解決編

#1:猫目石欠片の推理

 雨は、もう上がっていた。

「あいつ……本当にどこ行った?」

 建物の中にいても息が詰まりそうだった。柳たちは気づけばロッジの外でたむろしていた。

「…………」

 正平は神経質そうに腕を組んで、あたりをうろうろしていた。景清に続き、健も死んだとあっては動揺も大きいだろう。

 遼太郎は外にいながらも、ゲーム機を弄っていた。何も言わない。

 西瓜もじっとしていて、一言も話さなかった。

「雨、止んだね」

 棗が呟く。

「警察の人、これで来るかな」

「来るだろう。もう少し天候が良くなるまでは様子見するかもしれないが、思っていたよりは早く来そうだ」

(しかし……本当に欠片のやつはどこ行った?)

 今のところ、柳が気にしているのがそこだった。まさか犯人に殺されたとは思えないが、こうも姿が見えないとその可能性を考えないわけにはいかない。

(探しに行くか? いや、無軌道に殺人を犯し始めた犯人がいるかもしれない今動くのは……)

 などと考えていると。

「おーい!」

「え?」

 森の方から声が聞こえてくる。とても呑気な呼び声だ。

「あれ……欠片じゃないか?」

 顔を上げた正平が、声のした方を指さす。

「おーい!」

 みんながそっちを見る。そこには、森から小走りに出てくる欠片の姿があった。いつものシャツとカーゴパンツ、そしてサバイバルベストという変わらない姿である。

「なんだ。生きてた、の、か…………」

 そこで、全員は驚愕する。

 なぜなら。

 欠片の後ろからゆっくりと。

 ホッケーマスクの怪人が姿を現しているからだ。

「欠片! 後ろ!」

「ん?」

 ちらりと欠片は後ろを見て、それから何事もないかのようにこっちに向かって走ってきた。

「やーやー。遅れてごめん。ちょっと手間取っちゃって」

「いやそうじゃなくてだな! 後ろの怪人に驚けよ!」

 思わず突っ込んでしまう柳だったが、その間にもずんずんと怪人は近づいてくる。

「こいつ……やはり第三者が怪人だったのか? 俺たちを殺しに来たのか」

「ああ、その人?」

 欠片はぽんぽんと柳の肩を叩く。

「大丈夫だよ。その人はとりあえずこっちに危害を加える気はないから」

「なに?」

 その言葉通り。

 怪人はみんなに近づくとぴたりと動きを止めた。

「欠片……いったい、これはどういうこと?」

 さすがにゲーム機を置いた遼太郎が疑問を投げかける。

「ふふん。ではご紹介します。実はこの人はなんと! 死んだと思われていた浜岡伍策さんでーす」

 マスクがとられる。姿を現したのは、純朴そうな少年だ。しかし……この場のほぼ全員が肝心の伍策の顔を知らないため、いざ素顔を見せられても反応に困った。

 ただひとり。

 西瓜を除いて。

「伍策……さん」

「西瓜。心配をかけてすまない」

 西瓜は、今にも駆け寄りたいのをぐっとこらえるような態度を取った。その様子を見て、正平が気づく。

「まさか……西瓜はこの人が生きていると知っていたのか?」

「…………」

 西瓜は静かに頷く。

「連絡は取りあってたんだって」

 無言のふたりに代わり、欠片が答える。

「まあそのせいでいろいろ起きちゃったんだけど」

「いろいろ?」

「その辺も全部、順序だてて説明するよ。というわけで、解決編やっていこー!」

「……なに?」

 柳が疑問符を浮かべる。

「解決編だと? 待て、そもそもこの伍策さんはどこから出てきた? ひょっとしてお前、あの水没した道を調べて……」

「うん。あの道が母島に通じていてね。母島に隠れていた伍策さんを連れてきたってわけ。だから全部話すって。じゃあさっそく行ってみようか!」

 どうやらテンションで押し流すつもりらしい。

「さてっ!」

