第2話
『……?』
私はその国ではどこにでもいるごくごく普通の高校生……だった。
それこそ「お金持ち」というわけでもないごくごく普通の家庭環境で育ったが、やたら仲の良い両親に少し年の離れた姉に囲まれ、私は毎日幸せに過ごしていたはずだったのに――。
『え、え!? どっ、どういう事!?』
なぜか私の目の前に広がっている光景は、血を流して倒れている自分の姿。
普通であれば、もっと取り乱すところなのだろうか。しかし、この時の私はそれ以上に「どうしてこうなった?」という事ばかり考えていた。
『……』
ただ、正直言って「今日もいつもと同じように部活から帰る途中だった」はずなのだ。それこそ、特別な事なんて何もしていない。
――え、じゃあ何。本当に「偶然」とか「たまたま」って事? 嘘でしょ?
チラッと見える目の前にある自分の姿から「もう自分が助からない」という事は目に見えて明らかだ。
しかし、改まってその事実をこの目で見てしまうと「この事実を受け入れられるか」と言われてしまうとその答えは正直に言って「No」である。
現に、私はその場でへたりこんでしまった。人によっては「今更?」と言われてしまうかも知れない。でも、この時ばかりはただただ「揺るがない事実」に対して泣くしかなかった
『うっ、うっ……』
しかし、泣き崩れる彼女に声をかける人間は誰もいない。それもそのはず。なぜなら「そもそも彼女の姿は誰にも見えていなかった」のだから。
『……』
私のすぐ隣には一台の車が止まっており、ボンネットは凹んでいる。その様子からかなり速いスピードで突っ込んで来たのだろうという事は分かった。
『なっ、なんで……なんで!』
――なんで私がこんな目に!
私はその気持ちから「悲痛」とも取れる叫び声を出したが、そんな私の声に答える人なんて誰もいない……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
なんて思っていたら――。
「あらら、まだここにいたんだ」
『――! なっ、なに。誰!?』
突然、後ろから声が聞こえてきた。しかも、明らかに私に対してである。
「そんなに警戒しないでよ」
なんて言っているが、死んだはずの私……つまり「魂だけになっている」はずの私に声をかける辺り普通ではない。
――そんな相手に「警戒するな」って言う方が無理よ。
それが分かっているのか、声をかけた相手も「まぁ、無理か」と言ってクスクスと笑う。
『だっ、誰』
「ああ、そうだね。僕は……君から見れば『天使』ってヤツかな」
声をかけたのは『自称天使』という胡散臭い青年だ。言われて見れば確かに、背中に「天使の象徴」とも言える羽根を持ってはいるが……。
『天使って』
そうは言われてもいきなりそんな事を言われて信じる人なんてそうそういないだろう。現に私も相当警戒した。
「うーん、君の信頼を得るのはなかなか骨が折れそうだね」
なんて言いつつニッコリと笑うと、青年はへたりこんでいる彼女に対し「まぁいいや」と言いつつかがみ込む。
『なっ、何』
顔を近づけられ、私は思わず後ずさりをする。
「とりあえず、今の君が置かれている状況について説明しておこうと思ってね」
『じょっ、状況?』
そう言うと、青年は「うん」と言って笑いかける。
――なっ、なんだろう。さっきからものすごく笑いかけてくるのだけど。
しかし、その笑顔が「純粋」なモノなのか「打算的」なモノなのか全く分からない。
「君は見ての通り死にました。原因は……見ての通り一方通行の道で脇見運転していた車に轢かれた事による事故死ってところだね」
『……』
そう言いきる少年に対し、私は呆然とするしかない。だが、そんな私にはおかまいなしに話を続ける。
「ただね、君は天寿を全うしたワケじゃない」
『はっ、はぁ』
「だから、僕は考えました」」
『かっ、考えた』
「そう、君に別の世界で行き直してもらって、天寿を全うしてもらおうってね!」
自称天使の青年はそう元気よく言って顔をズイッと近づける。
『……は?』
こういった場合、よく「目を白黒させる」とか「鳩が豆鉄砲を食ったよう」とかいった表現が使われるが、私はこの時。その言葉の意味がよく分かったような気がした。
「おやおや? 分からないかな。だから君はここじゃない別の世界で生きて天寿を全うしてもらうって話。ちゃんと聞いてた?」
『いや、それは聞いていたけど』
そうは言っても話の意味は全然分からない。そもそも、この目の前にいる人物は本当に「天使」なのかという事も分からない
――信用して良いのかな。
私の心の中は「全く分からない」状態だった。
「まぁ、君が驚いているところ申し訳ないんだけどさ。ちょっと急がないといけないんだよ」
『え、それってどういう』
「うん、実はさ――」
その自称天使曰く、何でもあまりこの世界に留まり過ぎると、この世界に縛られて『幽霊』になってしまうのだと言う。
――ゆっ、幽霊って。
今まで色々な物語を読んでその中には『幽霊』を取り扱ったモノもあったが……。
――まさか自分がそれになるかも知れないなんて。
物語を読んでいる時は「設定」として見ていたが、いざ自分がそれになって可能性があると思うと……何とも言えない気持ちになる
「まぁ、君も受け入れらない話かも知れないけどさ。ただそうなると、実は最終的には祓われるか悪霊になってしまうかの二択になっちゃうんだよね」
『え』
「それに、長くここにいると自我も次第になくなっちゃうし」
『あっ、悪霊になるとどうなるの?』
「簡単に言えば人を襲うね。しかも、生前君と何かしら関係があった人限定で」
『何かしら関係……って』
――要するに、選択の余地は一切ないって事よね。
言い方はともかく、つまり友達や家族を襲ってしまうという事なのだろう。それだけは絶対に阻止しなければならない。
『……分かった』
「お! やっとその気になってくれた?」
私が決心したように言うと、青年はパッと明るくなった。
『ええ、でも。こちらにも条件がある』
そう言うと、青年は「うんうん」と笑顔のまま頷く。
――なんでそこまで嬉しそうなんだろう。
正直、その理由は謎だ。しかし、このままこの場に留まっていてもどのみち言い方向には向かわない。
――それに、仲の良かった友達とか家族を「襲う」なんて……耐えられない。
「それはもちろん! 出来る限り君のご希望に添える様にするよ!」
こうして彼女は別の世界に行っていわゆる「人生のやり直し」をする事を決めたのだった――。
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