第5話
「……やっぱり、私が以前の様に振る舞うのは得策じゃないか」
「そうですね。それに、下手に芝居を打って墓穴を掘りかねません」
ディーンに間髪入れず答えられ、私は頭を抱える。
「墓穴?」
「はい。要するに無理矢理以前の様に振る舞おうとしても、分かる人には分かってしまうという事です」
「……なるほどね」
確かに、ディーンの言う事は一理ある。
つまり、私が慣れない事をしたところで、噂でカナリアの事を知っている人は欺けても以前のカナリアを知っている人には余計に怪しまれてしまう可能性があるというのだろう。
――それに、下手をすればお父様。いや、家の名前を傷つける事になるかも知れないし。
でもまぁ、最初のお茶会で相当やらかしているから今更遅い様な気もするが……。
「それに、今度のお茶会はそれの名誉挽回の良い機会だってお嬢様も自分自身で仰ったじゃないですか」
「……そうね。そうよね」
しかし、お茶会の事を考えると……どうしても頭が痛い。
――何をどう振る舞ってもダメな気がする。
「はぁ」
「あまり根詰めていても仕方ありませんよ」
優しくねぎらってくれているが、彼は『自称天使』の怪しいヤツだ。正直信用は出来ない。
――それにしても、よく見るとゲームの攻略キャラクター並にイケメンね。
ただ、私の好みではない。だからこそ、優しくされてもそこまで惹かれる事もないのだが。
「何にしても、その日になってみないと分からない……という事かしら」
「そうですよ」
そう言われてしまうと、これ以上心配しても仕方がないし、下手に考えても色々な可能性が頭を過ぎってまとまらない。
「しかし」
「ん?」
「いえ、以前の話をもう一度考えてみたのですが、やはり婚約者の方がいるにも関わらずその方に近づくというのはどうにも……」
「抵抗がある?」
そう尋ねると、ディーンは答えづらそうに苦笑いを見せた。
――でもまぁ、そうよね。
しかし、実のところを言うと「婚約者がいる」のは王子だけで、他の攻略者に婚約者はいない。
――今でこそ「婚約者がいるのだから王子を外せば良いのに」と思うけど、あの時は何とも思わなかったのよね……。
ただ、カナリアの立場になって考えてみると、カナリアもそうだが主人公も相当な事をやっていると思えて鳴らない。
なぜなら、主人公の行動は言ってしまえば『略奪』と変わらないからだ。
――とは言え、それでイジメをしていいという理由にはならないけど。
「はぁ」
このゲームにはその当時乙女ゲームの中で流行しつつあった「ハーレムルート」といったモノも存在している。
――魔法の設定と言い、ハーレムエンドと言い……。
実はこのゲーム。発売当時から「設定だけ」というところをよく指摘されていた。それ故に「三流」と呼ばれていた事も。
――まぁ、和足は楽しくプレイ出来ていたんだけどね。
しかし、実際にこの世界に来てみてその物語を改めて考えてみると……その当時流行っていたモノを盛っただけだという事に気付かされた。
――でも、今の私はこの世界で生きていくしかないし。
実のところを言うと、私はあまり乙女ゲームをプレイした事はなかったが、こういった世界観が舞台の小説はよく読んでいた。
その中で「寝ていて突然転生していた」とかいう設定も目にしていたが、残念ながら私にそれは適応されないだろう。
――言ってみればあの時の私は幽体離脱みたいなモノだし、この世界にいるのも天使から言われてだし。
あそこまで「ありえない」が続けば泣き叫ぶ事もなく、なんというか……むしろ冷静になってしまうモノだ。
――私だけかも知れないけど。
「どうかされましたか?」
心配そうな表情でこちらを見るディーンに対し、カナリアは「何でもない」と言って無言で考え込みすぎていた事に気がつき、気まずそうに紅茶を口に運んで誤魔化した。
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