諮問編

#1:密談

「ちょっと、どうしたのふたりとも!」

 ロッジに帰還して早々、柳と欠片の様子を見て西瓜が驚いたように尋ねた。

 なにぶん、ふたりはずぶ濡れだったし、出かけるときには着ていたレインコートも脱いでしまっているからだった。

「ちょっとな……」

 柳は口を濁す。さすがに「自分がショットガンで奇襲をかけたら返り討ちに遭いました」とは言い出せない。

「うー寒っ」

 欠片が体を震わせた。

「ちょっと調べものしてたらこんな目に……」

「そう……それなに?」

 西瓜は柳が持っていたものを見る。柳の着ていたレインコートで包まれた、ボール状のものだ。

「ちょっとな……」

 同じ言葉を繰り返す。さすがに「誰のものとも知れない頭部を流されないよう持ってきた」とは言い出せない。

「とにかく、一度お風呂に入って温まった方がいいでしょ。そのままだとふたりとも風邪ひくよ。昼食の準備はこっちでしておくから」

「うぃー」

 ロッジにはシャワーしかない。そこでロッジの横にある浴場施設を利用することになる。ふたりは着替えを持って、施設へ向かう。

「その頭部どうするの?」

「さて……。何らかの証拠だから保全の必要があるが、適当なところに置いて連中に見られても困る」

「脱衣所にでも置いておけば? たぶんわたしたちしか使わないだろうし」

「そうだな……」

 浴場施設に着いた柳は、暗に目線で先に入れと欠片を促した。ロッジの浴場施設は簡便なものであり、男女別で浴場が分かれているようなものではない。ふたりでは一緒に入れない。

「先に入っていいよ」

 しかし、その促しを欠片は無視した。

「別にどっちが先に入っても困ることはないし」

「…………」

 どうにも、欠片の言い分に沿うのはあまりいい気分がしなかった。しかしここで譲り合いをしても埒が明かないのも事実なので、柳は欠片の言い分を飲んだ。気を使わなければならないほど繊細な相手でもないことだし。

 脱衣所に入り、籠のひとつに着替えを入れる。隣の籠に濡れた服を脱いで放り込んだ。

「しかし……本当になんなんだこいつは?」

 どうしても気になって、レインコートを解いて今一度、頭部を露出させる。初見ではそれなりに驚愕したものの、そこはさすがに探偵としての訓練を受けている柳のことなので、見慣れればどうということはない。

 この頭部は誰のものなのか。

 少なくとも、大内景清のものでないことは確かだ。

 あらためて見ても、大枠から細部に至るまでどの部位も景清のものと異なる。特徴的な顔面の傷跡がないのももちろんだが、仮に傷跡の有無が判別不能でもこれは景清の頭部でないと断言できるほどに別人だ。

(俺が今朝見つけた景清さんのバラバラ死体……。あれが一度波で流され、再び波にもまれて戻ってきたと思ったが……。そもそも別人の頭部なんだよな)

 するとこれは誰なのか。

 それが分からない。

 ここに来て突然、まったくの第三者が出現した、しかも死体で。

「今はいいか」

 コートで包みなおし、脱衣所の隅に置いておく。籠で隠して、万が一誰かが脱衣所に来ても簡単に見つけられないようにしておいた。

 浴場に入る。大きな湯船がひとつと、洗い場があるだけのシンプルな造りをしている。

 五つあるシャワーの内、真ん中のひとつを使って適当に体に湯をかけて流す。

(海水を浴びたし……流すだけじゃなくてちゃんと洗った方がいいか……)

 椅子に座り、シャンプーを取って泡立てる。ガシガシと適当に洗い、次にボディソープを取った。

(背中が洗いづらい……。というか手がひりひりする)

 どうやら岩礁で尻餅をついたとき、手を岩場に着いたがそこで少し傷つけたらしい。今まではいろいろあってさほど気にならなかった。

 ぼたぼたと、シャンプーが髪から垂れ落ちてくる。目に入りそうなので思わず閉じた。

(しかし、今回のキャンプはなんなんだ?)

