第5話
「……」
――おっ、終わった。
むしろ、あそこまで緊張していたにも関わらず呼び止められる事もなく、本当につつがなく終わった。
――うーん……。
そうなると、ここで思い浮かぶのが「やはり王子と婚約者になったのはカナリアが言ったからなのか」という疑問だ。
確かに、公爵であるカーヴァンク家の娘である私が王子の婚約者になれば、後ろ盾としてはバッチリだろう。
――いつかは分からないけど、もう少し成長したカナリアがそれを盾に婚約を迫る可能性は否定出来ないわね。
それこそ、王子が別の女性を好きだったとしても、それを蹴散らせるくらいの力をカーヴァンク家は持っている。
――自分の立場を最大限に利用するからね、カナリアは。
もしそうだったとしても、私はゲームの通り動くつもりはない。
それこそ「王子の方から何もアクションがなかった」というのであれば、私にとってはそれ以上でも以下でもなく何もするつもりはない。
――それはそれとして……。
チラッと視線を向けると、そこに並んでいるのは宝石の様にキラキラと輝く果物がたくさん乗った『ケーキ』たちだ。
「……」
王子との挨拶を終えた後、私は目の前にあるお菓子を見ながら悩んでいた。
――どれも美味しそうではあるのだけど……全部食べられる……かな?
前世の私は、部活動が運動部だった事もあってか、もの凄く食べた。いや、食べる事が出来た。
――スイーツの食べ放題も何度か行ったわねぇ。
ふと頭を過ぎるのは、前世の時に行ったスイーツ食べ放題の記憶。
しかし、目の前にあるお菓子はどれも美味しそうなのだが、そのほとんどはケーキだった。
――そういえば、アフタヌーンティーの時に出されるのもカップケーキとかタルトとか……思い返してみると、どれも『ケーキ』だったわね。
確かにどれも「美味しい」事には違いないのだが、たまに他のお菓子が食べたくなる事がある。
――チョコレートも果物もたくさんあるのにもったいない。
「……あ」
そこでふと考えた。
――ひょっとして、スイーツにも魔法を上手く活用すれば……。
この世界では基本的に魔法は攻撃手段ではなく、生活に活用している。その事を踏まえて考えると、お菓子作りに魔法は活用しやすそうだ。
――でも、さすがに魔法で作り出した氷を食べるワケにはいかないから……やっぱり「冷やす」って方向になるわよね。
それを考えると『かき氷』より『アイスクリーム』の方が作りやすそうには思う。だが、それには一つ大きな問題があった。
――でもこの世界って『冷蔵庫』がないのよね。
「……」
チラッとケーキの方を見ると、お茶会が始まって時間が少し経っているせいなのか、ケーキのクリームが乾いているように見える。
――それなのに!
貴族たちはお菓子の存在なんてそっちのけでおしゃべりに夢中だ。その間もケーキは放置され、お茶会が終わった後には捨てられてしまうのだろう。
正直に言って、もったいない。
――さすがに持って帰る……なんて事は出来ないし。
そうなると、残る選択肢としては「この場で食べる」しかない。
「……」
挨拶を終えた後、父は「好きに過ごすと良い」と私を送り出してくれ、何人かの貴族の子供たちが私に声をかけようとしていたが、それをあえて無視した。
――今もチラチラとこちらの方を見ているのが分かるけど。
私の方から声をかけるつもりはない。
――彼女たちって私自身というより、カーヴァンク家との関わりが欲しいのよね。
こちら側をチラチラと見ている彼女たちは私に声をかける事すら許されない階級の貴族だという事は何となく分かる。
つまり、私の方が声をかけない限り、仲良くする事はない。
――まぁ、後で「食い意地が張っている令嬢」と言われてしまうかも知れないけど。
しかし、私としてはこれ以上お茶会などに参加するつもりはないので周りの評価なんてどうでも良かった。
――今日来たのだって王子が主催だからってだけだし。
彼女たちにとっては「階級が上の貴族に取り入るチャンス!」と思っているだろうが、私はそんな思惑はどうでも良い。
――それにしても……。
ゲーテ王子はそんな貴族たちをどことなく鬱陶しそうにしながらも相手にしているのだが、やはり違和感は拭えない。
――さっきは「まだ子供だから」って思ったけど。
そこでふと頭に過ぎったのは「別人が王子になりすましている」という考えだ。
――確かに、魔法があれば出来る事ではあるのだけど。
ディーンが風魔法を応用して結界を張ったように、実は魔法には「他人に化ける事の出来る魔法」も存在している。
――そして、別人に自分の姿を写す事も。
それは「水面を反射させる」という観点から「水魔法」に分類されているのだが、実はこの魔法はもの凄く難しい。
――私もやってみようと思ったけど。
試しにメイを私の姿にした事があったが「その場に座らせて」という条件の下でなら、まだ出来た。
しかし、少しでも動くとかけた魔法にブレが生じて上手くいかなかった。
――今の王子はイスに座っている状態だけど、喋っているしそれ長時間魔法を行使するのは疲れるのよね。
それを踏まえて考えると、仮に王子が偽物だったとして、その偽物を生み出している人物の魔法の熟練度は相当なモノだろうと推察出来る。
――って、そうなったら「本物の王子はどこにいるんだ」って話になるわよね。
「よし」
――まずはコレにしよう。
そしてようやく決めたケーキに手を伸ばすと……。
『あ』
スッと隣から手が伸びてきた。
同じケーキを取ろうとしている事に気がついた私は、思わず手が伸びてきた方を見ると、その手の主も私と同じように驚いたのか、黒髪のサファイアの様に綺麗な瞳の同い年くらいの少年がこちらの方を見ていた。
「ごっ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ」
そして、少年はすぐに私の方を見ながら「どうぞ」と自分が持っていたお皿に私が取ろうとしたケーキを載せ、笑顔で手渡した。
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