第2話


 この世界を生き抜く!


「ふぅ……」


 そう決意したにも関わらず、私は早速挫けそうになっていた。


 ――本当に、カナリアは……!


 メイの提案を受け、植物園に行こうと準備をしていたのだが、それを手伝ってくれたメイドに「手伝ってくれてありがとう」と言おうと思ったのに、メイドたちはひどく怯えた表情だった。


 ――全く、毎回毎回どれだけ周りの人に迷惑をかけていたのかなぁ。


 私は今でこそカナリアだが、言ってしまえば以前のカナリアとは全く違う。別人なのである。

 彼女がそういった行動をするのには何かしら理由があると考えるのが筋かも知れないが「子供だったから」という理由もあるだろうから、一概には言い切れない。


 ――父親のアリウスも兄のアルカも忙しいから。


 もしかしたら、無理難題などを突きつける事によって寂しさを紛らわしていたのかも知れない。


 ――それでもなぁ。


 メイドたちが怯えていた表情だったのは分かったけど、こちらとしては「手伝ってもらってありがたい」と思っていたのは事実だったから、私は素直に伝えた。ただ、メイドたちは「信じられない」という表情だった。


 ――メイが素直に「いえいえ、そんな事――」と反応をしてくれたおかげでその場は何とかなった……と思うけど。


 これからは使用人たちとも良好な関係を築いていきたいモノだ。


 ――そっちも問題だけど、今の問題は……。


「はぁ」

「随分と深い溜息ですね。幸せが逃げてしまいますよ?」


 午後のアフタヌーンティーの紅茶を淹れながらカナリアの専属執事である『ディーン』は、そう言って笑う。


「そりゃあ溜息もつきたくなるって、あんな話を聞いちゃうと」

「あんな話?」


 私としてはかなり頭の痛い話なのだが、ディーンは心当たりがないのかキョトンとした表情をしている。

 いや、ひょっとすると心当たりが多すぎてどれか分かっていないのかも知れない。それくらい、前世のカナリアはかなりの問題児だった様だ。


 ――まぁ、家の使用人たちに対してこんな態度だから、ちょっと考えれば分かるけどね。


「どうされました?」


 私は思わず「ふっ」と笑ってしまったが、ディーンは逆に心配そうな顔でこちらを見ている。


「ああ。実はね、さっきここに来る途中でメイから聞いた話によると、私が前世の記憶を思い出す前に社交界デビューも兼ねてお茶会に参加したらしいのだけど」

「ああ、ありましたね。そんな事」


 そこでようやくカナリアが頭を抱えている原因が分かったのか、ディーンは頷く。


「それがどうかされたのですか?」

「いや、どうかされた……どころの騒ぎじゃないのよ」

「?」


 そう、彼女『カナリア・カーヴァンク』は今年で六歳を迎える。


 そして、前世の記憶を思い出す少し前に五歳を迎えたのだが、その時に催された『お茶会』で、カナリアはいつもの使用人たちにする様に振舞った。

 つまり、自分よりも身分の低い令嬢たちのドレスを笑ったり話題に出して貶めたりした様だ。


 ――六歳って事は前世で言うところの小学生よね。


 しかし、自分が小学生の時がどんな感じだったのか……と考えると、実はあまり覚えていない。


 ――どこにでもいる小学生って感じなのだろうけど。


 その「どこにでもいる」が前世と今のこの世界とはそもそもの基準が違う。だから、あまり参考にはならない。


 ――それでも、カナリアの行動は「さすがにダメでしょ」とは思うのよね。


「そういえば、使用人たちの中では『お嬢様が変わられた』とこちらでは持ちきりですよ」

「そりゃあ、そうでしょ」


 今のカナリアは前世の記憶を思い出している。だから「別人」と言っても過言ではない状態だ。


「先程、メイドたちは『お嬢様にお礼を言われた』と驚いていました」

「ああ」


 ――やっぱり騒ぎになったのね。


「気持ちは分かりますが……と咎めておきました」

「その言い方に棘を感じるけど……まぁ、いいわ」


 私が記憶を取り戻す前からディーンに迷惑をかけていたのは事実だ。


「アルカ様は少し不審に感じている様ですが」

「――でしょうね」


 兄であるアルカとも前世の記憶を取り戻して最初に「心配をかけてごめんなさい」と言った時、もの凄く驚かれた。


 ――父親に代わって貴族として実質治めているのは兄だもの。当然一筋縄じゃいかないでしょうね。


 最悪、兄には説明をしないといけないかも知れないとすら思っている。


 ――心配してくれているのは本当だろうけど。


「でも。確かに、今のお嬢様は以前のお嬢様とは全然違いますからね」

「そうじゃなくても、今までのカナリアの行動はないと私は思うわ」

「……確かに」


 その時の事を思い出したのか、ディーンは苦笑いを見せる。


 カナリアの専属執事である『ディーン』は実はカナリアの前世で出会った『自称天使』を名乗る不思議な……いや、胡散臭い青年だ。


 そんな彼曰く「今度こそちゃんと天寿を全うするのを見届けるため」にカーヴァンク家の執事になったらしいのだが、なぜ彼がここまでカナリア……いや、前世の私に肩入れをするのかは分からない。


 ――何かきっかけがありそうなところだけど。


 残念ながら全く覚えがない。


 ――これくらいイケメンなら覚えていそうなモノだけど。


「しかし、今はあなたがカナリア・カーヴァンクです。話によると、この世界はあなたが前世でプレイしたゲームにそっくりだとか」

「そっくりどころかそのままって感じね」


 そして、そのゲームの中でのカナリア・カーヴァンクのエンドは良くて国外追放。悪くて『死』のみという笑えない仕様となっている。


「しかし、どうしてそんな結果になったのでしょう?」


 興味津々……というより「情報」として知りたいという様な感じでカナリアに尋ねた――。

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