 思い返すにつれ、今回のキャンプは異様である。柳にはそう思わずにいられない。到着早々、顔中に火傷のある男に会ったらそれが父親の警告した猫目石瓦礫だったというその時点で、既に綾がついていたと言えるかもしれない。

 そのあと、ホッケーマスクの怪人を二度も目撃し。

 瓦礫の娘であり弟子でもある欠片と会い。

 景清が死んだ。

 まだ母島での北斎殺しを知らない柳だが、そのことを抜きにしても十分異様なことが起きているのである。

(犯人は誰だ? そして何の目的で……)

「背中流そうか?」

「ん? ああ……」

 考え事をしていると、後ろから声を掛けられる。特に気にせず反応を返した。

「……んん?」

 そこで、どうして後ろに人がいるのかという当たり前のことがようやく疑問として出てくる。

 シャンプーでしみる目を無理に開けて振り返ると。

 そこに欠片がいた。

「うおおっ!」

 さすがに想定外の事態で驚きを隠せない柳は、そのまますっころんだ。

「大丈夫?」

「いや、お前……おまっ」

 柳が驚いたのは、単に欠片が後ろにいたからではない。無論、犯人だと疑ってかかっており、ついさっき殺し合いを演じた相手が音もなく背後にいれば相応に驚いて然るべきではあるが……。

 真に驚いた理由は。

 彼女がまったくの裸だったからだ。

「何してんだ!」

「なにって……。お風呂場に来てお風呂入る以外のことある?」

 そういう問題ではない。

「俺が出るまで待てよ!」

「えー」

 欠片は不満そうだが、そこで不満を表明するのがおかしい。

「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」

「お前が言うセリフじゃないんだがな!」

 とりあえず今、欠片の女子としての貞淑さゲージはゴリゴリ減っている。

「だって柳くん長風呂なんだもん。あのままじゃ本当に風邪ひくよ」

「じゃあお前が先に入ればよかっただろ」

 慌てたようにシャワーで泡を洗い流す。適当に流したらそのまま出ようとしたが、手を欠片に掴まれた。

「せっかくここまで来たのに湯船に浸かっていかないの?」

「お前が入ってこなければぜひそうしたんだがな!」

「まさかわたしが柳くんに渾身の裸体を見せつけるために入ってきたと思ってる?」

 欠片は不敵に笑う。

「さすがにそれはないでしょ。柳くんったら自意識過剰~」

「今自分の姿恰好見てから言えよそういうことは」

「わざわざ入ってきたのは理由があるんだって」

「……理由?」

 そこでようやく、柳は少し冷静になる。視線を逸らして欠片を見ないようにはしているが。

「この浴場施設。窓を閉めるとけっこう防音能力高いんだよね。内緒話にはうってつけ」

「つまり、他のやつらには聞かれたくない話があるってことだな」

「そういうこと」

 そこまで言われれば、柳も退くわけにはいかなくなる。

「……仕方ない」

 柳は出るのを諦めて、湯船に向かった。どうせ風呂場で長話をするなら冷えた体を温めながらの方がいい。欠片も手早く体を洗って、湯船に向かう。

「ぷはあ。あー」

 湯船に浸かり、欠片が溶けるような声を出す。

「やっぱり日本人は湯船に浸からなと駄目だよねえ。これで風呂上がりのフルーツ牛乳があれば文句なしだったんだけど」

 柳は欠片の隣に並ぶよう位置を動く。当然、できるだけ欠片を視界に入れないための措置だった。

 しかし悲しい生き物である。柳もとどのつまりは当年十五のただの少年だ。同年代より幾分か落ち着いているとはいえ、まったく同世代の女子――しかもそれなりに見目がいい――と突然裸の付き合いを強要されて動揺しないわけがないのだった。