 名探偵、皆を集めて、さてと言い。

 欠片の解決編は、お決まりの一言から始まる。

「まずは事件を整理しようか。キャンプは昨日の朝から始まった。広島在住のわたしたち……つまり猫目石瓦礫とわたし。ボーイスカウトの濃尾善治さんと息子の遼くん、そして正平くんと健くんと西瓜ちゃん。あとは西瓜ちゃんの父親の北斎さん。以上が朝一番に母子島キャンプ場に乗り込んだ。このときはまだ何も起きていない。わたしが船酔いになったくらいでね。問題が起きたのは、昼過ぎになって雪宮林檎さんと柳くん、棗ちゃんが奈央さんの運転するクルーザーで島に着いた頃から。母島を案内されていた柳くんは、謎の怪人を目撃する」

 それが伍策であることは、すでに明確だが……。手順があるのか、あえて欠片はスルーする。

「その後、子島でも柳くんは怪人を目撃した。最初に怪人について説明しようか。この怪人の正体はもうわかっての通り、浜岡伍策さんだった。伍策さんは西瓜ちゃんと接触を持つためにひそかに行動していたけど、何の因果か二度も柳くんに発見されたのでこれは危険と判断して逃走。その後は母島の自宅でおとなしくしていた」

「待て。じゃあこの人は事件と関係ないのか?」

「さあねえ」

 柳の質問に欠片がとぼける。解決編の主導権を意地でも渡さない気だ。

「順番に行くって。さて、次に問題となるのは北斎さん殺しの件」

「な、なに……?」

 正平が困惑したように声を漏らす。

「あ、そういえばまだみんなには言ってなかったよね。昨日の深夜、北斎さんが殺されたんだよ。五右衛門風呂に突っ込まれて溺死。死亡推定時刻はちょうど、わたしたちがキャンプファイアーをしていたとき。ゆえに犯人はわたしたち以外の第三者なのか? それともアリバイトリックか? と疑問が生じた」

「…………結論は、どっち?」

 もう隠されていたことには文句を言わないことにしたのか、遼太郎は先を促した。

「結論は後者。アリバイトリックを使って死亡推定時刻をずらし、嫌疑から逃れていた。犯人は奈央さんで、北斎さんに関係を迫られていたんだってね。ただ、ここで実は犯人は奈央さんだけじゃなかった。だよね、西瓜ちゃん?」

「…………」

 西瓜はただ黙っていた。

「北斎さんは奈央さんを脅した。そのとき、伍策さんが生きていると言いふらすって脅したんだよ。まさか北斎さんが本気で伍策さんの生存を勘づいたとは思えないけど、この際それはどうでもいい。西瓜ちゃん的には守らねばとなって殺っちゃったと」

「本当、なのか……」

 次々と隠されていたものが明らかになって、正平は動揺を隠せていない。だが西瓜はやはり、まだ黙ったままだった。

「さてここからが本題」

 ぱんっと。

 柏手を打って欠片は全員の注目を集める。

「ここまでの事件を考えると……ひとつ気づくことがあるでしょ」

「気づくこと?」

 棗が反芻するが、隣にいた柳はすぐに思いついた。

「北斎さん殺しと景清さん殺しの犯人は別にいる、ということか」

「ご名答」

「ホッケーマスクの怪人は伍策さんがただひそかに動いていただけで事件とは関係ない。北斎さん殺しは動機が明確で、奈央さんにしろ西瓜にしろこれ以上の殺人を犯す理由がない。景清さん殺しだけが浮いている」

「ゆえに問題は、なぜ景清さんが殺されたのか、ということになるよね」

 全員の視線は、やはりどうしても伍策に向く。

「伍策さんが生きているのがバレたから、じゃなくて?」

 遼太郎が素朴な推測を口にする。

「それは違うかな遼くん。三年前の事件で伍策さんを匿ったのは奈央さんと景清さんだよ。景清さんは伍策さんが生きているのは知っていて当然」

「じゃあ誰が……」

 島を蠢く第三者の正体は伍策だった。北斎殺しの犯人は内部にいるが景清まで殺す動機はない。

 ならば誰が?

