第3話
「……ふふ」
「なっ! わっ、笑わないでください!」
――うぅ、ここまで大きな声を出すつもりはなかったのに……。
私は顔から火が出るほど恥ずかしかったのだが、父は余程面白かったのか、今でも「ふふ」と笑いを堪えている。
――こんな一面を同じ騎士団の人が見たら驚くでしょうね。
父である『アリウス・カーヴァンク』が仕事をしている場面を私は一度も見た事がない。
――ゲームでも必要なモノじゃなかったしね。
一応「貴族ではあるものの、体術部門の騎士団希望の青年」は攻略キャラクターの中にいた。
そこで彼から「理想の人」として名前は挙がっていたので知っている……私にとって父はその程度の知識しかなかったのだ。
――いつか、見学させてもらいたいわね。
なんて思うが、きっと父は許してくれないだろう。
何せ「騎士団」と言えば、そのほとんどが男性で、鍛錬の時に魔法や剣が飛んでくるのは当たり前という野蛮なところらしい。
――まぁ、あくまでディーン曰く……なんだけど。
私からしてみれば、ほとんどという事は「女性もいる」という事なのだろうと思う。だが、父としては「たとえ護衛がいたとしても娘が危険な目に合うのは避けたい」のだろう。
――魔法学校に入って自分の身を守れるようになってから、交渉してみようかしら。
そう思う事にした。
「ははは」
「……」
それにしても、一体いつまで笑っているのだろうか。
「悪い。ここまで笑ったのは久しぶりだったからな。そうか、じゃあ。決して嫌っているワケじゃないんだな?」
「嫌っていたら、すぐに追い出します」
私が拗ねた様に言うと、父は「悪い」と申し訳なさそうに答えた。
――でも、本当にそうだし。
私はゲームの中のカナリアは「家族は自分に甘いだけの存在」と分かっている小悪魔少女だと思っていた。
そして彼女は「父や兄がそうするのは母が死んだ事で母に向けるはずの愛情を私に向けているだけだ」とどこか諦めに近い感情も持っている事も知っていた。
――そういった描写があったしね。
父も兄もカナリアが小さい頃は、仕事で忙しい中。出来る限り時間を作り、会いに来てくれた。
――でも、使用人たちがいくら「お二人はお忙しいので」と小さいカナリアに言ってもどれだけ忙しいのか……なんて分かるはずがないのよね。
そして、成長するにつれ、彼女は負の感情を全て買い物で発散した。
つまり、カナリアがストレスを発散すればするほど、家の資金を管理している兄の負担が増えるという事だ。
そして、兄は今よりもさらに忙しくなり、カナリアが魔法学校に入学する頃には同じ家に住んでいるにも関わらず、ほとんど顔を合わせる事もなくなっていた。
――食事を取る時間も惜しいほどだったみたいだし。
しかし、カナリアがそういった行動を起こす度に周囲から優秀な兄と比べられる様になる。そして次第に兄と距離を置くようになり……最終的には嫌った。
――長期休暇が終わった後に「妹に困っている」と言う話を殿下にしている場面があったし。
ただ、そこにアルカのビジュアルイラストはない。そういった「場面」として書かれていたただけだ。
――で、その中に「追い出された」って話していたのよね。
だからカナリアがそういった行動をする事を知っていた……それだけである。
「それなら良かった。私の取り越し苦労だった様だな」
「はい」
「ただ、いつまでもそういうワケにはいかない。分かるな?」
「……はい」
確かに父の言う通りである。
「それに、カナリアもいつかは嫁がなければならない」
「はい」
真剣な表情で言う父に、私は背を正す。
「――だが」
「?」
「私は無理に嫁ぐ必要はないと思う」
「え」
この言葉には思わず固まってしまった。その言葉があまりにも意外だったからだ。
「もちろん、カナリアが嫌だというのであれば……だが」
「え、でも……」
私の脳裏には「貴族の女性って嫁がないといけないモノ」という家庭教師の話が過ぎる。
「普通であれば、私の立場。家としてもこんな事を言うのは良くないだろう。だが、ディーンから『参加をする』と聞いてはいたが、やはりあまり王宮に行く事に対し乗り気ではなかったと今朝の様子から思ってな」
「そっ、それは……」
突然言われた事に対し、私は思わず言い淀む。
――たっ、確かにそれはそうだけど。
しかし仮にここでお茶会に行かなければ、最初のお茶会でのやらかしを払拭する事が出来ない。
――何よりこんな土壇場でキャンセルなんて出来ない。
確かに父が「娘の体調が芳しくなさそうだ」とでも言えば、キャンセルする事も出来るだろう。しかし、あまり父や家の名前を使いたくはない。
下手をすると、またおかしな憶測が飛び、また汚名を重ねる事になりかねない。
「お父様ありがとう。でも、私は大丈夫!」
私が笑顔で答えると、父は「そうか」と笑顔で答える。しかし、その顔は娘を心配する父親のモノ。
――本当にカナリアが心配なのね。
そんな父の優しさを感じつつ、私はさらに「それなら尚更、この世界でちゃんと生き抜かないと!」と気合いを入れるのだった。
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