 どうしても、どうしても視線が抗いがたい力で引っ張られるように隣の欠片へ動いてしまう。

「ふう…………」

 ポタポタと、濡れそぼった欠片の髪先から水滴が落ちる。白くなだらかな肩を伝い、水滴は湯船に消えていく。

 湯船の水面が揺らめくのと、明かりを反射するので欠片の裸身はそのすべてが見えない。見えないからこそ、少しずつであるが、柳の視線も遠慮がなくなり始めようとしていた。

 やや熱めの湯にさらされて、欠片の白い肌は少し赤くなっていた。呼吸をするたびに鎖骨のあたりがなまめかしく蠢いて、筋肉の蠕動を確かに感じる。

「…………ん?」

「いや……」

 欠片がこちらを見たので、咄嗟に柳はまた視線を外す。だが、そのときに彼女の肩に何かを見つけ、思わずまた視線を戻した。

 彼女の白磁のような白い肩に、傷跡があった。何か小さいもので穴を開けられたような……。

「ああ、これ?」

 視線に気づいたのか、欠片が自分の傷を指し示す。

「まだ師匠に会う前にね。警察の人に撃たれた。38口径の拳銃で五発。それで死にかけてたのを助けてくれたのが師匠だったってわけ」

「なにをどうしたら人生で警察官に撃たれることがあるんだよ」

 警察官がその生涯で拳銃を発砲する確率はごく低いと言われている。

「『トリガーハッピー事件』って、広島だと今でも警察の銃の話が出ると思い出される有名な事件なんだよ? 警察の一部に『銃をもっと撃っていこう』って考える一派がいて、師匠がそいつらを捕まえたの」

「聞いたことないぞ」

 だが、と同時に思う。そういう事件に猫目石瓦礫が関わったからこそ、紫郎は彼の所在を突き止めることができたのかもしれない。

「…………ちょっと待て。お前今なんて言った?」

「その一派の首魁がブローニングM2重機関銃を乱射してもう大変だったって」

「そんなことは一言も言ってないだろ! お前、師匠に助けてもらったって……。その言い方だと……」

 まるで。

 そのときはじめて師匠――猫目石瓦礫に会ったかのようである。

「あれ、言ってなかったっけ?」

 欠片がとぼける。

「わたし、十歳の頃に師匠に拾われたんだよ。それで養子になったの」

「な、なにぃ?」

 紫郎が、そして林檎が疑問に思っていたことである。欠片は誰の娘なのか。瓦礫は誰を伴侶として欠片が産まれたのか。欠片の母親は誰なのか。

 紫郎は猫目石瓦礫がかつての恋人以外を伴侶にするはずがないと言っていた。同時に、それは過去の猫目石瓦礫という人間の人となりから導かれる推測であり、人間性の大きく変わった今の瓦礫はまた異なる地点にいるだろうとも。

 だが、そうだ。なんでこんな簡単な結論にたどり着かなかったのか。

 猫目石欠片は養子である。

 そう考えれば、瓦礫が他の女性と結婚せずとも、娘を得ていることに説明がつくのである。別に猫目石瓦礫は昔と何も変わっていないのではないか。

「養子か……そのことを考えていなかった」

「どうかしたの?」

「いや……こっちの話なんだ」

 彼女が父親を師匠と呼ぶのも、それなら理解できる。里親の瓦礫を素直に父と呼ぶよりは、師匠と呼ぶ方がしっくりくるのだろう。戸籍上親子というだけであり、実情はやはり師弟関係というのが正確なのだ。

(すると……父さんの危惧は杞憂だったのか? 猫目石瓦礫が高校時代から大きく変わったわけじゃない。別に養子の娘がいてもなんら不思議はない)

 なまじ自分たちが普通に結婚し、普通に子どもを設けているせいでそれが一般的な在り方だと思ってしまったのだろう。ゆえに瓦礫に娘がいると分かったとき、養子の可能性を考えるより先に結婚相手を想像してしまい、それが瓦礫の性格と会わずに不審に思ってしまった。瓦礫の人となりを知る紫郎と林檎だからこその空回りであり、別に不思議なことはないと構えていた柳の方が態度としては正しかったのだ。

(なんだよ……単にそういうことか)

