三人揃って、プラチナ・プライマル!!!」」」
……ビルの上で謎のポーズを決める三人の少女達。
セーラー服を恐ろしく奇抜にアレンジしたような衣装を身に纏って、三人は上から俺達を睨み付けていた。
「現れおったなプラチナ・プライマル! 今日という今日は、お前達を冥府の底へ送ってくれる!」
黒マントの男がこれまた謎のポーズをとりながら少女達に向かって吼えた。
【魔法少女プラチナ・プライマル】
常軌を逸する怪力と想像を越える耐久性を持ち、なんだかよく分からない光る蹴りや飛び道具で俺達を苦しめる謎の三人組である。
俺達悪の秘密組織「ブラックロンド団」の天敵だ。
少女達は二十メートルを優に越えるであろう高さのビルの屋上から軽々と飛び降りると、俺達の前に立ち塞がった。
「くはっははは、今度の怪人はひと味違うぞちんくしゃ共! ひと思いにひねり潰してくれる!」
「そう言うことだ。今日この場がお前達の墓場となろう。行け、怪人モゲラーよ! その荒々しき爪を持って、こやつらを形も残らぬ程に引き裂くのだ!」
白衣の男が勝ち誇ったように高笑いをあげ、黒マントの男がかぶりを振り土竜怪人モゲラーに指示を出す。
「来るわよ、ピンク、イエロー! 構えて!」
三人の少女達も臨戦態勢に入った。
……
…………
………………
しかし、土竜怪人モゲラーは黒マントの男の指示も三人のカラフルな少女達にも意を介さず、ただひたすらに直進しながら、放置自転車やら街路樹なんかを破壊し続けていった。
そりゃそうだ。
この土竜怪人モゲラー、さっきも言ったとおり知性などほとんどなく、腕を振り回しながら直進するだけである。
指示を聞くだけの知能もなければカラフルな少女達を認識する頭脳もない。
こいつを俺達のアジトからここまで運んでくるだけでもどれだけ手間だったことか。
全部俺の隣にいるクソ白衣が悪い。
「ふははは、プラチナ・プライマルよ! 貴様等など相手にするまでもない! このままモゲラーに全てが破壊されていく様を、指をくわえて見ているがいい!」
モゲラーが全く指示を聞かないことを黒マントの男は適当な感じで誤魔化した。
「ど、どうしようピンク、ブルー。このままじゃ町が破壊されちゃうよ!?」
「私が怪人を止めるわ! イエロー、私を援護して。ピンクはその間にあの三人をお願い!」
そう言うと眼鏡をかけた青色の少女が一足飛びに距離を詰め、モゲラーの前に立ち塞がった。
「了解! がんばるよー!」
他の二人よりは背の低い黄色い少女は小走りで青い少女の後方で待機する。
「分かった、ブルー! 任せたわよ!」
そして、さしたる特徴はない桃色の少女が俺達三人に向かって突進してきた。
「はああああぁぁぁ!」
気合いを込めた発声と共に桃色の少女は右足を振りかぶり、黒マントの男に向かって一閃回し蹴りを放つ。だがしかし、その蹴りは黒マントの男には届かない。
否、届かせなかった。
俺は桃色の少女と黒マントの男の間に割って入り、左腕一本でその蹴りを受け止める。
少女の蹴りと俺の左腕がぶつかった瞬間に衝撃と突風が巻き起こり周辺の街路樹は大きく揺さぶられ、俺の両足を支える大地のアスファルトも砕け亀裂が入る。それ程までに、少女の蹴りは鋭く重かった。
並の人間や生物だったらこの蹴りで吹き飛ばされるどころか、骨ごと体組織を粉砕されるだろう。
しかし俺は、砕けない。
「こちらの番だ」
そう言うと俺は蹴りを受け止めた左手に気のようなものを集中させ、力を込める。
「フレイムブラスト!」
蹴りを受けた左腕から朱色の炎が発せられ、大きく渦を巻きながら爆発した。
「くっ……!」
反撃を受けた桃色の少女は爆風を利用し後ろに飛び退く。
さしたるダメージは与えていないようだが、攻め気を削ぐには充分だっただろう。
そのままの勢いで今度は右手に意識を集中させ、焔を纏わせる。
「バーニングクラッシュ!!」
巻き上がる火炎とともに追撃の正拳を桃色の少女に向けて放つが、少女の跳躍により俺の拳は僅かに及ばず空を切った。
破壊力を持て余した拳圧と火炎の奔流は大通りの向かいにあるビルの外壁を破壊する。
「キュアーブリット!」
人の身ではありえない高さまで跳躍した桃色の少女は落下による慣性の力を味方につけ、謎の技名を叫びながら俺に向かって踵落としを決めてくる。
「落ちろ! フレイムディッパー!」
あの踵落としをまともに食らう気はない。右足に意識を集中させ爆炎を発生させながら、少女の蹴りに対抗するように上方向の回し蹴りを放ち、踵落としを受け止めた。
結果は互角。
最初のぶつかり合いよりも更に大きな衝撃波と突風を発生させ、その勢いを利用してか吹き飛ばされてか、俺と桃色の少女は互いに大きく後方へ跳躍し距離を取った。
別の方に目をやると、青色の少女が両手を使いモゲラーの巨大な腕と爪を抑えつけている。鉄筋コンクリートも破砕する強靱な腕と爪をだ。
余裕があるという感じではないが、両手を抑えつけられたモゲラーは微動だにできずにいる。
加勢が必要か?