「こういうとき、どう考えるかな?」

「どう考えるかも何も……」

 この場で欠片の投げかけに応答できるのは柳しかいないので、結局柳が答える。

「まったく別の犯人がいるか、あるいは前提に齟齬があるか、だ。だが、この島に伍策さん以外に潜伏している第三者がいるとはおよそ考えにくい。ならば前提が違う。伍策さんが怪人のフリをしていただけという想定がおかしいか、奈央さんと西瓜に景清さん殺しの動機がないと考えるのがおかしいか」

 消去法で考えるなら、そういうことになる。

「その通り」

 わが意を得たりとばかりに欠片が満足げに頷く。

「でもさ、後者は考えにくいよね。伍策さんを匿う上での協力者だった景清さんを殺す動機は、奈央さんにも西瓜にもない」

「それは伍策さんも一緒だろ。自分を匿ってくれる相手を殺す動機なんて……」

「そう。普通はない。でもみんな忘れてない? 三年前の犯人について」

「三年前……」

 思い出すまでもない。

 三年前の虐殺事件の犯人。

 奈央と景清がわざわざ匿ったということは……。

「殺人鬼に、動機はない。少なくとも合理的で理知的なものは、ね」

 欠片が粘っこく笑う。

「殺人鬼にとっては人を殺すこと自体が目的なんだから、そこに整合性なんてないよ。だから殺した。ねえ……そうですよね、伍策さん」

「…………!」

 伍策は、わずかにたじろぐ。

「まさか……そんな!」

 西瓜が動揺した。

「伍策さんが犯人だなんて! そんなはずはない! だって、彼は自分が三年前の犯人だということを疑っていたのに……」

「だから、そういう合理性が存在しないのが殺人鬼なんだって」

「…………」

 伍策は、自身のポケットを探る。

 そこから取り出したのは、一丁の拳銃だった。

「な…………」

 思わず全員が後ずさりをする。拳銃を前に、たかだか数歩下がることに大した意味はないのだが、そうせざるをえない。

「バレたら仕方がないな」

 そう言って、伍策は銃を欠片に向ける。

 欠片は何事もないように、ただ突っ立っている。

「この島は今、橋で分断されている。僕たちが通ってきた洞窟の抜け道はあるが、ボートは沈めておいた。この島から抜け出す方法はない」

「……くっ」

 柳はショットガンが手元にないことを悔いた。まったく、欠片を犯人と疑ったがために紛失する結果になってしまったのは、手痛いミスだった。

「この銃はスプリングフィールドXDM。装弾数19発だ。君たち六人に三発ずつ撃ち込んでもまだ余る。拳銃だから三発撃ち込んでも死なないかもしれないが、動きさえ止まれば後で始末はどうとでもなるな」

「…………」

 ふっと。

 欠片が笑う。

「なんちゃって」

「……なに?」

 くるりと。

 欠片が振り返る。そのままの勢いで、伍策から銃を奪った。

 いや。

 奪ったというより、ただ受け取ったように柳の目には見えた。伍策には抵抗する様子がないし、そもそも銃を差し出したようにすら見える。

 銃を手にした欠片は、近くの木陰に向かって発砲する。一発、二発、三発。

 重々しい音が響く。

 銃弾は木に当たり、皮を砕いた。

「出てきてもらおうかな。さん」

「……どういうことだ?」

 柳が近づき、確認する。

「どうもこうも、伍策さんが犯人なわけないじゃん。この人記憶喪失気味とはいえ、自分が犯人じゃないかもって思ってたんだよ。その状態で新たな殺人はしないでしょ」

「いや、それを整合性なんてない云々言って犯人扱いしたのはお前なんだがな」

「そりゃあないでしょ。殺人鬼に整合性なんて。あるのは殺した後の帳尻合わせだけ。でも考えてみてよ。人を殺したくて仕方ない殺人鬼が三年前に我慢の限界を超えて大量殺人をしました。それから三年間大人しく島に幽閉されてるものかな。どこかで我慢が限界を迎えると思うよ」