「それで、話ってなんだ? そのために俺を引き留めたんだろう」

 ひとまず、欠片個人の身の上話はそこで終わらせる。もとより、紫郎と林檎はどう考えているにせよ、柳にとっては興味のあることじゃない。

「南北斎が殺された」

 欠片は前置きも何もなく、端的に切り出した。

「師匠から今朝聞いた。昨日の夜遅く、北斎さんがドラム缶風呂にぶち込まれて溺死していたって」

「……そうか」

 今朝、林檎が何かを離そうとして瓦礫に制されていたが、それはこのことだったのだろう。何かが母島で起きている予感はあったから、柳はそこまで驚かなかった。

「それは他の連中には教えられないな」

「死亡推定時刻はちょうど、キャンプファイアーをしていたころ。だからわたしたち全員にアリバイがある。犯人はアリバイトリックを使ったのか、それともまったくの第三者か……。まあいずれにせよ、わたしが犯人じゃないのは分かったでしょ」

「……どうだかな。第三者を除けば、お前がホッケーマスクの怪人のフリをすることができた唯一の人間なのは変わらない」

「もー。だからわたしじゃないって」

 欠片は肩をすくめた。

「柳くん、怪人をちゃんと見てたでしょ。だったら気づいてないと。体格が全然違うって」

「…………!」

 そこでようやく、柳は自分が犯していたミスに気付く。

 体格だ。

 思い出す。最初、怪人に会ったとき、柳はその者の体格を大柄な男性のものだと認識していた。にもかかわらず、いつの間にかその情報はどこかへ消えていた。

 欠片が言っていたことが頭に響く。消去法はあまりよくない。消去法で欠片を犯人と絞り込んでいたつもりが、隘路に迷い込んでいたようだ。

「どうりで違和感があったわけだ。すると怪人は誰だ?」

「十中八九第三者でしょ。体格が一致する人間で、怪人のフリをするタイミングがある人は島にいないんだから。わたしたちの知らない第三者がいるというのが自然な考えだよ」

「そいつは方法こそ不明だが島にひそかに入り、洞窟内でテントを張って潜伏。そして北斎さんと景清さんを殺した、と?」

「そう考えたいところだけど、これがちょっと厄介でねえ」

 ぐっと、大きく伸びをして欠片が息を吐く。

「景清さん殺しは置くとして……。北斎さん殺しでアリバイがあるのが妙だよね」

「そうだな……。もし犯人が第三者なら、俺たち全員のアリバイがあるときに北斎さんを殺すだろうか。島に第三者がいると教えているようなものだ」

「まあキャンプファイアーで全員が一か所に固まっているタイミングだったから、誰にも見咎められる心配はないんだけどね。犯人的に目撃される方を嫌がったからあのタイミングで北斎さんを殺したという可能性もあるけど……」

「だとしたら何度も怪人として姿を現しているのはおかしい。どうも犯人の行動に一貫性がないな」

「案外、犯人は複数いたりして」

 湯に浸かりややのぼせ気味になったふやけた笑みを欠片は向ける。

「北斎さん殺しはアリバイトリックを仕掛けられていて、怪人とは別に島の内部にも犯人がいるとか」

「あまり考えたくない可能性だがな……」

 怪人だけで手一杯なのに、これ以上問題を増やしたくはない。

「しかし、そうすると橋の爆破はどうなる? あれだけ手の込んだことをしたんだ。何か意味があるだろう?」

「島をふたつに分断して、逃げ道を塞ぐ……。三年前にこの島で大量殺人をした殺人鬼なら、その発想に至っていても不思議はないんだよね」

「……と、いうと?」

「三年前の犯人は、子島側で大量殺人をした。そのとき、景清さんと奈央さんを逃しているんだよ。具体的にどう景清さんが生き残ったのかは警察でも詳らかにはできていないし、奈央さんは母島から動いてないだけなんだけど。でもそれって、もし島を分断できていれば逃さない可能性は高かったんじゃないかなって」

「単純に、子島側で大量殺人をするにも橋を通って逃げようとするやつに意識のリソースを割かなくていいってのは利点だからな。それに奈央さんは母島で待機して、騒動が収まってから子島へ移動して現場を目撃している。橋を断てばその分、母島の連中が嗅ぎつけて警察に連絡する時間も稼げる……か?」

「実際は爆破させた時点で警察案件だと思うけどね。妙なのは、橋を爆破させてすぐ大量殺人をすればいいのに、犯人に動きがないってことで。まあそれは、豪雨で警察が来られない分、余裕を持てているだけかもしれないけど」