そう思ったが桃色の少女がこちらを睨みつけてきており動けない。少しでも隙を見せれば凶悪な蹴りで吹っ飛ばされてしまう。
「イエロー、今よ!」
「おっけー、任せて!」
俺が動けない状況を知ってか知らずか、青色の少女はお構いなしに黄色の少女に指示を出す。
「いっくよー! イエロームーン!」
黄色い少女は謎の光を纏いながら助走をつけてモゲラーに向かっていき、その側頭部に膝蹴りのようなものを放った。
「ガッ」とも「ゴッ」つかない悲鳴をあげながらモゲラーは俺達三人のいる方に吹っ飛ばされてくる。
「ぐわっ!」
「おっほ!?」
「ぐぇぇ!」
予想外の攻撃だった。
虚を突かれた黒マントの男、白衣の男、そして俺はモゲラーの巨体を受け止めきれず、三者三様の悲鳴をあげて全員まとめてアスファルトに倒れ伏した。
「ブルー! イエロー! チャンスよ!」
「私たち三人の力が合わさるとき」
「そこに奇跡が生まれる!」
体勢を整え立ち上がろうとすると、三人の少女達は集まり、またしても右手を掲げながら謎のポーズをとっている。
まずい……あの決めポーズは彼女たちの大技……。
「この世に闇がある限り、光はきっと、現れる!」
「その光は始原の力! 闇を滅ぼし悪を討つ!」
「集え! あまねく世界の光よ! 我等の祈りを力にかえて、全ての闇を打ち払わん!」
少女達が三色の光を纏い、こちらに両手を向ける。
くそ……! なんとか逃げ……。
「「「プライマルスター・シャイニング!!!」」」
光の奔流が俺達を包みこみ、そして大きく爆発した。
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「残念ながら、今回も失敗であったな……」
腕を組みながら革張りの立派な椅子に腰掛けている黒マントの男が、落胆を隠さずに言う。
「何故だ……。私の最高傑作モゲラーが……、何故あんなチビガキ共にぃ……!!」
白衣の男はそう言いながら、会議テーブルの上に並べられたピザを暴食していた。
テーブルと椅子くらいしかない薄暗い地下の一室で、俺達三人は宅配ピザを食べながら反省会らしきものをしている。
少女達の大技をくらいながらも命からがら何とか逃げ出し、組織のアジトまで戻ってきたところだった。
「ファイヤースパークよ、お前はどう思う?」
「いや、総統……普通にダメじゃないですかね……。モゲラー言うこと聞かなかったし……」
黒マントの男に話を振られ、俺は宅配ピザについてきたゼロカロリーコーラを飲みながらそう答える。
俺の名前は「ファイヤースパーク」。
無論本名じゃない。
組織に……今目の前に座っている仮面の男につけられたコードネームみたいなものだ。炎を発生させる能力から名付けられた。
そして仮面をつけ黒マントを羽織った男は俺達のボス、総統「マスターブラック」。
名付け方が直球かつ安直だが、それは彼のセンスなので仕方がない。
「指示を聞かないことなど些細な問題だ! 鉄筋のビルを! 自動車を粉砕したのだぞ!? 私の研究は正しかったのだ!」
白衣の男がシーフードピザを食べながら俺に憤った。
「しかしだ、プロフェッサー・シュートよ。やはり直進しかしないのは問題だったのでは……? もっとこう……適宜に曲がれる方がよかったのではないか?」
そんな白衣の男、「プロフェッサー・シュート」に対してマスターブラックが異を唱える。
いや、曲がれるとか曲がれないとかそう言う問題でもないと思うが……。
「く……。今度は蛇をベースにするべきか……しかし、そうなるとどう合成する……? 哺乳類と爬虫類の適合性は……」
プロフェッサー・シュートが何やらぶつぶつ言いながら考え始めた。だから、そう言う問題ではない気がする。
「とにかくだ、今回の作戦は失敗に終わってしまったものの、いいところまで行ったのも事実だ。各々今回の件を糧とし、次回こそ、この世界を我等が手中におさめようではないか。ブラックロンド団に栄光あれ」
「「ブラックロンド団に栄光あれ」」
マスターブラックの音頭に合わせて俺とプロフェッサー・シュートはピザを食べながら唱和した。
俺達は悪の秘密組織ブラックロンド団。
目標は大きく世界征服。
世界どころか一地方都市すら征服できない有様で、俺達に明日はあるのか。
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