「…………」

 欠片の言い分はもっともなのだが、柳には理解できない。

 殺人鬼の心理など、分かるわけがない。

「真犯人はそこにいる。ずっとわたしたちを監視していたんだよ。油断して出てきてもらうために、あえて伍策さんと一芝居打ったんだ。さあ出てこい!」

 木陰から、ゆっくりと。

 真犯人が姿を現す。

「な、なに……!」

 その人物は。

 の。

 大内景清だった。

「か、景清さんが……! 生きている。なんで!?」

 柳は驚くことしかできない。確かに自分がこの目で、バラバラ死体になっているのを見た景清が生きているのだから。

「まさかバレるとはな」

 景清は苦々しげに呟く。

「この分だと、全部お見通しらしい」

「まあね。景清さんは死んだふりをしたんだよ。今朝、姿を消して岩礁の上に死体をバラまいて。バラバラ死体は他人の死体を使えばいいけど、頭だけは自分を使わないといけない。だから流木で体を隠して頭だけ出してね」

「…………」

 言われてみれは、柳もそんなことを思った。まるで流木で体が隠れているだけのようだと。さらに言えば、まるで景清の死体が笑っているかのように見えたことがあったが……あれは事実のだ。

 驚愕する柳を、嘲笑していたのだ。

「じゃあ、あの死体は……まさか!」

「そう。代わりに使ったバラバラ死体はバックレていなくなったと思われていた田中太郎さんのものだった。頭部が波に押し戻されて岩礁に引っかかっていたのを見つけたよね」

 柳と欠片が見つけた頭部はやはり田中太郎のものだったのである。そして、彼がバラバラ死体になっているのは、景清が死んだふりに利用するためだった。

「だがなぜ……そんなことを」

「すべては三年前の事件に決着をつけるため、だろうね」

 油断なく銃を向けたままの欠片が、推理を続ける。

「伍策さん……三年前の事件の犯人はあなたじゃない。景清さんだよ」

「なっ……」

「三年前、景清さんは大量殺人を行った。顔の怪我は殺人鬼に襲われたのではなく、被害者の命がけの反撃を受けたものだった。本来なら全員を殺してしまうところだったけれど、折よく伍策さんが生き残り、しかも記憶を失っていたので罪を擦り付けた。でも、伍策さんが徐々に記憶を取り戻し、そして自分が犯人ではないかもしれないと思い始めたので、今回のキャンプで再び大量殺人を行い、伍策さんをまた犯人に仕立て上げつつ自分は被害者になることで容疑から外れようとした。そういうところでしょ」

「…………」

 どうやらすべて、図星のようだった。

 景清は軽く息を吐くと、木陰に手を伸ばす。

「動くな!」

 欠片が銃を向ける。だが、その構え方が明らかに腰が引けて素人臭いのを柳は察知した。

「おい、その銃はどうしたんだ?」

「母島に行ったとき、師匠から借りてきた。でもわたし、銃って苦手でさあ。柳くんは撃てる?」

「それなりに訓練は積んだ」

「じゃあ代わってよ」

「無理言うな! 今はお前が銃口を向けてやつの動きを止めるんだ!」

 そんなことを言いあっている間に、ゆったりと景清は動く。木陰から、あるものを取り出した。

 それは。

「推理小説だと、解決編の後犯人はお涙頂戴の自白をして終わりになるよなあ。だが残念、俺にはそういうのは通じねえ。全員殺せば口封じ完了だからなあ!」

 倉庫にあった、エンジン式チェーンソー。

 轟音を立て、刃が動き始める。

「殺人鬼の戦闘能力、舐めるなよ!」

 一歩、景清が前に出る。

 探偵と殺人鬼。

 戦いが、始まろうとしていた。

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