「犯人の本来の計画なら橋の爆破と同時に殺人を開始するはずだったが、予想外に警察到着までの猶予ができたので怖がらせて遊んでいる……というふうだな。あまりに非合理的だ」

「じゃあ今回の犯人は殺人鬼なんでしょ」

 まるで殺人犯と殺人鬼は異なるものであるということが自明であるかのように、さらっと欠片は言う。

「殺人犯は目的のために殺人をする。でも殺人鬼は殺人が目的だからね。殺人の快楽のための行動は非合理的でも構わない。するとやっぱり……犯人は複数いるよ。少なくとも北斎さん殺しは殺人鬼のやり口じゃない。アリバイトリックにせよ目撃されないタイミングを狙ってのことにせよ、あのり口はスマートすぎる」

「…………」

 殺人犯と殺人鬼の違いはともかく、犯人が単一ではなさそうだというのには柳も合意するところだった。怪人の出現、橋の爆破、そして北斎殺しと景清殺し……。これまで起きた事件の性質は、単一の犯人のものと解するにはあまりにもバラバラだ。複数の犯人の行動が絡み合っていると考えるとすんなり理解できる。

「それにしても、少しミスったかなあ」

 欠片が嘆息する。

「どうせ濡れるならあの水没した道を探索しておけばよかった」

「洞窟の下に続いてた道か。……そうだな」

 あの道がどこに続いているかで、犯人像も大きく変わる。もし密かに島の外へ出られるルートだというのなら、第三者の犯人という想定も現実味を帯びてくる。

「案外、母島の方につながってたりして」

「母島? なんでだ」

「だって。それなら犯人にはアドバンテージが生まれるじゃん。みんなは橋が壊れて行き来ができないと思っているけど、犯人は好きに移動できる」

「それはそうだが……。母島に犯人が行って意味があるのか? いや……母島も犯人の殺害対象に入っているということはあるだろうが」

「そうじゃなくて、犯人が母島に潜伏してると思うんだよね、わたしは」

 ぐいっと、欠片は顔を柳に近づけた。

「あのテントは子島での仮住まいで、本当の潜伏場所は母島なんじゃないかな。あそこには施設がたくさんあるし、その大半は今回のキャンプで誰も用事がない。隠れるには絶好だよ」

「だが、奈央さんか景清さんが気づくはずだぞ、それなら」

「だから、そのふたりのどちらか、あるいは両方が手引きしたとか」

「…………!」

 その可能性は、考えていなかった。なにせ奈央さんは探偵を呼んだ張本人だし、景清さんは唯一の生還者だ。いずれにせよ、事件を起こす動機はない。

「でも本当にそうかな?」

 吐息がかかりそうなほどの距離で、欠片が囁く。

「奈央さんはなんでわざわざ、愛知県の探偵を呼んだんだろうね。しかも大忙しでおよそこんな事件が起きるとも限らないキャンプに来てくれそうもない探偵を。それって、『探偵を呼ぼうとした』ってアリバイ作りのためじゃないかな」

「…………」

「景清さんにしても怪しいものだよ。唯一の生還者だけど、生還者ってことは子島で唯一残っていた人なんだよ。ネットで言われているからアレに聞こえるけど、あの人が犯人だという可能性それ自体は十分検討に値するものでしょ」

「だが、景清さんは死んだ」

 それが事実だ。

「奈央さんも、もしアリバイ作りが目的なら父さんが来られないと決まった時点で引き下がればいい。俺たちを招待させなければよかったんだ」

「まあそうだよねえ」

 欠片が顔をひっこめる。

「ふたりには怪しいところがある。でもそれを否定できる部分もある。だから困ってるって感じで、さ」

 さばんと。

 欠片が湯船から上がる。

「でも、そろそろ問題は解決に向かいそうだよ」

「……なに?」

「たぶん向こうで、そろそろ師匠が犯人を詰めるころだから」

 言うだけ言って、欠片は浴場から出ていく。

 柳は欠片が脱衣所を出るまで少し待つことにしながら、じっと、湯船に浸かり続けていた。

 結局まじまじ見てしまった彼女の体をできるだけ思い出さないように。

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