第146話 正倉院展雑記
今回は歴史の話ではありません。正倉院展に言ってきたので、その感想でもお伝えしたいと思います。正倉院は、奈良時代の初期に活躍した聖武天皇やその皇后である光明皇后にゆかりの品や珍宝が、9000件も収められています。聖武天皇は西暦749年に崩御されたので、ざっと1300年くらい前の品々です。僕は、当時の美術や技術それに資料に関心がありました。聖徳太子が活躍した飛鳥時代からは、ざっと150年ほど後の時代になります。
正倉院展を見学する為に、前日から奈良に向かいました。足は、僕の相棒である50ccのスーパーカブです。宿泊は、山の中で野宿をしました。焚火を見つめウィスキーを飲んでいると、真っ暗な山の中からケーンケーンと鳴き声が木霊しています。流石に奈良。鹿の鳴き声です。明日の正倉院展に向けて闘志を漲らせながら、酔っ払い、つぶれました。
素晴らしい快晴の朝、テントを仕舞いスーパーカブに括りつけると奈良国立博物館に向かいました。正倉院展はローソンチケットで前売り券を購入する必要がありました。しかも、ただの前売り券ではありません。来場日と入場時間を指定する必要があるのです。驚きました。来場日は兎も角、入場する時間帯までわざわざ指定する必要があるのかと、疑問に思います。その時間帯も30分刻みなのです。
博物館に到着して納得しました。凄い来場者数です。でも、見学者は多いのですが、予め時間指定がなされているので粛々と入場することが出来ました。人気の美術展に足を運ぶと、入場するまでに2時間くらい待たされることがあります。入場してからもイモ洗い。まともに見学が出来なかった経験があります。その事を考えると、素晴らしいシステムだと思いました。人気の美術展や博覧会は、是非そのようにして欲しい。
正倉院展を見学するにあたって、経験者からアドバイスを受けていました。音声ガイドを活用がした方が良いと。普段の僕は少々ケチ臭い。そうした付加価値になかなかお金を使わないのですが、今回はアドバイスに従いました。これが大正解。展示されている品々に、どのようないわれがあるのかを聴くと、同じ見学でも没入感が違いました。何か分かったような気がして、フムフムと頷いてしまいます。
最初の展示物は、「九条刺納樹皮色袈裟(くじょうしのうじゅひしょくのけさ)」になります。天皇で初めて仏門に帰依した聖武天皇が着衣した袈裟になります。後々のお坊さんの袈裟は豪華絢爛になっていきますが、この袈裟は一見するとただのボロ布に見えます。名前に樹皮の文字がありますが、正に樹皮のような模様なのです。9本の樹木からなる格子模様。ところが目を凝らしてみてみると、樹皮のような斑模様は、小さな小さな裂いた布を縫い合わしていました。その作業が実に細かい。その作業にどれだけの時間を要したのか計り知れません。渋いセンスです。日本の美意識、ザ・わびさび。この袈裟が、正倉院で一等の宝物になります。
九条の袈裟は聖武天皇愛用の品でしたし、一等の宝物なのは分かります。しかし、今回の正倉院展の主役をあげるとしたら、「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶(かえですおうぞめらでんのそうのびわ)」だと思います。最近、五十の手習いでギターの練習を始めたせいか、この琵琶に関してはため息をつきました。琵琶の名前のとおり、形は果実の琵琶に似ています。名前の由来はどちらが先なのか気になりますが、現在ではあまり見かけることがない楽器です。この琵琶、装飾が凄いのです。表面のバチが弦を弾く部分には、山水画が描かれていました。とても精密な絵でして、白い像に乗った楽師と童子が楽しそうに振舞っています。山間には渡り鳥が列をなして飛んでいて、とても長閑な景色でした。
対して、この琵琶の裏面はとても派手です。小さな花で作られた王冠のような模様が、左右対称であしらわれています。なんと表現したらよいのか、花火が広がったような華やかさ。キラキラと輝いています。この輝きは、材質にヤコウガイやアワビを使っているからです。その技法を螺鈿といいます。螺鈿の装飾は、裏面だけではありません。側面から首の部分からあらゆるところに施されていて、技術の高さを感じました。
音声ガイドを聴きながらその琵琶をジロジロと見ていると、ナレーションが僕の耳元で囁きました。この琵琶を使用した楽曲も楽しめると。メチャ嬉しい。早速、聴いてみることにしました。日本の古い楽曲には馴染がありませんでしたが、一気にその世界観に引き込まれます。ゆっくりとしたフレーズ。主旋律は、横笛で伴奏が琵琶のようです。目を瞑ると、奈良時代にタイムスリップしたような感覚に浸れました。音声ガイド、恐るべし。この楽曲を聴けただけでも、大きな価値がありました。その後も、様々な品々を見学しましたが、心に残ったものをいくつか。
日本昔話で鶴の恩返しがあります。鶴が布を織って恩返しをしました。子供の頃は特に不思議に思わなかったのですが、一般的な農家に機織りがあるのです。現代との違いに、今更ながらに気が付きました。昔は、朝廷に布を納めることが義務化されています。奈良時代は、大宝律令が施行され国家の基盤が整った時代でした。国民は朝廷に税を納めなければなりません。その税のことを租庸調といいます。その税のうち調が、布を納める税になります。
気になって、その痕跡を探しました。万博にあるミンパクや、奈良にある民俗博物館に足を運びます。京都の繊維会館や、西陣織の工場がある町家にも顔を出しました。機織りの機械を見学することは出来ましたが、何となく実感が伴いません。古代の日本に機織り技術を持ち込んだのは、秦氏(はたし)とされています。しかし、機織りや秦氏の資料は残っていません。当時の人々が、どのようにして機織りに関わったのかを感じたかった。
今回の正倉院展で、実際に税として納品された布が展示されていました。調布(ちょうふ)といいます。東京に調布市がありますが、あの名前の由来も租庸調の調から来ています。この調布は、正倉院展では初出展だそうです。真っ白い布でとても目が細かい。長さも相当あると思います。黒い棒を芯にしてキレイに巻いているのですが、反物の直径は12センチほどはありました。かなりの技術です。当時の一般的な機織りの技術の高さに驚きました。僕の中には、古代の事だからと、どこか馬鹿にしたところがありました。しかし、全く違います。僕の中の理解が、少し深まりました。
展示物の後半は、文書が中心になります。律令制が布かれた奈良時代は、正確に税を徴収するために6年に1回戸籍調査が行われます。その当時の戸籍の文献が展示されていました。飛鳥時代には、まだ行われていなかった制度ですが、とても参考になります。他にも、仏典の写経なんかも展示されていました。漢文ですし内容は分かりませんが、力強くとても綺麗な書体です。
正倉院展に、3時間も居ました。じっくりと見学をさせて頂きました。イヤホンを通じて、琵琶の楽曲を3回も聴きます。隅から隅まで奈良時代を感じて、ちょっと疲れました。帰りは、真っすぐに帰りました。
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