乱世(三)
軽トラのバックミラーには小さな木彫りの猫の根付がゆらゆらと揺れている。運転しているのは、作業着姿の筋肉質な男だからなんだかアンバランスだ。
シバが運転する軽トラは東京23区内を走っている。根付には猫又が憑いており、根付の中でシバの言葉を思い返している。
「おまえは前とは違う。見た目は木彫りの猫だ。人がいる前では根付が動くところを見せるな」
猫又はシバの言葉をちゃんと受け止め、根付の姿で居続ける練習をしている。
(気をつけないと無意識に動いているときがある)
これまで猫又は霊体でおり、
ところが今は木彫りの猫に憑き、『
「
「だから特訓する」
「え? まだやることがあるのか?」
「これからが本番だ。最初はおまえと木彫りの猫をつなげた。次は一体化。仕上げは遠隔だ」
「遠隔?」
「依代とのつながりを保ちながら霊体を外に出せ」
「ま、まただ。シバの言ってることは難しいぞ」
「……面倒くさい。一度で理解しろよ……」
シバはぼそりとこぼしたけど猫又には聞こえている。
「なっ! シバの言い方がヘタなんだ! 私のせいじゃないっ」
「ああ、今はいい。また説明する」
シバは言葉が少ないため、猫又は意図することが読めなくて困ることがある。ちゃんと説明しないから突き放しているようにも取れるが、なんだかんだで面倒見がいい。猫又は必要になれば教えてくれると信頼を寄せ、焦らず目の前の特訓を続ける。
猫又が思っていたとおり、すぐに次の段階へ進んだ。
シバは猫又を連れて出かけ、建築現場に到着したら次の課題をだしてきた。
「オレがいいと言うまでは根付で過ごせ。
それだけ言うとシバは建築現場へ入っていった。猫又は言われたとおり根付で待つ。
霊体を出せないから、木彫りの猫の目の範囲でしか景色は見えない。そのため猫又は
シバが戻ってきて軽トラを動かしても猫又は沈黙したままだ。
「根付はもういいぞ。
「大きいのが一つ。小さいのは……四……かな……」
シバは根付を指ではじいた。
「イタイ! シバ、痛いぞ!」
「違う。七だ。大きいやつは一、小さいのは四、中レベルのやつが二」
「二体!? 気づかなかったぞ」
「妖気を抑えて、でかいやつの近くに隠れてる。もっと慎重になれ」
猫又は根付の中でしょぼんとなるが失敗はくり返さないように努める。
シバは日中いくつかの建築現場を移動していく。訪れる先で猫又は現場にいる
シバはほかの者に指示を与えるから現場監督のようだ。みな信頼を寄せてるみたいで、若いシバから指示されても嫌な顔をせずにてきぱきと動く。
(シバはこれまで会ってきた人間とは異なる。押しつけてこないし、かといって放置しているわけでもない。選択権はいつも私にある。……なぜここまで面倒見てくれるんだろう)
シバに質問しても答えてくれない。猫又は不思議に思いながらもシバと行動し、特訓を続ける。
新たな建築現場で猫又は特訓中だ。
根付の状態のまま気配だけを頼りに
数日もすれば猫又は軽トラのバックミラーにぶら下がった根付からでも、遠くにいる妖気を感知し、
「
「三体だろう」
何も言わないシバを見て、猫又は当たっていたと喜ぶと根付が不自然に揺れた。
「調子に乗るな。根付は動かない」
ピンッと指ではじかれた猫又は痛みに耐えながら抗議する。
「さっき『根付はもういい』って言ったぞ!」
「……なんかはじきたくなった」
「なんだそれは!」
シバは猫又の文句を聞き流して運転を続ける。とうに日は暮れており、軽トラは夜の街を走る。
オフィス街に立つビルは静まり返っている。シバは人が活動しない時間帯に建物を訪れる。警備の人が中に入れてくれるので、訪れるのは了承済みのようだ。中に入るとシバはまるで自分の家のように迷うことなく進んでいく。
「シバはこの建物のことを知っているのか?」
「まあな。『
「そうか、シバのところでつくった建物か。じゃあここも『邪気返し』をするのか?」
「そうだ」
昼間は建築現場で妖気を読み取る特訓をするが、夜になると違う特訓が始まる。夜は玄が手がけた建物を訪れて、
訪れているビルにも猫又の経験値を上げる相手がうろついていた。
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