乱世(二)


 女にけたタヌキのアヤカシと対峙していた猫又は、背中に衝撃を受け、痛みが走った。背に何かが乗り体が地面に沈む。ふり向くと大きなタヌキが牙を立てていた。


(二匹いたのか!)


 背中に咬みついたタヌキのアヤカシは、頭を左右に激しく振って牙を食いこませていく。猫又の顔が痛みでゆがむ。


(油断した! タヌキは群れで行動するやつもいる)


 敵を一匹だけと決めつけていたことを反省し、改めて辺りに注意を払う。屋上を隅々まで見回して、アヤカシが二匹しかいないと確認できたら戦いに集中した。


 背には食らいつくタヌキがいる。猫又は反撃するのではなく、牙がわずかに緩んだ瞬間にすばやく根付に戻った。タヌキの牙はくうを切ってガチンと鳴り、根付は小さな音を立てて地面に転がった。


 二匹のタヌキは猫又が消えたことに驚き、あわてて周囲を警戒する。猫又は根付のまま様子をうかがう。近くにいたタヌキが背を向けると、再び霊体となって飛びかかった。


 音を立てずに飛びかかったからタヌキの背中はがら空きだ。猫又は鋭い爪を出して前足を振った。しかし感触がおかしい。体を切り裂くような感覚がない。


(くそっ、タヌキは毛皮が厚い! 爪が体に届いていない!)


 猫又は着地するとすぐに体をひねって跳躍し、再びタヌキに向かって爪を振るった。狙った顔には毛皮の守りはない。裂かれたタヌキは声をあげて倒れた。


 猫又は間髪をいれずもう一匹のタヌキへ向かう。タヌキは猫又の俊敏な動きについていけず、抵抗する間もなく腹に爪を食らった。


(よし、うまくいった!)


 アヤカシの動きを止めることに成功した猫又は安堵する。手負いで動きが鈍くなっているとはいえ、アヤカシは油断できない。猫又が用心しながらタヌキへ近づいているとシバの声がした。


「もういいぞ」


 とどめを刺すところで止められた猫又は困惑した。シバは木彫りの猫を地面に置くと、あとは離れた所から静観して戦闘には加わらなかった。この場を任されたと思っていたから、止めた理由がわからない。


「根付に戻ってろ」


「どういうことだ?」


「いいから」


 に落ちないが猫又は木彫りの猫の中に戻る。見届けるとシバはしゃがんで地面にゆっくりと片手を置いた。


 すぐにシバの手のひらが光り始め、異質なモノが地面を這うように広がっていく感覚が走る。足の裏に異様なナニカを感じて、猫又はその場から動けなくなった。


(なんだ!? シバを中心に嫌な感じがするチカラが広がっていく!)


 突き上げるような振動には排除を感じ、触れるモノをはじき飛ばす意志がある。シバが流すチカラは建物の表面をコーティングしていくように広がっていく。


 チカラが広がっていく途中、傷を負って地面に伏せていたタヌキのアヤカシに触れた。途端とたんにバチンと大きな音が鳴って、アヤカシの体が宙に飛んだ。


 フェンスの向こうに飛ばされたタヌキは、真っ逆さまに地上へ落ちていく。残されたもう一匹のタヌキは、意識がないまま落ちていく仲間を見て、あわててあとを追った。建物の端まで行くと屋上からジャンプして姿を消した。


 猫又には影響はないが、地面からびりびりと振動が伝わり拒絶の意志を感じる。いぶかしがって足元を見ていたらシバの声がした。


「『邪気返し』だよ」


 見上げるとシバは煙草をくわえながら話し始める。


「この建物は『げ ん』が担当した。オレは玄のつくった物にアヤカシをはじくチカラを発動させることができる」


「私もアヤカシだ」


「おまえはオレがつくった物の中にいる。だから除外されているんだよ」


「玄がつくったもの全部に邪気返しができるのか?」


「正確には全部じゃねえな」


「どういう意味だ?」


「さてね?」


 ふう―――と煙をはくとシバは話題を切り上げた。


「まただ! シバは秘密主義すぎるぞ! 私の記憶は勝手に読んだくせに自分のことは教えてくれない。不平等だ!」


 猫又は木彫りの猫の姿のまま抗議を続けている。興奮して尾がふりふりと揺れており、今にも飛びかかってきそうだが、シバは相手にしない。


 煙草を吸い終わると根付を手に取り、作業着の胸ポケットに入れた。移動しながらシバがぼそりと言う。


「50点」


「え?」


「おまえの戦闘、50点」


「満点か!?」


「そんなわけあるか。100点中50点だ」


「なんでだ! ちゃんと戦闘不能にしただろう!」


「後ろから攻撃されたからな」


「あっ……」


「強いアヤカシだったら、おまえはやられていたぞ」


「…………」


 しゅんとしている気配が伝わってきて、シバは仕方ないなと言葉を追加する。


「まあ……ピンチになったときに根付に戻ったのはいい判断だ。20点足してやる」


 猫又が喜んだことがわかり、シバがやさしく微笑んだ。


「なあ、シバ! ほかは? ほかに良かったところはないのか!」


「……調子に乗るな」


 猫又はこれまで褒めなかったシバから認められたことがうれしくて、根付の状態のままポケットの中を歩き回る。シバは気づいていたけどスルーした。


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