第169話 甘酒を飲んでみた

 前回、麹の話をご紹介しました。日本の発酵食品の根幹をなす麹は、日本酒や甘酒それに味噌や醤油を作る上では欠かせないものです。麹を使った発酵技術は、元々は中国から伝来されました。ところが、日本においてこの麹が独自に進化していきます。米を使った麹のことを日本では、米に花と書いて「糀」という新しい漢字を生み出しました。それほどまでに愛着を持っているのです。


 甘酒を作るためには、お粥のように柔らかく炊いたご飯に糀を混ぜます。温度管理が大切で、55度から60度くらいで活発に発酵します。江戸時代に庶民でも手軽に作れる飲み物として流行ったそうで、夜に仕込んだら次の日に飲めるので「一夜酒」と呼ばれていたようです。現代では寒い冬に甘酒で温まるイメージが強いですが、当時は夏に飲んでいました。夏だから、常温の放置でも甘く発酵することが出来たのでしょう。俳句にも夏の季語として甘酒が登場します。甘酒が夏の風物詩だったとは意外ですね。


 僕も甘酒を作ってみました。炊飯器の保温機能を使って丁寧に発酵させるのですが、9時間を超えると米の固形物がなくなりドロッドロになります。温かい甘酒を飲んでみました。かなり甘いです。喉が痛いくらいに甘い。正確に測っていませんが、糖度は20度を軽く超えていると思われます。林檎の甘いもので15度くらい。葡萄の甘いもので18度から20度くらいになるのですが、甘酒は果実の甘さを軽く超えています。当時としては、貴重な甘味料だったでしょう。


 甘酒の記述は日本書紀に現れているので、古墳時代や飛鳥時代にも飲まれていたことになります。ただ、庶民が口に出きるようなものではなかったと思われます。日本の酒は、麹を使って糖分を生成し、更にその糖分を酵母の力でアルコール発酵させます。世界的にもかなり複雑な工程を経てお酒が出来ているのです。これらの仕事を、部民と呼ばれる現代でいうところの公務員のような人々が酒造りに関わっていました。だから、麹の取り扱いも組織的に管理されていたと考えます。


 ところで、人類の進化に調理が関わっていたとの考察があります。肉食動物や草食動物は、食べたものを消化させるために多くの時間を必要としています。消化する為に寝なければいけません。じっと動かないのです。その間、体中のエネルギーを腸に集中させて体に必要なエネルギーを取り込みます。ところが、火を使い始めた人類は肉にしろ穀物にしろ食べやすく調理しました。そうすることで、消化するための時間やエネルギーを節約することが出来たのです。その節約することによって生まれた余暇が、人類の進化に大きく寄与しました。


 この調理は火だけに限りません。発酵は、更に大きな効果がありました。発酵の仕組みは、酵素による物質の分解です。この働きは腸の中でも同じで、腸内の微生物が酵素を使って食べられた食物を分解しているのです。つまり、発酵は「外部消化作用」と見ることが出来ます。予め消化された食物を口にするということは、胃や腸の負担が少なく、且つスピーディーにエネルギーを取り込むことが出来ました。


 発酵の歴史は、かなり古い。人間が意識的に取り組み始めたのは、ヨーグルトなら5000年前、ビールなら8000年前とされます。そもそもビールは薬として飲まれていました。現代でいうところの、健康飲料的な扱いです。活力の元として重宝されていたのでしょう。そのイメージになぞっていくと、甘酒も同じです。多くのミネラルを含んでおり、とても甘い。夏バテ解消のエネルギー元として、江戸時代では親しまれていたようです。

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